第108話
「へえ、どうやら気づいたみたいだねぇ」
月浮かぶ真夜中。
アンネリーゼはクロとルシアが住む家の屋根の上で、ニンマリと口元を歪めて月を見上げていた。
日本のような眠らない町とは異なり、街は魔力で灯る街灯の灯りが通りをほんのり照らしているだけで、全体としては暗闇が支配していた。
アンネリーゼは睡眠を必要としていない。
いや、頂点捕食者自体が睡眠から解放された存在だった。
「ありがとうねぇ、ロイガー、ツァール」
飛んでくる触手を持つ二体の緑色の肉塊を撫でると、黒い雲の中へと取り込む。
アンネリーゼはゾティークに転移すると同時に顕現させていたロイガーとツァールを帝国へと奔らせ、情報収集を任せていた。
その報告を受けたアンネリーゼは顎に手を当て、
「ルクシャ・ハーナは皇帝と一緒にいるんだねぇ。アルズベリィ王国には眷属である蜥蜴人間を派遣。海路はほぼ帝国の管轄……と言うよりは睨みが効いているといったところかなぁ?」
双子神であるロイガーとツァールから受け取った情報を、脳内に投影しながらアンネリーゼは今後の流れを考える。
「アヴェロワ共和国からどちらへ行くべきかなぁ?」
帝国経由で向かうべきか?
あるいは狂気山脈を越えていくべきか?
アンネリーゼは試案を巡らせる。
「帝国経由となると、四方八方が敵だと思うべきかなぁ? 私ひとりなら向かって来る奴は全員を食べちゃえば良いけどねぇ……」
秋雨は可能であれば穏便に済ませたい思考であることは、アンネリーゼは察している。
だからこそ、目の前で問題を起こした時に慌てふためく秋雨の姿を見ることを楽しく思っている。
しかし、玲香から『基本は秋雨の指示に従うように』と言われている以上、下手に動くワケにもいかない。
許可されているのは『不都合にならない行動のみ』だ。
「多勢に無勢となると帝国経由は面倒? だけど、狂気山脈でオルドを相手にする方が面倒かなぁ?」
アンネリーゼは一度オルドと相対したことがあるが、心底面倒だった。
勿論アレクシスも『奴らと相対する必要はない。奴らは頂点捕食者ほどではないが、知っての通り厄介だ』とアンネリーゼと同様の見解を有していた。
「アレクシスですら厄介というのだから、避けた方が無難かなぁ? だけど、どうにも避けられない予感がするんだよねぇ……」
暗闇に浮かぶ月を眺めながら、アンネリーゼは自身の直感が伝える予感に胸を躍らせる。
「ま、私はどちらでも良いけどねぇ。さて、秋雨君はどのような選択をするのかなぁ?」
アンネリーゼが屋根から飛び降りる。
タン——と着地すると、家の中へ入るため、玄関のドアノブに手を掛ける。
「ああ——なんだかルクシャ・ハーナに舐められていることだけは気に食わないなぁ
そんなことを呟き、アンネリーゼは家の中へと入っていった。




