第117話
下僕で蜥蜴人間から齎されたとある報告を受け、ルクシャ・ハーナの目が鋭さを増した。
皇帝エスペリウスは眉を顰め、周囲の側近はたちは背筋に冷たいものを感じながら震え上がる。
「ルクシャ・ハーナ殿、漏れております」
「……悪いな。だが、恐れていたことが起きている」
血が出るほどに自身の拳を握りしめながら、ルクシャ・ハーナは告げる。
皇帝エスペリウスは何が起きたのかを直ぐに察した。
「来たのですか……収獲者が⁉」
「ああ。まだ斥候だけのようだが、アリステッド市から近い町に数体現れたらしい。冒険者と旅の途中である協力者の存在もあり、何とか難を逃れたようだ。帝国内にも南部と西部に数体……こっちは我が下僕の手により討ち取った。あとはアルズベリィ王国との国境に十数体確認されたようだ」
「斥候ですか。ならば————」
「そうだ。本格的な侵攻はこれからだろう」
ルクシャ・ハーナは天井を仰ぎながら吐き捨てるように言う。
可能であるならば、ゾティーク全土を手中に治めた状態で収獲者との全面対決に挑みたかった。
しかし、運命はそれを許さなかっただけ。
「勇者共の抵抗が思ったよりも激しいこともあるが、狂気山脈のオルドも問題か」
「共和国については概ねルクシャ・ハーナ殿の思惑通りに進むでしょう。魔王を討った立役者である勇者を召喚したアルズベリィ王国については、正面から討ち取るしかないでしょう」
「無論だ。だが、あまりにも時間が掛かるようならば、我が直接前線に出ることも視野に入れる必要があるだろう」
「ルクシャ・ハーナ殿の手を煩わせるワケには——」
と、皇帝エスペリウスの言葉を遮るように、ルクシャ・ハーナは言う。
「エスペリウス? 勘違いするなよ。貴様は我にとって都合の良い駒だ。皇帝という役割があるからこそ、生かしておいているのだ。本来ならば、現時点でアルズベリィを落とせていないことを理由に、その首を断たれても文句は言えないのだが?」
「そ、それは……」
ギロリと睨みつけるルクシャ・ハーナの眼光に、皇帝エスペリウスは口元を震わせながら言葉を紡ぐ。
「必ずや、アルズベリィを落としてみせましょう」
「……ふん。我の堪忍袋の緒もそう長くは持たんぞ?」
不機嫌さを隠す様子もなくルクシャ・ハーナは強烈な威圧感を放ちながら、場を去って行く。
一歩歩く度に重低音が響くようなズンとした圧力が周囲の空気を震わせていた。
その背中を見届けながら、皇帝エスペリウスはひとつ短い溜息を吐いた。
「これが民を守るためだと思ったが……どうやら間違いだったのかも知れぬな」
民の虐殺を防ぐために、ルクシャ・ハーナの軍門に下った。
しかし、それはルクシャ・ハーナの機嫌を損ねれば、即座に沈みゆく泥船だった。
少しだけ死期が伸びただけではあったが、ルクシャ・ハーナから聞かされた収獲者のことを考えれば、最善であったと皇帝エスペリウスは自負していた。
いや、自負するしかなかった。
「頂点捕食者——実に恐ろしい存在だ」
今、世界はルクシャ・ハーナに支配されるか、収獲者に滅ぼされるかの岐路に立っている。
しかし、それを引っ繰り返す可能性のある者がいることを、皇帝エスペリウスは考えもしていなかった。




