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7番目のシャルル、聖女と亡霊の声  作者: しんの(C.Clarté)
第十三章〈大元帥の復帰〉編

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13.6 四月一日(2)傷跡の確認

 アルテュール・ド・リッシュモンと再会した次の日曜日は復活祭(レ・パック)だった。キリスト教徒にとって、イエス・キリストが誕生した12月25日に次ぐめでたい祝祭だから、大元帥が宮廷に復帰するには縁起のいい時期だったのかもしれない。


 リッシュモンとの主従関係はなんとも説明しづらい。


 私たちは「堅い絆で結ばれていた」と言えば聞こえがいいが、その絆はぐちゃぐちゃに絡まって(ほど)くことも切ることもできない拘束具のようだった。だが、別の見方をすれば、この絆は命綱でもあったし、誓いの指輪のようでもあった。


 以前はあれほど疎ましかったのに、今はこの絆をたぐり寄せようとしている。


 政治的な意味でも、私の個人的な感情的にも、「王と大元帥は不仲」だという噂を払拭したい。


「よく来てくれた」


 まずは、歓迎の意を伝えた。


 長い間、リッシュモンが宮廷に現れなかったのは、ラ・トレモイユが遠ざけているせいだと思っていたが、失脚した後もリッシュモンは10ヶ月間も姿を見せなかった。もし、不仲説が原因で、リッシュモン自身が距離を置いているならそうではないと伝えたかった。


 信頼や親近感を示す方法はいくつかある。

 同じ食卓でごちそうを食べ、同じ樽の酒を酌み交わすのもその一つだ。

 控室には、あらかじめ軽食が用意されていた。


「復活祭の前だからな。控えめですまないが……」


 休憩用の長椅子のそばに置かれた小さな机には、水差しとワインが置かれ、酒の肴としてまんまるのオムレットがほのかに湯気を立てていた。そういえば今夜は満月だ。


「復活祭当日の園遊会で、卵探しゲームをやるらしい」


 卵の殻を着色して華やかに彩り、庭園のあちこちに隠す余興だ。

 その準備のために、ここ数日は、卵から抜かれた中身を宮廷中で消費している。


「メーヌ伯の発案ですね」

「その通り。どうだ、うちの義弟はかわいいだろう」


 アンジュー家の人々は、昔からそういう可愛らしい遊びを好む傾向がある。

 私はいつも好ましく見守っているのだが、ルネもシャルロットも子供扱いされていると感じて不機嫌になるので、あまり口に出さないようにしている。


「先日、ディジョンにいるメーヌ伯の兄から卵料理のレシピを教わりました」

「ルネと会ったのか?」

「一時、牢に監禁されてましたがご安心ください。ブルゴーニュ公の指示で生活環境は改善しています」


 ブルゴーニュ公本人がじきじきに牢へ出向き、監禁中のルネに面会したらしい。

 ルネは愚痴をこぼしつつ、手慰みにそこらの板切れと黒炭でブルゴーニュ公の似顔絵を描いたところ、お互いに趣味嗜好が似ていることがわかり、ルネは捕虜から客人待遇に昇格した。ブルゴーニュ公に仕える絵師を紹介してもらい、目下のところ、絵描き修行にはまっているらしい。


「ははは、そうか。思ったより元気そうでよかった」

「当面の危機は脱しましたが、いくら待遇が良くても虜囚の身分です。監視も制限もない真の自由とは、比べ物になりません……」


 淡々とした口ぶりだが、実感がこもっている。

 そういえば、リッシュモンもかつてイングランドで虜囚の身だった。

 ブルゴーニュ公に口利きできるのは、幼なじみであるリッシュモンの特権の一つだ。


「ルネに便宜を図ってくれたことに感謝する」

「いえ……。陛下はずいぶん気にかけておいでのようでしたから」

「まあ、あの子は実の弟みたいなものだし、私に臣従したせいでつかまったも同然だったからな」


 ふわふわのオムレットを切り分けると、中に隠されていた白いチーズがとろけ出た。卵だけのシンプルな料理だと思っていたのに、意外と凝っている。


「それでは、いただこう。もちろん貴公もだぞ」

「ご相伴にあずかります」


 なお、私たちの時代にはフォークがなく、王侯貴族も手づかみで食べていた。

 読者諸氏は野蛮な食文化だと思うかもしれないが、一応「食事のマナー」というものは存在している。無学な庶民は五本指でがばっと鷲づかみして直接口に運んで食いちぎるが、正式なマナーでは親指と人差し指と中指を使って、一口大にちぎりながら食べる。


「少々熱いのではありませんか?」

「いや、これくらいなら大丈夫」

「あれから、手の火傷はいかがですか?」


 何のことかと、しばし手が止まった。

 オルレアンでの出来事を思い出し、私は食べかけの一切れを口に放り込むと、手を差し出して見せた。


「おかげさまでまったくの無傷だ。言われるまで完全に忘れていたくらいだ……」


 とろけた卵とチーズが混ざり合う白濁した液が、手と指にしたたり、てらてらとまとわりついている。


「む、汚くてすまん」


 指を洗うためのフィンガーボウルが見当たらない。

 いつもなら、酒の肴はドライフルーツやナッツなどの乾き物が多いから、用意し忘れたみたいだ。なお、汚れた口や手指を衣服にこすりつけて拭うのはマナー違反だ。どうしようかとまごついていると、手を取られた。


「よく見せてください」

「でも、汚れている」

「お互い様です」


 引っ込めようとしたが、両手で包み込まれてしまう。

 確かに、どちらの手もチーズまみれだ。


「薬の効果を見たいのです。傷跡を確認しても?」

「いいけど……、舐めるなよ……?」


 リッシュモンは包み込んだ手を開いて、私の手のひらを上にすると、「傷跡が皮下でしこりになっていないか」を確認するように軽く押しながら優しく撫で回した。指も一本ずつ、指の腹をぷにぷにと押して違和感がないかを確かめ、関節の動作を確認し、水かきのある股に触れるとチーズと卵液のぬめりを親指と人差し指ですくい取った。


「あの、くすぐったいんだが……」


 古傷の状態を診察しているだけなのに、リッシュモンが相手だと妙に気恥ずかしくなってしまうのは何故だろう。まるで自分がうぶな生娘になった気分だ。


「確かに、完治しています」


 やっと解放されたと、ほっとしたのもつかの間。

 リッシュモンは自分の指をぺろっと舐めた。



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