第155話
翌朝、宿の受付に秋雨が顔を出すと、そこにアルトが立っていた。
誰が見ても明らかに、秋雨は顔を盛大に顰める。理由は単純で「面倒臭い奴がいる」それだけ。
そんな秋雨に気づいたアルトが近づき、声を掛けてきた。
「昨日は申し訳なかった」
謝罪の言葉と共に、深々と頭を下げるアルト。
秋雨は眉間に皺を寄せ、思わず訝し気な表情を浮かべる。
昨日の今日だけであまりの変わりようだ。寧ろ、一言二言文句でも言いに来たのかと思っていただけに拍子抜けだった。
「僕は自惚れていた。それがハッキリとわかったよ。治療院で目覚めて、頭も冷えて初めて自覚したけどね」
「……はあ? それは良かった。で、用件はそれだけか?」
「いや、実はもうひとつあるんだ」
アルトはそう言ってバツが悪そうに口を開く。
「君の旅時に、僕も同行させてほしい」
「………えぇ?」
予想外の言葉に秋雨は変な声が漏れた。
しかし、直ぐに思考は冷静に回り始める。
(人格は兎も角……置いておこう。剣帝と呼ばれていて、魔剣を有していることを考えれば、戦力としては申し分ない。荷車に乗るスペースはある。帝国を抜けるにしても、狂気山脈を越えるにしても、邪魔になることはないか?)
顎に手を当て、秋雨は考える。そして、ひとつアルトへと問いを投げる。
「なぜ、同行したいんだ?」
「そうだね。確かにそれは重要か」
そう言ってアルトは天井を見上げる。
「当時、最強と呼ばれていた勇者カナタを倒した。それが僕の誇りであり、傲りだった。自分より強い存在はいない——だけど、それは間違いだった」
自分語りを始めるアルト。
「世界は広い。僕より強い者がいる。思ったんだ。僕はなんて視野が狭いのかって!」
「……はあ、そうか」
「だからこそ、僕は考えた! どうすればもっと強くなれるのか? そして、思い至った! ならば強い者と行動を共にすればいいと!」
「…………そうか」
やはりこの剣帝アルトはただの戦闘狂だ。そして、その根源は強くなりたいが先行している。
「だから、頼む! 僕を君の旅にどうこうさせてくれ!」
声を張り上げて再び深々と頭を下げるアルトに、秋雨はほとほと困り果てる。
——と、そんなふたりの元へ、甘ったるい声と共に介入する影がひとつ。
「別に良いんじゃないのぉ? 剣帝君もまあまあやれるしねぇ?」
「っ————君はいつかの逃亡娘⁉」
「やっほー? 君にぶった切られた逃亡娘ちゃんだよぉ? 残念ながら死んでないけどねぇ?」
クスクスと笑うアンネリーゼに、アルトは首を傾げる。
「あの斬り傷は致命傷だったはずだ」
「残念だけど、あの程度じゃ殺せないんだよねぇ? ま、あの時は相手するのも面倒になったから逃げただけなんだけどねぇ?」
アルトが唖然としている中、秋雨が補足する。
「コイツは普通の人間とは異なる存在だ。そもそも人間じゃ絶対に殺せない。理不尽が服を着て歩いている——そんな頂点捕食者だ」
「……世界は広いな」
「はあ……そうだな……」
感嘆の声を溢しながら天井を見上げるアルトに、秋雨は困惑し続ける。
「秋雨君、彼連れていっちゃいなよぉ」
「……まぁ、正直断る理由はないんだよな」
秋雨は答える。
戦力はあるに越したことはない。ルクシャ・ハーナと対峙することもそうだが、収獲者との戦いで魔剣の特性は大いに有用だ。
「そうか! 直ぐに準備をしよう!」
秋雨の言葉を聞いたアルトが光のような速さで踵を返す。
「欲しいものがあれば教えてくれ! 金ならある!」
「……はあ。あとで伝える」
秋雨はゲンナリしながら答えると、アルトは満足したのか颯爽と宿屋を飛び出していく。
そんな様子をケラケラ笑うアンネリーゼへ、秋雨はジーっと睨みつつ、深い溜息を吐いた。




