第三章 拾得
五月の最後の木曜は、雨の予報だった。
朝のうちは曇っていて、坂の下の商店街を回り終えるころに、ぽつぽつと降り出した。わたしはバイクを止めて、雨合羽を着た。郵便物の入った鞄には、覆いをかけた。濡らさないのが、いちばんの決まりだ。
その朝、坂の下の商店街を回っているとき、トシ子さんとすれ違った。
九時半を少し過ぎたころだった。トシ子さんは、手提げを腕に掛けて、ゆっくり坂を下りてきた。わたしがバイクを止めて会釈すると、トシ子さんも会釈した。どちらさまか、わかっていたのかどうか。わたしは、四月から二度訪問しただけだった。
トシ子さんは、坂の途中の停留所のほうへ歩いていった。わたしは、商店街の配達を続けた。
日向台団地に上がる坂の途中に、市バスの停留所がある。日向台団地前。屋根のついたベンチが一つあって、雨の日は、配達の途中でそこに寄って、合羽の前を留め直したりする。
その日も、ベンチの前でバイクを止めた。
ベンチの端に、何か光るものがあった。
腕時計だった。銀色の、丸い文字盤の時計で、茶色い革のバンドがついていた。バンドはひびが入っていて、留め金の穴が一つ、大きく広がっていた。長く使われたものだと、見ればわかった。
わたしは時計を手に取った。
秒針は動いていなかった。竜頭を少し引いてみると、ねじを巻くための竜頭だった。止まっていた。針は、十時五分を指していた。
裏蓋には、何も刻まれていなかった。名前も、日付も。細い傷が一本あるだけだった。
*
局の決まりでは、お客さんの物は預からない。
落とし物を拾ったら、交番に届ける。それは局の決まりではなく、法律の決まりだ。拾った人は、速やかに、落とした人に返すか、警察署長に届けなければならない。
誰が落としたのか、わたしは知らなかった。
知らなかった、と思う。
朝、坂の途中でトシ子さんとすれ違ったことは、覚えていた。停留所のほうへ歩いていったことも。けれども、トシ子さんがバスに乗ったのかどうかは、見ていない。時計を持っていたのかどうかも、見ていない。見ていないことは、知っていることにならない。
団地前の停留所で、朝のバスに乗る人は多い。駅前の病院に通う人も、パートに出る人も、学校に行く子どもも、ここから乗る。男物の時計だった。手首にしていたものが外れたのかもしれないし、鞄から落ちたのかもしれない。
わたしは時計をハンカチで包んで、胸のポケットに入れた。
ハンカチに包むとき、時計が思っていたより重いことに気づいた。電池の時計より、ずっと重い。中に、ぜんまいと、小さな歯車がいくつも入っているのだろう。止まっていても、重さは変わらない。
胸のポケットの上から、手のひらで押さえた。雨合羽の下で、時計の丸い形が、制服の布越しに伝わってきた。
五号棟から八号棟まで、階段を上り下りするあいだ、ずっとそこにあった。
五号棟の集合ポストに郵便物を入れるとき、三〇五号室の受け口が目に入った。内科からのはがきが、角を少しのぞかせていた。わたしは、ほかの郵便物を、その上に重ねて入れた。配達を最後まで済ませて、局に戻る前に、坂の下の交番に寄った。
*
交番には、若い巡査が一人いた。小池と名札にあった。
「拾得物ですね。ありがとうございます」
小池さんは書類を出して、ていねいに書き始めた。拾った日時。場所。物の特徴。わたしは、バス停の名前と、ベンチの端、と答えた。時計の特徴は、小池さんが自分で見て書いた。銀色、丸型、革バンド茶色、手巻き、動作停止。
「落とし主さんに、心当たりは」
小池さんは、そう聞かなかった。
書類の欄を上から埋めていって、最後に、紙をこちらに向けた。
「こちら、拾った方の権利について確認させてください。落とし主さんが見つかったときのお礼、報労金ですね、それと、三か月たっても落とし主さんが見つからなかったときに、この物をお受け取りになる権利。放棄されますか」
欄が二つあって、それぞれに、主張する、放棄する、と印刷してあった。
わたしは、いつも書類に丸をつけるのと同じように、主張する、に丸をつけた。
放棄する理由を、特に思いつかなかったからだ。書留の受領印の欄に判を押すときと同じだった。欄があれば、埋める。
「氏名等を落とし主さんにお伝えしてもいいですか」
「はい」
「では、こちら、拾得物件預り書です。なくさないでくださいね。三か月たったら、警察署からご連絡……は、しないので、ご自身でお問い合わせいただくことになります」
小池さんは、控えの紙を一枚、わたしに渡した。
時計は、透明な袋に入れられて、番号の書かれたタグがつけられた。袋の中で、針は十時五分のままだった。
「最近、多いんですよ。時計とか、眼鏡とか、補聴器とか」
小池さんは、袋の口を閉じながら言った。
「団地のほうからですか」
「バス停と、スーパーの前と、病院の待合と。ご高齢の方が多いから。ご本人が落としたことに気づいてなくて、届けが出ないんです。三か月たって、拾った方が受け取っていかれることも、けっこうあります」
「そうなんですか」
「補聴器なんかは、受け取っても使えないからって、放棄される方が多いですけどね。時計は、まあ」
小池さんは、そこで言葉を切った。袋を棚にしまって、書類をファイルに綴じた。
わたしは、そうですか、と言った。
交番の窓から、坂の上の団地が見えた。五つの棟の屋根と、坂の上のポストの赤い頭。この交番から団地まで、歩いて十分ほどだ。坂を上るのは、若い人でも息が切れる。
わたしは、預り書を受け取って、交番を出た。
*
局に戻ると、雨は本降りになっていた。
局の車庫の屋根を、雨が叩いていた。夕方の区分に入る前に、わたしは制服の胸ポケットを上から押さえた。空だった。時計は、交番の棚にある。胸のポケットに四時間ほどあった重さが、なくなっていた。軽くなったとは、思わなかった。もとに戻っただけだ。
合羽を脱いで、鞄を拭いて、濡れた郵便物がないかを確かめた。一通もなかった。
翌日、トシ子さんの郵便受けに、市の広報と、ガス会社の検針票を入れた。
郵便受けの中に、内科の予約を知らせるはがきが残っていた。二週間前にわたしが入れたものだった。予約の日は、昨日の木曜の十時だった。
わたしは、はがきに触らなかった。郵便受けの中の物は、お客さんの物だ。
*
その夜、家に帰ってから、財布を開いた。
拾得物件預り書を、小さく折りたたんだ。免許証の後ろ、ポイントカードの束のさらに奥に、差し込んだ。
時計の針が、十時五分で止まっていたことを、思い出した。内科の予約が十時だったことも、思い出した。
二つを並べて考えることはしなかった。並べる決まりはない。
翌朝の点呼で、局長が、みまもり訪問の話をした。
「宮下さんの息子さんから、お礼のメールが来てました。水野さん、ありがとう」
何人かが、わたしのほうを見た。わたしは、はい、と言った。
点呼のあとで、隣の区の山内くんが、みまもりって大変ですか、と聞いた。
「大変じゃない。十の質問をして、答えを入れるだけ」
「お年寄りの話、長くないですか」
「三十分って決まってるから」
山内くんは、へえ、と言って、自分の区分棚に戻った。
わたしは、財布の中の預り書のことを、局長にも山内くんにも言わなかった。言う理由がなかった。落とし物を拾って、交番に届けた。それだけのことだ。配達員なら、年に何度かある。
拾得物件預り書を、財布の奥にしまった。




