第100話
屈強な冒険者の男を投げ伏せた秋雨は、パンパンと叩きながら掌を払う。
決して秋雨の身体つきは屈強とは言えない。だが、ある程度の筋肉は付いているので、ヒョロガリというワケでもない。
しかし、見た目だけでは貧弱そうな佇まいであることを否定できないこともあり、実力を見誤ってしまうのも仕方ないのかもしれない。
「アンネリーゼ……こうなることがわかっていて、ギルドを選んだな?」
「さぁて、どうだろうねぇ?」
あくまでも白を切るアンネリーゼ。
秋雨は「はぁ……」と溜息を吐くと、自身の席に座り直す。
周囲の反応は様々だ。
目を見開いて驚きの表情を浮かべる者もいれば、興味深そうに観察するような者もいる。
「痛っ……やるじゃねぇか、クソガキ」
投げ伏せた男が、ゆっくりと立ち上がりながら言う。
「何だ? まだ何か用でもあるのか?」
「ねぇよ。しかし、随分と強いじゃねぇか」
「……別にボチボチの実力があるだけだよ。俺は……そんなに強くない」
食事に手を付けながら、秋雨は素っ気なく返答する。
と、アンネリーゼがニヤニヤしながら口を開く。
「それは嘘だよねぇ。だってぇ、私を氷漬けにできるくらいの実力はあるよねぇ?」
「アレは周囲の協力あってこその結果だ」
「それでも私を倒したことは事実だよねぇ?」
楽しそうな声音で言うアンネリーゼに、秋雨は顔を顰める。
そんなやり取りを見ていた男は不思議そうな表情を浮かべていた。
「ん? お前ら仲間じゃねぇのか?」
「仲間って間柄じゃないな」
「私は仲間だと思っているんだけどねぇ?」
「……玲香さんが生かすことを決めただけだ。俺はアンタを許したつもりはないからな、アンネリーゼ」
秋雨とアンネリーゼの間で漂う剣吞な雰囲気に、男は背筋に冷たいものを感じつつも口を開く。
「なんつーか、妙な関係なんだな。あと今さらだがお前ら冒険者じゃねぇな?」
「そうだが?」
「冒険者じゃねぇヤツが飯を食うためだけにギルドに来るとは思えねぇ。一体、何用だ?」
男の問いに、秋雨はチラリとアンネリーゼへ視線を向ける。
「ま、食事のためだけにギルドに来たワケじゃないねぇ。情報収集をする場所として、最もそれらの集まる場所が此処だっただけだねぇ」
「なるほど。で、お前らは何の情報を知りたいんだ?」
アンネリーゼの答えに、秋雨は「最初に言ってくれ」と思いつつ呆れ顔を浮かべる。
しかし、見知らぬ地の情報収集は重要だ。
「そうだねぇ。アルズベリィ王国の状況と勇者の動向を知りたいってところだねぇ」
アルズベリィ王国——その国名を聞いた途端に、男が怪訝な表情を顕わにする。
「アルズベリィ? 状況なんざ誰もが知っているほどだぞ。帝国と結託したルクシャ・ハーナを名乗る竜人が蜥蜴人間を引き連れて侵攻中だ」
「へぇ? ティムドラ帝国とねぇ?」
「アルズベリィは何処も彼処も戦火に包まれているらしい。勇者カナタも加勢しているみたいだが、戦況は芳しくないみたいだ。ま、アルズベリィが落ちると次の標的が何処になるのかわからねぇから、誰もが戦々恐々としているがな」
男の言葉に、秋雨は顎に手を当てる。
「……ルクシャ・ハーナと相対しなければ、庄司が直ぐに死ぬとは考えづらい。一先ずはそのアルズベリィへ向かう手段を考える必要があるな」
「お前ら、アルズベリィに行く気なのか?」
「ああ、そのために此処に来たからな」
「悪いことは言わねぇ。風の噂だがルクシャ・ハーナって竜人は常識外の強さらしい。関わろうすることが自殺行為だ」
どうやらルクシャ・ハーナの力の一端は、それなりに広まっているようだった。
確かにただの実力者であれば、男の忠告を素直に受け入れるべきだろう。
しかし、秋雨は一度ルクシャ・ハーナと相対し退け、アンネリーゼは頂点捕食者という同一存在だ。
「そこは大丈夫かなぁ? 同じ頂点捕食者として、ルクシャ・ハーナに後れを取る気はないからねぇ」
「俺もだな。ルクシャ・ハーナとは一度戦っているから、奴の強さは知っている」
二人の言葉を聞いた男は、目を丸くした後に豪快に笑い声を上げた。
「はっはは! なるほど、元から俺に勝ち目はなかったってワケだ。だが、このアリステッドからアルズベリィへ向かう海路は無期限の欠航中だ。向かうなら陸路になるぜ?」
「ふーん、結構面倒な感じになりそうだねぇ?」
そう言ってアンネリーゼが秋雨へと視線を向ける。
「面倒と言っても行くしかないだろ」
秋雨は力強くそう答えるのだった。




