第107話
「——ほう?」
アリステッド公国にて帝国の公爵が行方不明になった知らせを受け、ルクシャ・ハーナはそんな声を漏らす。
側にいた皇帝も眉間に皺を寄せ、知らせの詳細を事細かに聞き出している。
「ベルガンディ公爵が行方不明……いや、その報告から鑑みればほぼ殺害されたとみるべきだろう」
「やはりそう思いますか、ルクシャ・ハーナ殿」
ティムドラ帝国皇帝エスペリウス・エル・ティムドラは、ルクシャ・ハーナの言葉を受けて難しい表情を浮かべる。
公爵という位は貴族の爵位である五爵の中でも最も上位に位置する称号であり、決して軽いものではない。
ベルガンディ家ともなれば、帝国内でも歴史の深い家系でもあった。
確かに現当主であるルナン・フォン・ベルガンディの評判が良くないとしても、血を重視する貴族にとっては損失でしかない。
「アリステッド公国は帝国の事実上の属国であったとしても、これは少々よろしくないな。とは言え、わざわざ軍を率いて攻め入る意味もない」
「ですが、ルクシャ・ハーナ殿。属国となっているアリステッド公国の民が、帝国の公爵を手に賭けるとは思えないのです。アルズベリィ王国の勇者一味の仕業ではないでしょうか?」
「……いや、それはない」
皇帝エスペリウスの言葉を、ルクシャ・ハーナは少し考えた後に否定する。
「勇者一味は、我が民の軍勢がアルズベリィ王国内に押さえつけている。幾ら勇者であろうとも狂気山脈に住まうオルドを相手取る実力もない。海路についても帝国海軍の包囲網がある故に、無謀のはずだ。ならば、別の勢力がいると考える方がだろうと言えるだろうな」
そう言った後、ルクシャ・ハーナは現地の情報を伝えに来た兵士に詳細を問うことにする。
「公爵を殺害した者の素性はハッキリしているのか?」
「はい。逃げ戻った者たちによれば、氷の剣を持つ少年と黒い雲を操る少女の二人組とのことです」
ピクリとルクシャ・ハーナの頬が動いた。
そして、少しの沈黙の後、眼光を鋭くし、口を開く。
「…………なるほど、手始めにゾティークを手中に治めた後と思っていたが、どうやら奴からやって来たか」
「ご存じなのですか?」
「ああ、勇者どもの住まう世界に我を封じ込めた末裔の小僧だ。もう一人は我と同じ存在だ」
「何と⁉」
皇帝エスペリウスは驚きの声と共に目を丸くする。
「ならば、そうそうに対処する必要があるのでは?」
「……そうだな。だが、こちらから動く必要はない。恐らく勇者どもを助けに訪れたのだろう。慌てずともヤツの方からやって来る。その際にまとめて滅ぼせば良い」
ルクシャ・ハーナは言う。
阿蘇山での一戦では敗北を喫したが、ゾティークで療養によりルクシャ・ハーナは全盛の力を得ている。
故に、いつ相まみえようも問題ない考えだった。
「だが、小娘には注意しておくように伝えておけ。我以外が下手に交戦すると瞬く間に喰われるだろう」
黒い雲を操る少女——ルクシャ・ハーナに覚えがあった。
阿蘇山で自身の封印を解いた者だ。
「名を何と言ったか? ああ——アンネリーゼ・ミィ・ゴだ」
ルクシャ・ハーナは名を思い出しながら、その力量を鑑みる。
「——恐れるに足らんな。如何に頂点捕食者と言えど、今の我の敵ではない」
不敵な笑みを浮かべ、ルクシャ・ハーナは断言する。
「さて、神水守家の小僧がどのような動きを見せるのか。見物させてもらうとしよう」




