第六章 報告書
七月の半ば、局長に呼ばれた。
事務室の奥の机で、局長はパソコンの画面をこちらに向けた。みまもりサービスの管理画面で、利用者ごとに、訪問の記録と、報告の送信日と、申込者からの連絡が並んでいた。
「宮下さんの息子さんから、メールが来てる」
画面には、短い文が表示されていた。
いつも母のことをありがとうございます。報告書を拝見し、元気にしているようで安心しました。一点お願いがあります。選択項目のうち一つを「物忘れ」に変更していただけますでしょうか。最近、電話で話すと同じことを何度も聞かれることがあり、念のため確認していただければと思います。
局長は、読み終えたわたしの顔を見た。
「変更の手続きは、こっちでやっておくから。来月から、質問が一つ変わる」
「はい」
「電話、してるんだね。息子さん」
「そうみたいですね」
局長は、いい息子さんだよ、と、前にも言ったことを言った。
わたしは、画面に表示された健一の名前を見た。
宮下健一。メールの差出人の欄に、アドレスと並んで、名前が出ていた。署名の欄には、名前だけで、住所も電話番号もなかった。
局は、申込者の住所を知っている。申込書に書いてある。四月に局長から渡された控えに、東京都の住所が印字されていた。わたしは、その控えを、一度だけ見た。申込者の住所は、訪問員の仕事には関係がない。だから、よく見なかった。
よく見なかったことを、わたしはいま、思い出していた。
*
わたしは、画面の文をもう一度読んだ。
電話で話すと同じことを何度も聞かれる。
健一は、何を何度も聞かれたのだろう。わたしは知らない。聞く決まりもない。ただ、トシ子さんが七月の電話でわたしに言ったことは、覚えていた。わたしが出した手紙が、戻ってくるの。
健一も、同じことを聞かれたのかもしれない。聞かれて、何と答えたのかは、わからない。
報告書には、手紙の項目はない。
そのことを、わたしは局長に言わなかった。
局長は、健一のメールを、いい息子さんの証拠のように読んでいた。報告書を毎月読み、母親の様子を気にかけ、物忘れを心配して、質問を変えてほしいと頼んでくる息子。その息子に、母親が毎月手紙を出し、毎月戻ってきていることを、局長は知らない。知る方法がない。還付の郵便物は、局長の机には来ない。
わたしは知っている。わたしが、三〇五号室の受け口に入れているからだ。
けれども、それを報告書に書く欄はない。局長に報告する決まりもない。お客さまの郵便物の内容や、差し出しの状況を、ほかの人に話してはいけない。それは、決まりの中でもいちばん古い決まりだ。郵便を扱う人間が、いちばん最初に教わることだ。
信書の秘密。
わたしは、管理画面から目を離して、区分棚の前に戻った。
*
八月の訪問は、第二木曜の二時にした。
お盆の前の週だった。局は、暑中見舞いと、お盆の帰省の不在票で忙しかった。
団地の階段には、帰省してきた家族の靴が並んでいる部屋もあった。三〇五号室の前には、トシ子さんのサンダルが一足だけだった。
坂を上ると、アスファルトから熱が立ちのぼっていた。坂の上のポストの前で、佐野さんが日陰に椅子を出して座っていた。
「暑いねえ。トシ子さん、クーラーつけてるかな」
「どうでしょう」
「こないだ窓が閉まってたから、声かけたら、電気代がもったいないって」
わたしは、そうですか、と言った。
三〇五号室は、クーラーがついていた。わたしが来る時間に合わせて、つけたのかもしれない。それは推測だ。
*
タブレットを開くと、質問が一つ変わっていた。
選択項目の三つ目。前は「趣味や楽しみはありますか」だった。それが、別の文になっていた。
最近、物忘れが気になることはありますか。
わたしは、体調から順に聞いていった。体調、いい。食事、三回。何を食べたかと聞くと、トシ子さんは冷蔵庫を開けて、中をのぞいてから、そうめん、と言った。睡眠、よく眠れる。外出、スーパーに行く。
「物忘れが気になることはありますか」
トシ子さんは、ちょっと笑った。
「そりゃあるわよ、この歳だもの。眼鏡をどこに置いたかとか」
わたしは、選択肢を見た。ない、少しある、ある、よくある。
「少しある、でいいですか」
「いいわよ」
わたしは、少しある、を選んだ。備考に、眼鏡の置き場所など、と入力した。トシ子さんが言ったとおりに。
眼鏡は、トシ子さんの額の上にあった。わたしがそれを見たのは、入力を終えたあとだった。言えば、トシ子さんは笑っただろう。わたしは言わなかった。眼鏡の場所は、質問の項目にない。
心配事はありますか。
「ないわね」
わたしは、なし、を選んだ。
*
入力内容の確認の画面で、物忘れの欄だけが、ほかと違う色で表示された。少しある、は、注意の色になるらしかった。
黄色い枠が、物忘れの欄を囲んでいた。四月からいままで、トシ子さんの報告に、色のついた欄はなかった。
この色を、健一は見るのだろうか。報告書は、PDFで届く。色は、PDFにも残るのだろうか。わたしは、報告書の完成した形を、一度も見たことがなかった。訪問員には、見る画面がない。
総合所見の欄は、空いていた。一つでも注意の項目があると、定型文は入らない。わたしが何か書き込めるようになっていた。
研修の冊子には、こうあった。総合所見は、ご本人のご様子を簡潔に記載してください。推測や評価は記載しないでください。
わたしは、少し考えて、こう書いた。
お元気にお過ごしです。眼鏡の置き場所など、物忘れが少しあるとのことです。
嘘は、一つもなかった。
送信のボタンを押した。
*
帰り際、トシ子さんは、封筒を二通出してきた。
「これ、先月の分と、今月の分」
先月の分、という封筒には、赤い印が押してあった。あて所に尋ねあたりません。わたしが先月、三〇五号室の受け口に入れたものだった。封は切られていなかった。
トシ子さんは、その封筒に、新しい切手を一枚、上から貼っていた。
「戻ってきちゃったから、もう一回出して」
赤い印の上に、新しい切手が斜めに貼ってあった。宛名は、同じ東京の住所だった。
わたしは、二通とも受け取った。
受け取ってから、坂を下りる前に、どうするかを考えた。同じ宛先に出せば、同じように戻ってくる。それは、わかっていた。郵便は、宛名のとおりに運ばれる。
わたしは二通とも、坂の上のポストに入れた。
ポストの口に、二通目の封筒が落ちるとき、赤い印が一瞬見えた。
この封筒は、今夜、局で区分される。料金は足りている。宛名は読める。区分機は、東京の局の番号を読み取って、東京行きの箱に振り分ける。東京の局で、配達員が宛名の住所へ行く。そこに、宮下の名前はない。配達員は、封筒に二つ目の赤い印を押す。
赤い印が二つ押された封筒が、九月のはじめに、わたしの局に戻ってくるだろう。
頼まれたのは、出すことだった。
局に戻ると、局長がまた、画面を見ていた。息子さんから返信、と言って、画面を指さした。
報告ありがとうございます。物忘れは年相応のようで安心しました。
物忘れ、「少しある」と、トシ子さんは答えた。
その夜、わたしは、健一の返信の文を思い返した。物忘れは年相応のようで安心しました。
年相応、という言葉は、報告書のどこにもない。わたしが書いたのは、眼鏡の置き場所など、物忘れが少しあるとのことです、という文だけだ。年相応だと判断したのは、健一だった。報告書を読んで、自分で判断した。
判断するのは、読む人だ。わたしは、判断の材料を送るだけだ。




