第106話
アンネリーゼは有り金すべてを巻き上げ、公爵ルナン・フォン・ベルガンディの側近たちを解放した。
一目散に逃げ去り、瞬く間にその後姿は見えなくなる。
そんなことに気にも留めず、アンネリーゼは巻き上げた金を眺めながらホクホク顔を浮かべていた。
秋雨をはじめ、クロとルシアはそんな彼女の姿にドン引きつつ、周囲の「うわ~」という視線に気づかないフリをする。
「……とりあえず、これからシューウさんたちはどうされるのですか?」
「まずはアヴェロワに向かおうと思っている。そこから帝国経由、それか狂気山脈を越えて、話していた通りアルズベリィに行くつもりだ」
ルシアの問いに、秋雨は今後の予定について答えた。
するとルシアは勿論、クロも目を見開いて驚きの声を上げる。
「お兄さん帝国経由も大概だけど、狂気山脈越えだなんては正気なのか⁉」
「そうです。あの山脈を越えて行こうと考えるのは余程の命知らずか、勇気を履き違えた愚か者だけですよ⁉」
随分な言われようだ。
狂気山脈についてはアンネリーゼからある程度は聞いていたが、そんなに驚くような場所なのだろうか——と、秋雨は思う。
精神汚染等の能力を有しているオルドという生命体は、それだけ脅威ということなのだろう。
「オルドに遭遇したら唯はすまみません。つい最近もS級冒険者パーティが全滅した話もあったくらいです」
「そうだぜ。お兄さんが弱いとは言わないけど、流石に狂気山脈越えはおすすめできないぞ」
物凄い剣幕で詰め寄って来る二人に、秋雨は若干たじろぎつつ頷く。
そんな様子を傍から見ていたアンネリーゼが口を開く。
「でもさぁ、帝国経由にしても、狂気山脈を越えるにしても、危険なのは変わりないよねぇ? まあ、狂気山脈越えは面倒だからできれば避けたいところだけど……帝国経由も別の意味で面倒そうではあるよねぇ」
クスクスと笑うアンネリーゼ。どちらを選んでも彼女はあくまで面倒であって、問題はないのだろう。
「アンネリーゼさんの言う通り、どちらも別の面倒さはあります。ですが、死から遠ざかるのは間違いなく帝国経由です」
「ルシアがそこまで言うのなら、帝国経由が望ましいのか?」
「だったら、俺が案内するぜ! 姉ちゃんもそう思うだろ?」
「それはそうですが、お二人の邪魔になるでしょう」
「何言ってんだよ。それにこれだけの騒ぎを起こした以上、此処にいても帝国の奴らに狙われる可能性もあるぞ」
クロは言う。
秋雨たちが一緒にいる間は問題ないだろうが、周囲にはそれなりの目撃者がいる。そうなると二人の身に危険が及ぶ可能性は大いにあり得る。
アリステッドが帝国の属国である以上、ほとぼりが冷めるまでは別の地で生活するのもありだろう。
「だけど、家は此処にあるんだろ? それに親御さんもいるだろう?」
秋雨が問うと、クロが胸を張って言い放った。
「父さんと母さんはいないぞ? 俺の家族は姉ちゃんだけだ」
「……すまなかったな」
「別にいいって、それに俺はお兄さんの弟子になりたい!」
そんなことを言い出すクロに秋雨は苦笑を浮かべる。
どうやら彼にとって、秋雨の戦闘は物凄く良く映ったらしい。
「クロ⁉」
「今のままじゃ、姉ちゃんを守れない。だから、力が必要なんだ!」
さて、困った——と秋雨は空を仰ぐ。
クロの目を見れば、その言葉が本気であることは容易に理解できた。
しかし、これから危険がある場所へ向かおうとている中で連れて行くことはできない。
少なくとも秋雨はそう思っていたのだが……。
「ふーん? まあ、良いんじゃないのぉ?」
アンネリーゼがそんなことを言う。
「おい。流石に危険すぎるだろ」
「正直なところ私たち二人で旅をするには少々厳しいところもあるよねぇ? それに現地人がいるだけでも、いろいろと楽になるかもよぉ?」
アンネリーゼの言い分も一理あるような気がするだけに、秋雨としてはモヤモヤしてしまう。
「………………一泊だ。今夜泊めてくれたら、考える」
長い沈黙の後、秋雨は絞り出すようにそう告げた。




