第160話
秋雨たちがルビスと話をしている時、情報収集の名目で単独行動をしているアンネリーゼはセイレムから少し離れた場所——帝国の国境へと続く街道にいた。
彼女は別に国境の様子を見に行くつもりは微塵もない。恐らく帝国を突っ切るのではなく狂気山脈越えになることは予想できていたからだ。
では、なぜこんな場所にやって来ているのか——、
「さて、わざわざ直接頭に語り掛けて呼び出してきたのだからさぁ、ちゃんと説明はしてくれるよねぇ? ——ルクシャ・ハーナ」
火炎と共にアンネリーゼの前に現れる人影。
「久しいな、小娘」
「そうかなぁ? まあ、阿蘇の封印を解いた時以来だねぇ。で、用は何かなぁ?」
目を細め、アンネリーゼはルクシャ・ハーナを睨む。
「我は手を差し伸べようと思うのだ」
「……へぇ?」
「収獲者が現れたことは知っているのだろう? 我らの成すべきことは一致しているはずだ」
頂点捕食者としての役割——それだけを考えれば成すべきことは一致している。
しかし——と、アンネリーゼは首を横に振る。
「私がこの世界を助ける義理はないんだよねぇ? 寧ろ、私が君の封印を解いたのだから借りを返してほしいくらいだねぇ?」
「戯言を。だが、我に着くことでメリットはあるのではないか?」
「メリットぉ?」
ルクシャ・ハーナの言葉にアンネリーゼは胡散臭そうな輩へ向ける視線を突き刺す。
「あの神水守の小僧に着く理由はなんだ? 我に着けば共にあの小僧の首を刈ることも容易い」
「あー、まさか私が秋雨君を憎んでいるとでも思ってるわけぇ? なら、それは大きな見当違いだよぉ。私は秋雨君を愛しているから、今の状況に何ひとつの不満もないんだよねぇ? 寧ろ、君のような奴が秋雨君の邪魔をしようとしていることが気に食わないんだけどねぇ?」
「……あの小僧に着いたところ、収獲者に対抗できるとは思えん」
ルクシャ・ハーナは怪訝な様子で断言する。
しかし、アンネリーゼは人差し指を立て「ちっち」と指を横に振る。
「なら、君は秋雨君のことを何ひとつわかっていないねぇ。一度、敗走した割にはがっかりだねぇ」
「我はあの小僧に負けた覚えはないッ!」
ルクシャ・ハーナが怒鳴る。
「感情を剥き出しにする当たり、随分と根に持っているみたいだねぇ? そもそも私にとってゾティークが滅びたところで知ったことじゃないんだよねぇ。あくまで勇者君を助けに来ただけだからさぁ」
「勇者? ああ、あの鬱陶しい小僧か」
「あれぇ? 頂点捕食者であろう者がぁ、ただの人に手をこまねいてるのぉ? 帝国軍と下僕を使っても仕留められないなんて、情けないねぇ?」
クスクスとアンネリーゼがそう口にした瞬間、彼女へ向かって炎が放たれる。が、その炎は黒い雲が全て食らい尽くしてしまう。
「危ないねぇ?」
「良いだろう。そうまで言うなら、その勇者の小僧諸共潰してやろう」
そんな言葉を残し、ルクシャ・ハーナは姿を消す。
「沸点低いなぁ。それよりも……ちょっと煽り過ぎちゃったかなぁ?」
アンネリーゼは困ったなぁと言わんばかりの表情を浮かべる。
「呼ばれた理由は私の勧誘みたいだったけど、あんな群れないと何もできない蜥蜴君に着く気は毛頭なかったからどうでもいいねぇ。だけど、勇者君の危険度が上がっちゃったなぁ」
これは秋雨君怒るだろうなぁ——なんて思いながらアンネリーゼは頭を搔く。
「まあ、急ぐ理由ができたし、私も本気で動こうかなぁ?」
セイレムに帰り着いた頃にはよい時間になるだろう。
アンネリーゼは秋雨への上手い言い訳を考えながら、セイレムへの道をゆったりと歩き始めた。




