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かくして秋雨は降る  作者: 霜月風炉
第四章

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113/123

第113話

 地を蹴り、蜘蛛へと向かって秋雨は疾走する。

 その外皮はアンネリーゼの攻撃にも耐えきる強固さを有していることは分かっている。

 故に、狙うべき箇所は限られてくる。

 外皮に攻撃が通らないのならば、蜘蛛の脚部の関節一点だ。

 蜘蛛が秋雨を視認し、その脚を動かし突撃してくる。

 脚の先端は鋭利であり、その歩みを進める度に地を抉り取っていく。


「——早いッ!」


 お互いを狙い合うが故に、肉薄までにそう時間は必要なかった。

 蜘蛛が前脚を大きく振り上げ、その先端を秋雨へと突き刺さんがために振り下ろす。

 ガリガリガリ————氷刃刀で受け流すと、刀身の氷が削れ、その粒が秋雨の頬に当たって融解する。


「舐めるなッ!」


 力を籠め、秋雨は蜘蛛の脚を弾き飛ばす。

 そして、氷刀刃の刃を蜘蛛の脚にある関節へ奔らせる。

 だが————、


「か、硬いッ⁉」


 強固な外皮の隙となるであろうと思った脚の関節は、想像以上に硬い。氷刃刀の刃は全く通らず、そのまま無様に弾き返される。


「ダメだよ。コイツは何処も彼処も硬過ぎるからねぇ!」


 弾かれ態勢を崩した秋雨をカバーするように、アンネリーゼが蜘蛛との間に躍り出る。


千匹の仔を孕(マグナ)()し森の黒山羊(マテル)!」


 黒い雲の中より、のたうつ黒い触手が伸びる。

 狂気による汚染が通じないのならば、直接手を下してしまえば良い。

 あくまでアンネリーゼが精神汚染を目的に用いていただけで、それ単体の戦闘能力も常軌を逸している。


「絞め殺せ、千匹の仔を孕(マグナ)()し森の黒山羊(マテル)


 黒い触手が蜘蛛を絡めとり、慈悲の欠片もない力で締め上げていく。

 だが、それは蜘蛛の動きを僅かに止めるだけに過ぎなかった。

 蜘蛛は締め上げられて数秒の後、その触手を引き千切ったのだ。


「比較と超越——相変わらず厄介だよねぇ」


 千匹の仔を孕(マグナ)()し森の黒山羊(マテル)を黒い雲の中へと戻しながら、アンネリーゼは秋雨の隣に降り立つ。


「比較と超越?」

「あー、秋雨君は知らないかったねぇ。収獲者は比較と超越の理を有しているんだよねぇ。比較——それは己と相手を見比べること。超越——対象よりも一段強くなること。簡単に言っちゃえば、アイツは比較して、相手より一段超越する厄介な特性を持っているってことだよぉ」


 それを聞き、秋雨は顔を引き攣らせる。

 手札を見せれば見せるほど、蜘蛛は強くなっていくということだ。


「厄介で済む話じゃないよな?」

「……まぁ、そうだねぇ。私の 千匹の仔を孕(マグナ)()し森の黒山羊(マテル)も超越しちゃったみたいだし、困ったものだよねぇ。だけど、斥候相手なら超越される前に一気に叩けば間に合うかなぁ?」


 アンネリーゼは蜘蛛から視線を外すことなく、祝詞を紡ぎ始める。


「我が権能、我が母、我が信仰の主――御身の名はシューブ=ニググラトス」


 空気が震え、大地が腐りはじめる。


「おい、アンネリーゼ⁉」

「出し惜しみしている間にやられるだけだけから、一気に片付ける他ないと思うけどぉ?」


 言わんとしていることは理解できる秋雨であったが、アンネリーゼが召喚しようとしているものが問題だった。


「クロ! ルシア! 両目をしっかり閉じろ! このアンネリーゼ(馬鹿)が召喚する奴を絶対に視界に収めるな! 人間性が朽ち果てて、廃人になるぞ!」


 秋雨の言葉にギョッとした二人は即座に両目の瞼を下ろす。

 ロイガーとツァールで精神をゴリゴリに削られている中で、更にシューブ=ニググラトスを直視しようものなら、間違いなく耐え切れない。

 アンネリーゼの隣に、のたうつ黒い触手と黒い蹄の短い脚、そして黒い山羊の頭を持った異形は現れる。


「食らい尽くせ、シューブ=ニググラトス」


 アンネリーゼの言葉と共に、異形は蜘蛛へと瞬きの間に肉薄した。

 蜘蛛が異形へと脚を突き刺すが、突き刺した途端に腐り落ちていく。

 そして——、


「終わったねぇ」


 アンネリーゼのその言葉を聞き終えた時には、目の前から蜘蛛の姿は無くなっていた。

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