第144話
「やっほー、秋雨君。生が出るねぇ」
太陽がほぼ真上に昇り切ろうとした頃、黒い雲に乗ったアンネリーゼが能天気な声と共に秋雨の前に現れた。
彼女が何処で何をしていたのか——それを問うつもりは更々ない。
だが、無言で姿を消したことには文句のひとつでも言いたかった秋雨は、ジト目で口を開く。
「動くなとは言わないが、せめて一言声くらい掛けてくれ」
「心配でもしたのかなぁ?」
「……いや、普通に逃げられたと思っただけだ」
「ふぅ~ん? 酷いねぇ、こう見えても私って義理堅いんだよぉ?」
内心で「嘘くさい」と思いつつ、秋雨は短く溜息を吐く。
「まあ、アンタが意味のないことをするとは思っていない。どうせ何かしてたんだろ?」
「さぁ? どうだろうねぇ?」
クスクスと含み笑いをするアンネリーゼ。
どうやら話す気は少しもないようだ。
「まぁ、良い。それよりも最近魔物の姿が見えなくなっているらしい。俺としては収獲者の存在が考えられると思うんだが……」
「ああ、それはたぶんないかなぁ」
「……どうしてだ?」
「うーん、気配を感じないからかなぁ?」
確信めいた様子で断言するアンネリーゼに秋雨は首を傾げる。しかし、彼女がそう言うのであれば、恐らく間違いはないのだろう。
「魔物が現れないことは良いことだから、気にする必要はないんじゃないかなぁ?」
「まぁ、それはそうだが……」
首を傾げる秋雨。
「次の町の道中の予定でも立ててみたらぁ?」
「あー、野営が三日だからな。まあ、クロとルシアの修業に費やする予定だ」
「ふーん? だけど、あの二人見込みあるよねぇ?」
アンネリーゼのその発言に、秋雨は珍しいものを見たような表情を浮かべる。
「その表情は何かなぁ?」
「いや、アンタが他人を評価するとは思わなかった」
「私でも他人を評価することはあるよぉ。今はまだまだだけど、時間さえあれば桜目律の手前くらいにはなれるんじゃないのかなぁ?」
随分と高評価である。
しかし、律の手前くらいの実力となると————、
「それは上澄みの上澄みなんだが?」
「それくらいのポテンシャルはあるってことだねぇ。ま、それだけの時間があるかは知らないけどねぇ」
「…………」
意味深な言葉を言うアンネリーゼ。
彼女は核心に迫ることは必要にならない限り、絶対に言わない。あくまでも臭わせつつ、意味深に、のらりくらりといった具合に告げるだけ。
真面に取り合うと疲れるのだが、決して無視できないところが厄介極まりない。
「何かあるのか?」
「さあねぇ?」
頂点捕食者として、アンネリーゼには見えている何かがあるのだろう。
秋雨はそれ以上の追及は諦めた。
「……昼飯時だが、どうする?」
「へぇ、誘ってくれるんだぁ?」
「ついでだよ」
「じゃあ、ご一緒しようかぁ」
そう言ったアンネリーゼは黒い雲に乗ったまま、宿の方へ向かって進み始める。
追うように秋雨も歩き始める。
「……一体、何をやっていたんだか」
先へ進むアンネリーゼの背中を見ながら、秋雨はひとり呟いた。




