第五章 あて所に尋ねあたりません
六月の終わりの朝、区分棚の前で、その封筒を見つけた。
東京から戻ってきた郵便物の束の中にあった。白い封筒で、宛名は宮下健一様。宛名の上に、赤い印が押してあった。
あて所に尋ねあたりません。
その下に、還付、と手書きで書き添えてあった。宛先の住所を受け持つ局が、配達できないと判断して、差出人に戻すときの印だ。わたしは二十年、この印を毎日のように見てきた。引っ越しても届けを出さなかった人。届けを出して一年たった人。宛名を書き間違えた人。
封筒の裏には、日向台団地五号棟三〇五号室、宮下トシ子、とあった。
わたしは、その封筒を手に取ったまま、しばらく区分棚の前に立っていた。
隣の区を受け持つ山内くんが、どうしました、と聞いた。二十代の配達員で、この局に来て三年になる。
「還付。わたしの区の人の」
「ああ、多いですよね。年寄りの人、住所録直さないから」
山内くんは、自分の区の還付を抜き出しながら言った。
「ぼくの区にもいますよ。毎月、同じところに出して、毎月戻ってくる人。窓口で説明してもらったらしいんですけど、また出すんですよね」
「どうするの、そういうとき」
「どうもしません。戻ってきたら、入れるだけです」
山内くんの言うとおりだった。わたしも、そうしてきた。二十年。
差出人の住所は、わたしの区だ。戻ってきた郵便物は、差出人に届ける。それは決まりだ。
*
わたしは、その封筒を、五号棟の棚に差した。
差してから、いったん抜いて、封筒の表と裏をもう一度確かめた。宛名と差出人が逆になっていないか。印の押し間違いではないか。二十年、還付の郵便を扱ってきて、間違いを見つけたことは数えるほどしかない。この封筒にも、間違いはなかった。差出人の住所に戻すのが、正しかった。
宛名の東京の住所を、もう一度見た。四月にも、五月にも、同じ住所だった。四月と五月の封筒は、戻ってこなかった。戻ってこなかったということは、どこかへ届いたということだ。
七号棟の大川さんのことを思い出した。
転送期間は、届出の日から一年。
健一が去年のいつ引っ越したのかを、わたしは知らない。知る方法はある。窓口のシステムで調べれば、転居届の記録が出てくるかもしれない。けれども、それは担当の仕事ではないし、調べる決まりもない。お客さんの転居の情報を、理由なく見てはいけない。それも決まりだ。
四月と五月の手紙は、転送されて届いた。六月の手紙は、転送の期間が切れたあとに着いた。
そう考えれば、筋は通る。
筋が通っても、わたしにできることは同じだった。封筒を、差出人の郵便受けに入れる。
*
五号棟の集合ポストは、坂の上の、郵便ポストの横に並んでいる。三〇五号室の受け口は、上から二段目の右端だ。
わたしは、ほかの郵便物と一緒に、その封筒を入れた。
入れるときに、封筒が少しふくらんでいるのがわかった。便箋が三枚か、四枚。中身は見ない。見なくても、厚みは指に伝わる。
佐野さんが、ほうきを持って近づいてきた。
「今日は多いね」
「月末ですから」
佐野さんは、五号棟の受け口を見て、何か言いかけて、やめた。
わたしは、残りの郵便物を六号棟の受け口に入れた。
坂の上から、町が見えた。梅雨の雲が低く垂れこめて、駅の向こうの山の稜線が隠れていた。このポストの前から下りていく郵便物は、あの駅から電車に乗って、東京へ行く。東京から戻ってくる郵便物も、同じ道を逆にたどって、このポストの前まで来る。
わたしは、その道の、いちばん端に立っている。
一日の配達を終えて、局に戻る坂道で、わたしはバイクを止めなかった。
止まって、何をするのか。三〇五号室のチャイムを鳴らして、手紙が戻ってきていますね、と言うのか。それは配達員の仕事ではない。みまもり訪問の日でもない。訪問の日だったとしても、十の質問に手紙の項目はない。
トシ子さんは、封筒を見て、赤い印を読むだろう。あて所に尋ねあたりません。読めば、健一がその住所にいないことが、わかるかもしれない。わからないかもしれない。わたしが言っても言わなくても、封筒は同じ封筒だ。
印は短い。短い印で、足りるようにできている。
*
七月の第二木曜の前に、もう一通、同じ封筒が戻ってきた。
六月の訪問のときに預かった封筒だった。赤い印。あて所に尋ねあたりません。
六月の終わりに戻ってきたのは、五月の訪問のあと、トシ子さんが自分でポストに入れた封筒だったのかもしれない、とわたしは思った。毎月書いている、とトシ子さんは言っていた。訪問の日に預けるとは限らない。わたしが預かったのは、四月と五月と六月の三通だけだ。
それは、推測だ。
わたしは、封筒を三〇五号室の受け口に入れた。
*
七月の訪問の前の日、電話をかけた。
呼び出し音は、四回で止まった。受話器を取る音のあとに、少し間があった。
電話をかける前に、申込内容の控えを確かめた。訪問日時の約束は、本人とすること。家族を通さないこと。わたしは、トシ子さんの部屋の番号を押した。
トシ子さんは、はいはい、どちらさま、と言った。郵便局の水野です、と言うと、ああ、水野さん、と言った。
「あのね、水野さん。健一から手紙が戻ってくるの」
わたしは、受話器を持ち替えた。
「戻ってくる、というのは」
「わたしが出した手紙が、戻ってくるの。赤いはんこが押してあって。あの子、なんでこんなことするのかしら」
健一がしているのではない、とわたしは知っていた。東京の局の配達員が、決まりどおりに印を押したのだ。
「郵便局のほうで、宛先に届けられなかったものが、差出人さんに戻ることがあります」
わたしは、窓口の若い社員と同じ言い方をした。
「宛先の住所を、もう一度お確かめいただければ」
「住所? 住所は合ってるわよ。ずっとあそこに住んでるもの」
トシ子さんは、そう言って、明日二時ね、お茶用意しとく、と言って、電話を切った。
わたしは、受話器を置いてから、しばらく電話機の前に立っていた。
住所は合ってるわよ。ずっとあそこに住んでるもの。
トシ子さんは、健一がずっとあの住所に住んでいると思っている。健一は、それを直していない。直していないことを、わたしは知っている。知っている、と言えるのかどうかは、わからない。赤い印は、尋ねあたらない、と言っているだけだ。
わたしは、次の区の配達の準備に戻った。
区分棚の前で、山内くんが、還付の箱を抱えて通り過ぎた。
*
電話のことは、タブレットの項目にない。
翌日の訪問で、わたしは十の質問をした。トシ子さんは、手紙のことを言わなかった。心配事はありますか、と聞くと、ないわね、と答えた。
わたしは、なし、を選んだ。
帰り際、玄関で、トシ子さんは封筒を差し出した。
白い封筒。宮下健一様。同じ東京の住所。
わたしは、お預かりします、と言って、受け取った。
坂の上のポストに入れた。
坂の上のポストの口に封筒が落ちる音を、わたしは聞いた。この封筒が、どこへ行って、どこで止まって、どこへ戻ってくるのか。わたしは、知っているような気がした。気がしただけだった。
受け口の奥で、先月の封筒と、今月の封筒が重なった。どちらも、封は切られていなかった。どちらも、赤い印が押してあった。
トシ子さんが、それを取り出すのかどうか。取り出して、読むのかどうか。自分で書いた手紙を、自分で読むのかどうか。それは、わたしにはわからない。
わたしにわかるのは、ポストに何を入れたかということだけだ。
翌月も、同じ封筒が戻ってきた。




