第139話
パチパチと火の弾ける音が鳴る。
目の前で揺らめく火をボーッと眺めているだけでも、夜は更けていく。
「秋雨君は寝なくていいのかなぁ?」
火の番をしていた秋雨の元へ、荷車からアンネリーゼがそんな台詞を吐きながらやって来る。
「……今は俺の番だからな。そもそも寝なくていいのかは俺の台詞だ」
「私は頂点捕食者だからねぇ。睡眠を取る必要はないんだよぉ」
「便利な身体だな」
「良いでしょぉ? ま、お陰様で暇な時間も増えたけどねぇ……」
地べたに腰掛けている秋雨の隣に、アンネリーゼが腰を下ろす。
「…………」
「そんな顔をされると、流石の私も傷ついちゃうなぁ?」
アンネリーゼが隣に腰を下ろすや否や、心底嫌そうな表情を浮かべている秋雨。そんな様子にアンネリーゼは楽しそうな声音でワザとらしく言葉を紡ぐ。
「思ってもいないことを言うんじゃない。そもそもアンタは何で大人しく玲香さんに従っているんだ?」
ずっと抱えていた疑問を秋雨は告げる。
確かに玲香は頂点捕食者の中でも別格ではある。だが、その気になればアンネリーゼの実力でも逃げ切ることはできるはず。
しかし、アンネリーゼは逃げる素振りを見せず、指示された通り秋雨の旅に同行していた。
それこそ、玲香がいない今こそ絶好の機会であるにも関わらずにだ。
「ま、敗者は勝者に付き従うことが正だからかなぁ?」
「……ふざけたことを言うんじゃない。そんな対外向けの嘘なんて簡単に見破れるぞ」
するとアンネリーゼが「やれやれ、困ったねぇ」と首を横に振りながら言う。
「私はねぇ、秋雨君のことを愛しているんだよぉ?」
「………………で?」
「冗談じゃないんだけどなぁ?」
「ふざけろ。そんなワケの分からない愛で、父さんと母さんを殺された身にもなれよ」
「ま、ゴメンねぇ」
秋雨は苦虫を嚙み潰したような表情を浮かべ、アンネリーゼを睨む。
反省の有無はこの際どうでも良い。
アンネリーゼは頂点捕食者としての責務を果たした。そこに関してだけは責めることではない。ただ、方法があまりにも過激であり、秋雨が憎しみを抱くには十分過ぎる材料であっただけの話。
正直なところ、秋雨としてはアンネリーゼを許すつもりは微塵もない。
だが、彼女を殺したところでひとつも生むものがないことも確か。結局、憎しみの怨嗟に促されるまま動いたところで、満たされるものも、取り戻せるものがない。
何よりもアンネリーゼは玲香が管轄しており、彼女を生かすことを決めたのも玲香だ。
それに対し、異論を挟む余地はなかった。
「…………少なくとも俺はアンタに背中を預ける程度には信用はしている」
「へぇ? それは嬉しいかなぁ?」
「だが、信頼はしていない」
パチンと火が弾けた。
「それだけだ」
「そうだねぇ。私としてはそれだけでも十分かなぁ?」
揺れる炎が辺りを照らす。
「とにかく明日からも頼む」
秋雨から投げつけられたその言葉に、アンネリーゼは目を丸くする。同時に口角を上げて、クスクスと笑い声を溢す。
「ええ、頼まれましたよぉ」




