第116話
冷気と共にその場に降り立った秋雨は、荒い呼吸を繰り返しながら凍りつかせた蜘蛛へ氷刃刀を振るった。
強固だった外皮はいとも簡単に砕け散り、その形はもろくも崩れ去った。
蜘蛛のその終わりを見届けた秋雨は、地に氷刃刀を突き刺し、もたれかかるように何とか立っていた。
「今は一体が限界か……」
秋雨は自重するように呟く。
比較と超越の理を有する収獲者へ最も効率的な解決方法は、一瞬で葬り去ること。
比較させず、超越させず、強烈な一撃で片を付けることこそが有効だった。
頂点捕食者であるアンネリーゼは蜘蛛程度なら易々と一撃で葬れる。なお、周囲の精神汚染はある程度許容することが前提ではある。
一方の秋雨だが、今有している手札でそれが可能となるのは相伝術式のみ。その相伝術式を発動するために限定解除が必要となれば、あまりにもリスクが大き過ぎた。
現に今の秋雨は肩で息をしている状況であり、他の蜘蛛はすべてアンネリーゼに任せざるを得なかった。
「助かった。君のような実力者がいるとは思わなかったよ」
秋雨に声を掛けてきたのはレギオーだ。
その隣にはレミネ、順にルクス、パドルフの姿も在った。
「あ、ああ……見ての通り、動けなさそうなんだ。アンネリーゼ……俺の仲……連れが駆け回っているから大丈夫だろうけど、周囲の警戒だけ頼む」
「勿論だ。俺はレギオー・カークランド。あと俺のパーティメンバーのレミネ・スプリングフィールド、ルクス・クロス、パドルフ・アンダータだ」
それぞれが秋雨に向かって会釈する。
秋雨もそれに倣って小さく頷いた。
「神水守秋雨……こちらの様式に倣うならシュウウ・ミナモリだ」
「よろしく頼む、シューウ。レミネ、ルクス、パドルフ。三人は周囲の警戒を頼む。俺は彼と少し話がしたい」
レギオーの指示に従い、三人は周囲の経過のため秋雨とレギオーの側から離れる。
「疲れているところ悪いな。何となくだが、シューウはあの蜘蛛のことを知っているのか?」
「アンタよりは知っていると思う。だけど、詳しくは知らない。ちゃんとした話を聞きたいなら、俺の連れから聞いてくれ」
秋雨は眉間に皺を寄せながら答える。
「そうか。しかし、とんでもない化物だな。俺の必殺の一撃すら亀裂を入れる程度しかできなかったぞ」
「あの外皮に亀裂を入れることができるだけでも、アンタは相当な実力者だよ。少なくとも術なしなら勝てる気しない」
「謙遜も過ぎれば嫌味だぞ。シューウも俺より若いのに随分な実力じゃないか」
ガハハと笑い声を上げるレギオーに、秋雨は顔を顰める。
「はあ……」
「しかし、術と言ったか? 魔法とは違うことは何となくわかるんだが、誰でも使えるもんなのか?」
「……蜘蛛を凍らせた相伝術式は無理だ。普通の術なら……素質があればって感じだ」
秋雨はそう言ってレギオーを見る。
パッと見た感じではあったが、恐らくレギオーには素質はない。
「その感じ、俺には無理そうだな?」
「……まぁ」
「ああ、別に気にしちゃいない。昔から魔法はからっきしでな。唯一使える魔法が武器へのエンチャントだけなんだ。ま、それを突き詰めたからこそ、今の俺があるんだがな」
ケロッとした様子のレギオー。
そうこうしていると、空から黒い雲に乗ったアンネリーゼがフワフワと降りて来る。
「とりあえずこの町にいる蜘蛛は潰したよぉ。だけど、数人ほど発狂した人がいるけどねぇ?」
サラッとそんな報告をしてくるアンネリーゼに、秋雨は深い溜息を吐く。
「わかってはいたが、少しは周囲に気を遣ったらどうだ?」
秋雨のそんな言葉に、アンネリーゼは反省の欠片も見せずに答える。
「結構気は使ったんだけどなぁ? 本気だったら一瞬で済んだけど、この町の人々が廃人だらけになるけどねぇ」




