11.17 シャルティエの演説(1)帰国の途
神出鬼没なリッシュモンが立ち去り、寝室はもとの闇と静寂に支配された。
心地良い寝具に包まれているうちに、熱を帯びた耳たぶと鼓動が落ち着いてきた。一人で取り残されて、物寂しい気分になっていることが悔しくもある。
「貴公といると私はなぜか調子が狂ってしまうんだ」
「私もです。私も、あなたといるとおかしくなる」
うん、知ってた。
少なくともオルレアンで出会った夜に、そうかもしれないと思っていた。
リッシュモンを遠ざけている理由は、大元帥と大侍従の宮廷闘争を和らげるため、陰謀を秘密裏に調査するため、何だかいらいらするから……、色々あるが、近くにいると心がざわつくから距離を置くべきだと思ったんだ。
リッシュモンの忠誠心が、他の家臣たちとは少し毛色が違うということは以前から感じていた。だが、それを明らかにしようとか、暴いてやろうと思ったことはない。知らないふり、気づかないふりをして一線を引いていた。そうすることが正しいと思っていた。私はリッシュモンの想いには応えられないのだから。
応えられないことに罪悪感を抱いている。
いつか、絆されてしまうことを恐れている。
今夜、リッシュモンは「告白」という一歩を踏み出した。
私はいつまでかわし続けるのだろうか。
「ジャンヌのやつ、私の気苦労も知らないで余計なことを……」
リッシュモンの秘めた想いを解放して、後押しした。
文句のひとつも言ってやりたいのに、それはもう叶わない。
*
あれほど眠れないと思っていたのに、リッシュモンに甘やかされたことが良かったのか、いつのまにか熟睡していたようで爽やかに目覚めた。私を取り巻く問題は何ひとつ解決していないが。
帰国の途につく前に、青白い顔色で目の下にくまを作ったピッコローミニが待機していた。
「見送り、大義である」
「名残り惜しいですが、道中の安全をお祈り申し上げます」
「こちらこそずいぶん世話になった。貴国の平和と幸運を祈念しよう」
「ありがたきお言葉です。それから、こちらが約束の品です」
ピッコローミニは、徹夜で書き写したというシャルティエの演説文を差し出した。達成感があるのだろう、疲労の色は隠せないが晴れやかな表情だった。
「急ごしらえにつき、見苦しい書簡ですがお納めください」
「今、拝見しても?」
「いえ、できればのちほど……」
「ふむ……?」
シャルティエの詩才と文才はよく知っているが、「そんなにもったいつけるほどの内容か?」と訝しんでいると、
「差し出がましいですが、天才詩人アラン・シャルティエ様の熱烈な愛好家として注意事項がございます」
意外にも、ピッコローミニは「うるさがた」のファンらしい。
こだわりの注意事項として、遺作『希望の書』と合わせて読むように勧められた。ピッコローミニの解釈によると、神聖ローマ帝国でおこなった演説文と遺作の内容にはいくつかの共通点があり、連動して読み解くことで、シャルティエが国王と祖国フランスに寄せていた本当の気持ちがわかるという。





