第109話
「——おかしいですね」
一夜が明け、出発の準備を整えているとルシアが難しそうな顔をしながら、そんなことを呟く。
一体何がおかしいのか——クロがルシアに問うていると、秋雨も少し考えた後に口を開いた。
「おかしいと言うと……公爵が喰われたのに静か過ぎるってことか?」
「はい。幾らアンネリーゼがお金を巻き上げて脅したとしても、一人とは言え公爵が殺されたんですよ? あまりにも静か過ぎます。帝国には転移魔法がありますから、情報は既に出回っているはずです」
発動に個人の全魔力を使用するが帝国には転移魔法が存在しているようで、側近の誰かが帝国に戻り、情報を通達してしまえば、即座に公爵を殺害した者へ刺客が放たれることも考えられる。
しかし、そのような気配が微塵もない。
「……アンネリーゼ? 周囲に敵の反応はないか?」
「ないねぇ。ま、心配しなくても問題ないけどねぇ」
あっけらかんと言い切るアンネリーゼに、秋雨は訝し気な表情を浮かべる。
「その根拠は?」
「根拠~? それは諜報の結果かなぁ?」
「…………いつの間にそんなことを?」
「異世界にやって来た時からだねぇ」
抜け目ないと見るべきか否か——知らぬ間にそんなことをしているとは思いもしなかった秋雨は微妙な顔をする。
「あと帝国にルクシャ・ハーナがいたねぇ。で、アルズベリィはルクシャ・ハーナの眷属である蜥蜴人間が攻め入っているようだよぉ?」
「そうか。と言うよりも、諜報活動ができるなら、ギルドで情報収集はいらなかっただろ?」
「今回は不発だったけど、巷にある噂話や与太話って意外と馬鹿にならないんだよねぇ」
申し訳なさそうな素振りをまったく見せる気配もないアンネリーゼは、「ひゅーひゅー」と口笛をワザとらしく吹き始める。
「——アンネリーゼ……」
呆れ顔を浮かべつつ、秋雨はジト目を向ける。
「そんな熱い視線を向けないでほしいねぇ」
「向けてないが?」
「照れてるぅ?」
「照れてないが?」
アンネリーゼはケラケラと笑いながら弄ろうとする。
それに秋雨はゲンナリしつつも問う。
「それ以外の情報はあるのか?」
「あるよぉ、海路は帝国海軍の睨みが効いている状態だねぇ」
「なるほど。元から考えてはいなかったが、よりいっそのこと逃げ道のなくなる海路は選択肢から外せるな」
アルズベリィ王国への道は帝国経由か狂気山脈越えのどちらかとなった。
どちらにも相応の危険が伴うが、どちらの方がマシなのか——慎重に考える必要がありそうだ。
「帝国経由かなぁ? 狂気山脈越えかなぁ? 秋雨君はどっちを選ぶ?」
「……アヴェロワについてから考えるよ」
「そっかぁ……ま、私はどっちでも良いけどねぇ?」
恐らくどちらに転んでもアンネリーゼにとっては誤差の範囲なのだろうが秋雨は勿論、特にクロ、ルシアにとっては致命傷になりかねない。
「どちらが良い?」
「うーん? どっちだろうねぇ?」
「…………はぁ」
アンネリーゼの様子に秋雨は深い溜息を吐く。
と、そうこうしている内に荷物をまとめたクロがやって来る。
「お兄さん、荷物まとめ終わったぜ」
その言葉を聞き、秋雨は頷く。
アンネリーゼ、ルシアも自身の荷物を手に取る。
秋雨も荷物を背負ってから全員に言い聞かせるように口を開く。
「よし、出発だ」




