第149話
陽が傾き始め、青かった空が茜色に染まり始めた頃。
秋雨たちの乗る荷車の進行方向に人影が立っている——アンネリーゼだ。
そんな彼女の周囲にはピクリとも動かなくなった蜥蜴人間の亡骸が転がっていた。
「やっと来たねぇ? あんまりにも遅いから迎えに行こうかと思ったよぉ」
手を組んで背伸びをしながら、アンネリーゼはいつもと変わらない声音で言う。
しかし、彼女の周囲に広がるのは屍山血河の地獄。鼻を突く鉄の臭いでクロとルシアは勿論、チオビタも顔色を悪くする。ある程度慣れている秋雨も、流石に顔を顰めてしまう。
「……随分と派手にやったな」
荷車から降り、アンネリーゼの元へ向かって秋雨は言う。
「そうかなぁ? ルクシャ・ハーナの下僕とは言っても、所詮は有象無象の雑魚。まあ、暇つぶしにはなったかなぁ?」
アンネリーゼはそう言うが、ルクシャ・ハーナの下僕である蜥蜴人間は生半可な実力者にとっては脅威となり得る存在だ。今のクロやルシアのような実力では間違いなく勝利はできない。
ある程度は秋雨も対抗できるが、今回アンネリーゼが相手にした数を「ひとりで何とかできるか?」と問われれば、間違いなく無理だろう。
秋雨がザっと見ただけでも、アンネリーゼが相手にした蜥蜴人間の数十体はくだらないと見えた。
「それはそうと死体を残した理由もあるんだよぉ?」
「…………水泡記視だな?」
「ご名答ぉ~。ちゃちゃっと読み取っちゃってよぉ!」
秋雨は溜息を吐いてから転がっている蜥蜴人間の亡骸——その流れる血に掌を突っ込む。
その様子にクロとルシア、チオビタがギョッとする。
「お兄さん⁉」
「シューウさん⁉」
「シューウ殿⁉」
その声に秋雨は顔だけを向けて口を開く。
「あー、まあ……そういう反応になるよなぁ。心配しなくていい、ちょっと術を行使するだけだよ」
秋雨はひとつ息を吐いてから術を行使する。
水之業・陰型――水泡記視。
それは水に刻まれた記憶を読み取る術。それは水分さえあれば、あらゆるものに行使できる。
「——なるほど、ルクシャ・ハーナに命じられて収獲者の調査を行っていたらしい。それとアルズベリィへの侵攻は結構進んでいるようだ」
蜥蜴人間の血液から読み取った情報。
アンネリーゼは「ふーん?」と鼻を鳴らしながら口を開く。
「ルクシャ・ハーナは随分と暢気なんだねぇ? このままだと間違いなく取り返しがつかないと思うけどなぁ。正直、アルズベリィを攻める状況じゃないと思うねぇ」
「……収獲者の対応を後回しにしてもアルズベリィを攻める理由があるんじゃないのか?」
「どうだろうねぇ? まぁ、アルズベリィ独自の者としては召喚魔法があるくらいかなぁ?」
「召喚魔法?」
「勇者君を異世界から呼び出した魔法だねぇ。アレってアルズベリィ独自の魔法なんだよねぇ」
秋雨は顎に手を当て、思考を巡らせる。
果たしてルクシャ・ハーナはその召喚魔法を欲しているというのだろうか?
「ま、それ以外の何かがあるのかもしれなけどねぇ? 目的は知らないけど、アルズベリィに何かあるんじゃないかなぁ」
「……読み取った進行状況を鑑みるとモタモタしている状況ではなさそうだ」
帝国とアルズベリィの国境線でも収獲者が確認されていることも読み取れた。このことを考えると、今のアルズベリィは帝国軍・ルクシャ・ハーナの連合と収獲者の双方から襲撃を受けている状況だ。
勇者である奏多を筆頭に足掻いているとは言え、苦しい状況であることは間違いないだろう。
「最短でアルズベリィに行く必要があるな」
「そうだねぇ。そうなると————」
アンネリーゼは目を細めて口を噤む。
「……なんだ?」
「何でもないよぉ。私は秋雨君の決定に従うだけだからねぇ?」
そう言ってアンネリーゼは荷車の方へと向かって行く。
その背中を見つめながら秋雨は眉間に皺を寄せて呟く。
「あの感じだと……狂気山脈越えが最短経路っぽいな」
アンネリーゼの考えていることを想像した秋雨は更に眉間の皺を深くした。




