11.12 密談(1)
皇帝ジギスムントに帰国することを伝えると、「息子との別れ」を惜しまれ、私は苦笑しながらあらためてハンガリー王を継承する話を断った。
「まあ、今日のところはそれで良しとしよう」
「お心遣いに感謝します」
「だが、余は諦めないぞ。将来のことは誰にもわからないからな!」
どこまで本気なのかわからないが、ジャンヌを救えなかったことを悔やみ、イングランドの横暴に憤慨し、フランスの悲しみに共感してくれた。皇帝の気まぐれには要注意だが、今この瞬間の気持ちは嘘ではないと思う。
*
夜明けとともに出発し、強行軍で帰らなければならないのに、その夜はいつまでも眠れなかった。いろいろなことが起こり過ぎている。
室内の暖炉は少し前までほのかに燃えていたが、今は火が落とされている。
春から初夏に向かう時節柄、大きな炎はいらない。
ベッドに覆い被さる天蓋からカーテンが降りているのは、防寒と虫除けのためだ。夜はまだ少し寒い。
「ふぅ……」
何度目かの寝返りを打ったとき、ベッドを取り巻くカーテンの合わせ目の向こうで明かりが揺らめいた気がした。今回の旅では、義弟のシャルル・ダンジューが大侍従の仕事を引き受けて、身の回りの世話をしている。
「シャルロット……?」
王の寝室に自由に出入りできるのは大侍従の特権で、今は義弟だけだ。
(ああ、そうか)
子供のころの愛称は気に入らないらしく、いつも口を尖らせて訂正してくる。
そのことを思い出して、もう一度言い直した。
「そこにいるのはメーヌ伯だろう?」
ピッコローミニの言付けだろうか。
シャルティエの演説文を書き起こすと言っていたから、きっとその件だろう。
眠れなくて悶々としていたことだし、しばらく話し相手になってもらおうか。
その人は黙したまま、持ってきた松明で暖炉に火をつけた。
枕から頭を上げて、半身を起こしかけたその時——、
「そのままで、話を聞いてください」
すぐそばのカーテン越しに、低い声が聞こえた。
「なぜ、ここにいる?」
「陛下の方こそ、どうして危険を冒して国外に出たのですか?」
まただ。私たちは会うたびにケンカ腰になる。
別に、嫌っているつもりはないのだが。
「ここにはイングランドの手の者もいます。陛下の命を狙うには絶好の場所です」
「死を恐れて引きこもっていたら何もできない。それに、危険を冒してでもやらなくてはいけないことがあったんだ」
それも、ジャンヌの死によってすべて無駄足になってしまったが。
苦い思いを噛み殺すように唇を噛んだ。
「どうしても伝えておきたいことがあります……!」
リッシュモンの声は、妙に切羽詰まっていた。
「ブルゴーニュ公が渡英して、オルレアン公と秘密裏に接触しています」
一瞬、何のことかわからなかった。
現在のオルレアン公といえば、私のいとこのシャルル・ドルレアンだ。
アジャンクールの戦いで敗軍の将となって捕らわれ、以来ずっとロンドン塔に幽閉されている。フランスの内乱は、もとはと言えば彼ら二人の父親、先代のブルゴーニュ無怖公と王弟オルレアン公の宮廷闘争が発端だった。
その二人が秘密裏に接触——?
「オルレアン公は、フランスの和平よりもロンドン塔から自身が解放されることを望み、そのためなら何でもすると……、自由と引き換えにイングランドに臣従するという盟約を結びました」
ただでさえ色々なことが起こり過ぎているのに、もう訳がわからない。
私の混乱をよそに、リッシュモンは一方的に話し続けた。
「ブルゴーニュ公は、陛下を排除してオルレアン公をフランス王位につかせ、イングランドに臣従させることを考えています。どうかくれぐれもご用心を。特に、デュノワであっても……」
あの堅物のリッシュモンにしてはめずらしく言い淀みながら、「たとえ最愛の親友でも、心を許しすぎてしまわないように」と忠告した。





