第105話
縛り上げた公爵の男が意識を取り戻すと同時に喚き始める。
さて、現状としては街のど真ん中で帝国貴族を縛り上げている状況なのだが、周囲の人々は特に文句をいう者たちはいない。
それだけ疎ましく思われている証拠だろう。
秋雨はゲンナリとしつつ、喚く公爵へと顔を向ける。
「お前、私にこのようなことをしてタダで済むと思っているのか!」
「……その状況でも上から目線で能書き垂れる姿に、思わず感心してしまうよ」
秋雨は呆れ気味に言う。
そんな様子に怒りを顕わにし、公爵の男は更に声を荒げていく。
「私はティムドラ帝国公爵ルナン・フォン・ベルガンディだぞ! このような狼藉を働いておいて、楽に死ねると思うなよ!」
公爵ルナンの喚き声と共に、気絶していた側近たちも意識を取り戻し始める。
さて、どうしたものか——秋雨が眉間に皺を寄せていると、ニコニコその様子を眺めていたアンネリーゼが口を開く。
「ティムドラ帝国公爵のルナン・フォン・ベルガンディねぇ? ベルガンディ家と言えば、それなりの歴史を有する名家だよねぇ」
ルナンの顔を見ながら、アンネリーゼが言う。
「そうだ! 私が死ねば帝国はお前たちを地獄の果てまで追いかけるぞ!」
「ふーん? 別に追い掛けられても私は困らないんだよねぇ?」
そう言ったアンネリーゼは縛られているルナンの近くに寄る。
そして、髪の毛を掴んで片手で持ち上げる。
「ぐっ……止めろ! 髪が抜けるぅ!」
「別に抜けても困らないよねぇ? それよりもさっきからピーチクパーチクうるさいんだよねぇ。君、立場を理解できているのかなぁ?」
表情はニコニコしているが、どうやらアンネリーゼの癪に障っていたようだ。
「立場だと⁉ それは私の台詞だ! お前のような小娘ごとき、私の力があれば————」
どうにでもできる——そう言おうとしたルナンだったが、その言葉は断ち切られる。
正確にはルナンの身体は黒い雲に呑まれたのだ。
「はーい、うるさいのは処理出来ちゃったねぇ。さて、そんな奴に仕えていた君たちはどうするのかなぁ?」
ゴミを見るように側近たちを見下すアンネリーゼ。
主人の最期とアンネリーゼのその姿を見た者たちはブルブルと身体を震わせる。
「……おい、アンネリーゼ」
「何かなぁ、秋雨君」
「流石にやり過ぎだ。と言っても公爵はもう間に合わないんだろ?」
「そりゃそうだねぇ。ま、美味しくいただけたみたいだよ」
アンネリーゼの権能である黒い雲の中に住まう狂気は、ルナンを美味しく召し上がられたらしい。
その様子を見ていたクロとルシアは顔を青くしているが、アンネリーゼは気にも留めない。
「さて、当然君たちは主人の後を追いたくないよねぇ?」
アンネリーゼの問いに縛り上げられている側近たちは何度も頷く。
その様子を見たアンネリーゼはニタァと悪い笑みを浮かべる。そして、ひとつの条件を突きつける。
「一応、公爵ほどじゃないにしても君たちは貴族だよねぇ? なら、死にたくないなら私たちにお金を献上してねぇ。あ、もちろん嘘を吐いて逃げようだなんて考えないこと、狂気は君の隣に潜んでいるからねぇ?」
クスクスと笑うその姿は悪魔であった。
顔を真っ青にして何度も頷く公爵の側近たちと、楽しそうな表情を浮かべているアンネリーゼ。
そして、その姿を見て秋雨は空を仰いでいた。
「…………きっつい」
それは心の底から込み上がった秋雨の心情であった。




