11.13 密談(2)強制退位か暗殺か
「デュノワが何だって?」
努めて冷静に、聞き返した。
「……オルレアン公の異母弟です。兄に命じられて陛下に手をかけるかもしれない」
「貴公の考えすぎだ。そんなことはありえない」
物心ついたころからの親友だ。
親兄弟よりもずっと身近な存在で、数え切れないほどの長所からささいな欠点までお互いに知り尽くしている。
「デュノワ伯が好人物であることは認めます。しかし、オルレアン公とは直系で血の繋がっている唯一の兄弟です。腹違いとはいえ、不遇な立場に追いやられている兄から密命を受けたら、断り切れるでしょうか」
「黙れ」
親友を侮辱されてイライラした。
思い返せば、リッシュモンは前にも宮廷からデュノワを追い出そうとしたことがある。もっともらしい理屈を述べていたが、目の敵にしてないか? 男の嫉妬か? デュノワが裏切るなんて絶対にありえない!
「気分を害してしまい申し訳ありません。ですが、陛下に嫌われたとしても、どうしても伝えなければ……」
「聞きたくない。貴公なんか大っ嫌いだ……!」
「承知しています。……ですが、伝えなかったせいで、陛下の身にもしものことがあれば私は絶対に後悔する。だからここに来ました。私の言うことを信じなくて構いません。聞くだけでいいですから」
心の中で「聞きたくない!」と叫んだがもう遅い。
それ以上リッシュモンに忠告されなくても想像がついた。
シャルル・ドルレアンから頼まれたら、少なくともデュノワは板挟みになって悩むだろう。兄弟愛を選ぶのか、友情まじりの忠誠心を選ぶのか。それはわからないが、血は水よりも濃いという。私だって、父王と母妃が悪政を敷いていると知っていながら何もできなかったじゃないか。
「二人は……、コルネイユを通じて私が知らない企みをやり取りしているのか?」
「それはわかりません。私はあのカラス通信の構築に関わってませんでしたから」
コルネイユを調教したクレルモン伯の父ブルボン公も、シャルル・ドルレアンとともにロンドン塔に幽閉中の身だ。アジャンクールで囚われてから16年の月日が流れた。とうとう我慢の限界に達し、帰国するためになりふり構わなくなったのか。
「デュノワの性格を知っているなら、オルレアン公は陰謀の詳細を伝えずに操るかもしれません。陛下は用心深いですから、いっそデュノワは何も知らない方が都合がいい」
「私に何をする気だ? 退位させるのか?」
父王シャルル六世の実子ではないという話を蒸し返して、教会がそのことを認めれば、私は母妃イザボーの私生児という扱いになり、長男のルイも王位継承権から外れる。
そうなれば、シャルル六世の血を引く直系男子は断絶したとされ、フランスの王位は王弟オルレアン公の血筋に移る。シャルル・ドルレアンが王位を簒奪するにはそれしかない。
最近ずっと劣勢のイングランドはフランス統治に難儀し、私とジャンヌを殺したいほど憎んでいる。新たなフランス王がイングランドに臣従することを条件に、自分たちの面目が立つ形でフランスから手を引くつもりなのかもしれない。
「退位ならまだいい」
「えっ……」
「静かな修道院で余生をすごすのも、あなたには似合っている」
そう言われて、少し心が揺らいだ。
王位の重責から解放されて、平和が訪れるならそれでもいい。
むしろ、子供のころはそういう生活を望んでいたのだから。
「陛下が望むなら復権のチャンスもあるでしょう。私があなたの身柄を預かってもいい。図書室の充実した修道院でも邸宅でも、好みの隠居先を用意します。ともに暮らしましょう」
あの鉄面皮な堅物にしては、ずいぶんと優しい提案だ。
本気なのか冗談なのか判別しかねるが、そういうのも悪くない。
「ですが、退位させるために命が狙われているなら話は別です」
リッシュモンはそう言ったが、私はそれでもいいと思った。
返事をしなかったが、私の暗い情動が伝わってしまったようだ。
「許しませんから」
「何のことだ?」
「もしデュノワが毒入りの杯を差し出したら、あなたはわかっていてもそれを受け入れるでしょう。最愛の親友が望むなら、その命を差し出してしまうのではありませんか?」
その光景は、容易に想像できた。もし、そうなったら——。
きっと、心の中で「幼なじみの友情や忠誠心よりも兄弟愛を選んだんだね」と寂しさを感じながら、差し出された杯を飲み干す。手から杯がこぼれ落ちて、床に倒れ伏した私を、デュノワが見下ろしている。
薄れゆく意識の中で、「いままで世話になったね」と礼を言うか、もしかしたら恨み節のひとつくらいは言ってやるかもしれない。
でも、たぶん私はデュノワに抵抗しないだろう。
親友の腕の中で死んでゆく。そういう結末も悪くない。





