第110話
アヴェロワ共和国までの道中は穏やかな平原が続いている。
見晴らしが非常によく、盗賊や魔物の奇襲も少ない。
故に、平和的な旅になるのだろう————と、秋雨たちは思っていたのだが、どうやら現実は非情である。
「これで何度目かなぁ? そろそろ鬱陶しいよねぇ」
心底ゲンナリした様子で黒い雲に乗りながら、フヨフヨ浮いているアンネリーゼが吐き捨てるように言う。
その意見には全面的に同意である秋雨であるが、何かの差し金なのか、単純に運が悪いのかはわからない。
「ブレードライガーはこの平原に生息する凶暴な魔物ですが、滅多に人前には現れないはずなのですが……」
「でも、出発した昨日から数えるとこれで五度目の遭遇なんだよねぇ」
ルシアの言葉に、アンネリーゼが棘のある言葉を吐く。
「うっ……」となるルシアであるが、別に彼女が悪いわけではない。
しかし、何かしら様子がおかしいことだけは確かなのだろう。
「まあ、鬱陶しいだけで大した敵じゃないけどねぇ」
黒い雲の上に寝転びつつ、大きなあくびをしながら言うアンネリーゼ。
秋雨とアンネリーゼにとって、ブレードライガーは大した敵ではない。
しかし、クロやルシアにとっては気を張ってしまう敵だ。
クロとルシアにも多少は剣術の心得はあるみたいだが、あくまで護身用程度であり最前線で戦えるような練度ではない。
「昨夜は野宿だったから、今夜はベッドで寝たいな」
クロが背伸びをしながら言う。
「そうですね。恐らくもう少し先に、そこまで大きくはありませんが町があるはずです」
「そこで食料品等を買い込んで一泊だな」
ルシアの言葉に頷きながら、秋雨は息絶えたブレードライガーへと視線を落とした。
「それに町で聞き込みをすれば、こいつの異常発生についてもわかるかもしれないな」
「えー、別に放っておいても良いんじゃないのぉ? 別に困らないからさぁ?」
「アンネリーゼ……。まあ、俺とアンタの二人ならそれでいいだろうけど、クロとルシアには酷だろう。それにこういった普段は人前に現れないような生き物と頻繁に遭遇するって状況は、何かしらの問題が起こっているって相場が決まっているんだよ」
ある意味でお約束とも言えることでもある。
「ま、ブレードライガーの生息地にこいつ等以上の格上が住み始めたとかの可能性が高いだろうな」
とある大人気ハンティングゲームにも似たような設定があったこともあり、どうにもその状況に似ているような気が秋雨はしていた。
「格上? この猫ちゃんより強いのがいるって考えているのかなぁ?」
「「ね、猫ちゃん……?」」
アンネリーゼの言葉に、唖然としながら同時にクロとルシアが声を溢す。
ブレードライガーを猫ちゃん扱いするのは後にも先にもアンネリーゼだけかもしれない。
「ま、あくまでも予想だから、確実とは言えないけどな。それよりもさっさと先へ進もう。とにかく暗くなる前には町まで到着したい」
「そうだよな。よし、もうちょい頑張るぜ!」
秋雨の言葉に同意しつつ、気合を入れるクロ。
その様子を微笑ましそうに見るルシア。
「はぁ、疲れるよねぇ?」
「……雲に乗って移動していて疲れるってなんだよ?」
「羨ましいのかなぁ?」
「全然羨ましいとは思わねぇよ」
秋雨は首を横に振りながら言う。
黒い雲——アンネリーゼ自身の権能とは言え、澄ました顔で当たり前のように触れている。しかし、常人であれば瞬く間に発狂する程度には危険なものではある。
そもそも、その中に潜んでいる奴の正体を知っている秋雨としては絶対に触れたいものではない。
「つまんないなぁ。ま、乗りたくなったら言ってねぇ?」
「……はぁ、とりあえず先へ進もう」
フヨフヨと先へと向かって進んでいくアンネリーゼの姿を見ながら、秋雨は大きな溜め息を吐いた。




