第143話
秋雨たちが朝食を取っている頃、アンネリーゼは村から少し離れた森の中にいた。
その足元には数体の蜘蛛の残骸が転がっている。
「何処から湧いてきているのかは知らないけど、妙な感じがするねぇ」
残骸を踏み砕き、鋭い目つきで森の奥にある洞窟を見る。
その暗闇の奥からワラワラと数多の蜘蛛が這い出て、その姿を現していく。
「そうやって何処にでも繋がる次元の歪みを生み出して、多くの文明を収獲してきたんだろうねぇ? 実にムカつくねぇ」
自身の周囲に黒い雲を漂わせながら、ゆっくりと洞窟へと向かってアンネリーゼは一歩を踏み出す。
同時に妨害するように、洞窟へ近づかせないように、飛び掛かって来る蜘蛛を一撃で葬りながら、アンネリーゼは悠然とした足取りで進む。
「この感じだと地球も同じような感じかもしれないねぇ? まあ、向こうは————アレが出張ってこない限りは大丈夫かなぁ?」
話し方はいつも通りではあるが、その表情は冷め切ったもの。
蜘蛛は洞窟の中から無尽蔵に湧いて出てくる。しかし、そのすべては黒い雲によって食い散らかされ、擦り抜けてきたものはアンネリーゼの手によって力尽くで打ち砕かれる。
「極力秋雨君の手を煩わせてほしくないんだよねぇ? 余計な心労を掛けて、潰れちゃっても困るからねぇ?」
アンネリーゼにとって、このゾティークで秋雨が行うべき義務は勇者である奏多の救出のみと認識している。ゾティークが収獲者によって滅びるか否かの是非は問わない。
その目的を完遂するまで余計な戦闘は避けるべきだと思っている。
だからこそ、アンネリーゼは此処に立っている。
今滞在している村はただの通過点。長居するべき場所ではない。
ただ、この洞窟に歪みが生じている以上、あの村に収獲者は襲来するだろう。
そうなってしまえば、秋雨は必ず戦うことを選ぶはずだ。何故ならば、彼は口では何だかんだ言っても、そういう性分だからだ。
「ま、雑魚ばかりだから、サクッと吹っ飛ばしっちゃおうかなぁ?」
湧き出し続ける蜘蛛を前に、アンネリーゼは紡ぐ。
「絶えず餓え、その執念深き牙を研ぎ、時間も次元すらも超えて追い続けろ」
青黒い煙がアンネリーゼの周囲を取り巻くように立ち上がり、鼻を突くような悪臭が漂う。
その煙の中に赤い双眸が揺らめく。それは朧げな狼めいた姿であるが、その委細は狼とは遠く離れた異形であった。
アンネリーゼは唯真っ直ぐに洞窟だけを見つめ、一言その異形へと命令する。
「狩り尽くせ——ティンダロス」
狼のような遠吠えが響く。
瞬間、瞬きの速さでそれは洞窟へと疾走する。
その道中の蜘蛛のすべてを嚙み砕き、貫き、踏み砕き、腐敗させ、その悉くを葬り去った。
アンネリーゼは更に黒い雲へ向かって命令を下す。
「すべてを砕け——千匹の仔を孕みし森の黒山羊」
その後は一方的な蹂躙だ。
湧き出す蜘蛛は反撃の隙すら与えられずに蹂躙された。
そして、洞窟の奥に現れていた歪みは洞窟ごと破壊してしまった。




