第104話
「危ないところ助けていただき、ありがとうございました」
そう言って深々と頭を下げるのは、アンネリーゼが脇に抱えて連れてきた少女——ルシアだ。
その隣には秋雨が助けた少年であるクロの姿が在った。
なお、アンネリーゼは公爵の男と側近の者たちを縛り上げて、何やら悪い笑みを浮かべて観察している。
「大したことはしていない。君を助けたアンネリーゼは……放っておこう」
チラリとアンネリーゼに視線を向けて直ぐに逸らし、秋雨は首を横に振る。
「でも、お兄さんって強いんだな。魔法使いなのか?」
クロが目をキラキラさせて問う。
何やら期待が籠った眼差しに、秋雨はあまりの眩しさに顔を逸らしそうになってしまう。
「いや、魔法使いじゃないな。えーっと……術者とでも呼んでくれ」
使用している術は魔法である以上、魔法使いという呼び名は的外れ。そうなるとしっくりくる呼び名は術者以外にない。
「術者? 魔法使いとはどう違うのさ?」
「それは……なんか違うんだよ」
説明しろと言われても困る。
秋雨は困り顔を浮かべつつ、適当な言葉で答える。
「しかし、この男は帝国の公爵って話じゃないか? 何で異国の地で態度がデカいんだ?」
縛り上げられ白目を剥いたままの公爵を指さしながら、秋雨は二人に問う。
ここはティムドラ帝国ではなく、アリステッド公国だ。
当然、法律も異なっているだろうし、公爵とは言え、他国で処断と銘打って問題を起こすことが許されるものなのか。
「アリステッド公国は半ばティムドラ帝国の属国みたいな状況なんです」
ルシアはそう言って、肩を落とす。
「魔王が討伐される数年前に陥った金融危機の際に、帝国に資金援助という名の借金をしたんです。ですが、返済ができず、このアリステッド市の港も借金の形として接収されています。現政権も帝国派が牛耳ていて、帝国貴族の起こした問題はすべて不問とされている状況です」
話を聞くほどティムドラ帝国が腐りきっていることがわかる。
「とは言っても、白昼堂々と人身売買ってどうなんだ?」
「帝国貴族にとって他国の人間は人に在らず。そもそも貴族以外は愚民と考える者が殆どなんです。ただ、大半の貴族が手出しをしないのは冒険ギルドと所属している冒険者たちですね」
怖いもの知らずの冒険者となれば、流石の貴族も手出しはしないらしい。
しかし、ルシア曰く、腕っぷしに自信のある貴族は冒険者相手にも問答無用に非道の限りを尽くすらしい。
「……いろいろと終わってるな」
溜息交じりに秋雨は吐き捨てるように言う。
良くも悪くも創作物で描かれるような典型的な悪徳貴族像と帝国像である。
「秋雨さんたちはアリステッドの方ではありませんよね?」
「そうだな。実はアルズベリィ王国へ行きたいんだ」
秋雨の言葉に、クロがギョッとする。
「アルズベリィ? この状況であそこに向かうのは自殺行為だと思う」
「クロの言う通りです。アルゥベリィからやって来た冒険者にお伺いする内容からしても、随分とマズい状況みたいですよ」
「そうなのか。ただ、そこに行く理由があるんだ」
秋雨は言う。
その言葉に二人は沈黙し、困ったような表情を浮かべている時だ。
「これはどういうことだ! この私にこのような仕打ち許されると思うのか!」
耳障りの悪い声が響き渡った。




