12.4 神の犬(1)
消息不明だったラ・イルが前触れなく帰ってきた。その上、金をせびられた。
「カネくれ」
「いきなり何かと思えば」
事情を聞くと、ルーアンに潜入したものの敵方に捕らわれていたらしい。
虜囚が自由を買うには身代金がいるが、前科持ちのラ・イルには傭兵の仲間以外に身寄りがなかった。
「カネ払いの良さそうな顔知りといえば、そりゃあ一人しかいねえだろ」
さすが悪党、国王を金蔓だと思っている。
「払ってあげてもいいけど」
「へへ、毎度あり!」
「いくらだ?」
「そうさなぁ……」
即答しないで、にまにましながら何か皮算用している。
身代金の話が事実だとしても、いくらか自分のフトコロに入れようとしているに違いない。そもそも、自分から逃げたにせよ、何か条件と引き換えに解放されたにせよ、今現在「自由」になっているのに、なぜ私が身代金を払わなければならないのか。
「そりゃあよ、カネを調達して戻るって誓いを立てちまったからな」
「意外だな。誓いに縛られているのか」
「まあ、そういうことになるな」
「他の人ならともかく、ラ・イルは不信心者だと思っていたよ」
ラ・イルはそれ以上減らず愚痴を叩かず、さばさばした表情で肩をすくめた。
私は知っている。ラ・イルが変わったのはジャンヌの影響だ。
「お金は払うよ。情報料の見返りとしてね」
「毎度あり!」
「よく帰ってきてくれた」
「おうよ」
敵地ルーアンに潜入して得られた情報は貴重だ。
しかも、ジャンヌの異端審問と火刑の詳報はいまだに分かっていないのだから。
「ルーアンは広い。どの辺に捕らわれていた?」
「ふたつある大塔のうちのひとつ。ジャンヌはもうひとつの方にいた」
「身代金を要求しているのは、ボーヴェ司教か?」
「いんや、ウォリック伯と呼ばれてるやつだ」
ジャンヌの身代金を用立てたのはパリ大学総長でボーヴェ司教のピエール・コーションだったが、火刑が執行されてすぐに立ち去ったようで今はいない。ラ・イルをはじめ、通常の捕虜はその地域を統括する総督の管轄だ。ノルマンディーの首府ルーアンでは、イングランド軍の重臣ウォリック伯が担当している。
「よし、わかった!」
「おう?」
「みんなが思っているほど私は裕福ではない。途中で身代金が盗まれないように、私が直々にルーアンまで出向いて支払おう」
私は強行軍での出陣を命じた。
「ラ・イルには道案内を頼みたい。ただ意味もなく捕まっていたわけじゃないだろう? ルーアンまでの近道や抜け道、たくさん知っているはずだ」
「へっへっへ、そう来るか。俺様のガイドは高くつくぜ?」
ジャンヌが火刑に処されてから8ヶ月後、デュノワをはじめ各部隊と合流し、1432年2月3日、フランス軍は一時的にではあるがついにルーアンを占拠することに成功した。
「占領を維持できるのはせいぜい数日が限度です!」
「わかった」
まずは、大塔へ。
異端審問の関係者から、火刑の目撃者に至るまで、ジャンヌにかかわる情報を可能な限り引きずり出してやる!





