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QUEEN BEE  作者: 鰐淵 荒鷹
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第44話:以心伝心と以夷制夷

 20時。各部屋の灯りは次々と落ち、廊下は静けさを取り戻していた。


 すでに布団にもぐり込み、明日の練習に備えて眠りについた者もいれば、ベッドに寝転がりながらスマホをスクロールし、SNSの画面に没頭している者もいる。寮の夜は、選手それぞれの過ごし方で彩られていた。


 その一室から、ひときわ弾むような声が響いた。


 「ウソ!あんた達、一緒に抱き合って寝てるの?」


 望月が身を起こし、思わず大きな声をあげる。声色には驚き半分、茶化し半分の色が混じっている。


 突拍子もないその言葉に、島村は耳まで赤く染めて、しかし好奇心を抑えきれない様子で如月をじっと見つめた。問い詰めたいけれど気恥ずかしくて言葉にできず、視線だけが期待を帯びて泳いでいる。


 対照的に、SAKEBIは肩をすくめ、呆れたように笑いながら口を開いた。


 「よく眠れるッスね!」


 その調子は軽口のようでいて、どこか本気で不思議がっている響きもあった。


 如月とカナレの部屋には、いつもの面々が自然と集まっていた。練習着のジャージをまだ着たままの者もいれば、既に部屋着に着替えてリラックスしている者もいて、それぞれが思い思いの姿勢で寛いでいる。四角い部屋の真ん中にはベッドが2つ。


 その上に寝転がった望月が、枕元から天井を見上げながら口火を切った。


「私思ったけど、カナレ、あんた如月との試合の時、それ使えば勝ってたんじゃないの?」


 ――如月を壁へと叩きつけたあの剛の技。


 その言葉は、ふとした気づきを口にしただけのようでもあり、からかうような軽さも混じっていた。


 呼びかけられたカナレは、しばし目を瞬かせたあと、ぽんと手を打ち「なるほど」と頷いた。


 そして満面の笑みを浮かべ、まるで子どもが褒められたかのように望月をほめたたえる。次はそうしてみようと、屈託なく笑った。


 その横顔を見ながら、島村は言葉を飲み込む。口を開きかけては、結局「いえ……」と小さく首を横に振り、曖昧な笑みを浮かべただけだった。表情は微妙で、心の揺れがにじんでいた。


 一方で、SAKEBIは背を壁に預け、じっと如月の様子をうかがっていた。軽口を挟むこともなく、珍しく真剣な眼差しで観察している。


 その視線の先の如月は、静かに腕を組み、顔をしかめていた。不満げなその表情は、言葉を選び抑え込んでいるのが誰の目にも分かる。


「お前ら、ほかに言うことはないのか?」


 吐き出された声は低く淡々としていたが、抑え込んだ苛立ちがかすかに混じっていた。


 カナレはびくりと肩を揺らし、すぐに小さく「ごめんなさい」と謝った。その声音には、子どもが叱られたときのような素直さと気まずさが同居していた。


 更に不満そうに如月は、腕を組んで部屋をグルリと見回し、全員に向けて吐き捨てるように言った。


「そもそもお前達は、なぜ俺の部屋に集まってる?」


 低い声に、わずかな苛立ちがにじむ。


 すると、ベッドへゴロリと横になったままの望月が、肘で枕をつきながら軽く笑って答えた。


「あんたの部屋じゃなくて、カナレの部屋でもあるんだよ」


 悪びれた様子はなく、むしろ当然だと言わんばかりの口調。その飄々とした返しに、如月は「またそれか」と言いたげで、眉間にシワを寄せた。


 ああい言えばこういう、と突っ込みたい気持ちはあるが、何を言っても無駄だと悟る。ため息をひとつ吐き、観念したように自分のベッドへ腰を下ろした。


 だが、その動きが望月のくつろぎのスペースを圧迫する。望月は狭そうに身をよじらせ、顔をしかめながら両手で如月の肩を押し出そうとした。


「ちょっと、重いんだけど……」


 押し返される如月は動じず、むしろ意地のように腰を深く下ろす。視線だけを横に向けて、望月の抗議を無言で受け止めていた。


 その拮抗きっこうは、取るに足らない子どもの意地の張り合いにも見え、他の者からすれば思わず笑いをこらえたくなる光景だった。


 望月と如月が小さな押し合いを続けている横で、カナレは視線を床に落とし、どこか上の空。握った両拳は膝の上に置かれたまま、じわりと力がこもっている。


 島村は空気を読んで、口を開かずに静かに様子を見守っている。表情を変えず、けれど心配の色を隠しきれずに。


 部屋の照明はやや落とされ、ベッドランプの光が柔らかく広がり、壁に淡い影を落としていた。空気は緩やかに沈み、押し合いをする二人の気配すらその静けさに吸い込まれていくようだった。


 しかし、その空気とは裏腹に、カナレの胸中には重苦しいものが居座っていた。笑うことも言葉を挟むこともなく、ただ心の奥にまとわりついた不安をどうすることもできないでいる。


 楓たちとの戦いが頭をよぎるたび、無意識に肩がこわばり、拳を握りしめる。思い出しただけで、背中に冷たい汗がにじむ。


 望月がふと気づき、チラリとカナレの顔を見やるが、あえて何も言わない。唇をわずかに動かしかけて、結局、息とともに呑み込んだ。


 代わりに、場を静かに観察していたSAKEBIが口を開いた。


 彼女にしては珍しく、冗談や大声ではなく、落ち着いた声音だった。


「……カナレ、どうしたッスか?らしくないッスよ」


 普段の調子からは想像もつかない真剣な響きに、部屋の空気がふっと揺れるように変わった。


 その言葉は、彼女の性格からすれば不器用で、少し照れが混じっていた。普段なら大声で笑い飛ばすか、冗談めかして場をかき乱す彼女が、真剣な響きを持たせて口にした言葉――。


 その落差が余計に際立っていた。


 カナレは驚いたように顔を上げ、目を瞬かせる。予想もしなかった励ましに、胸の奥で何かがふっとほどける感覚が走った。


 皆その場の空気が少しだけ変わったのを感じ取る。さっきまで漂っていた重苦しさが、かすかに和らいでいく。誰もが無言のまま、その変化を受け止めていた。


 カナレは小さく息を吐き、わずかに笑みを浮かべる。まだ弱々しいが、それでも確かに前を向こうとする意思が滲む。


 部屋に柔らかな灯りがともったかのように、全員の肩の力がほんの少し抜けた。


 そして、如月が場の空気を和ませようと、腕を組み直しながら口を開いた。今度は理屈っぽく、いつもの調子を取り戻した声だった。


「俺が思うに、あの二人のどちらかは間違いなく対戦相手の能力を低下させるギフトだろうな」


 静けさの中に、分析めいた声音がすっと落ちていった。


 その言葉に一同興味津々だが、SAKEBIが疑問に思ったことを口にする。少し首をかしげながら、眉を寄せて遠慮がちに手を挙げるような仕草を添えた。


「二人のどちらかっておかしくないッスか?今日は楓姉さんとしかスパーしてなかったッスよね?」


 言われてみれば――と島村と望月は顔を見合わせ、同時にふむふむと頭を小刻みに縦に振る。二人の表情には「確かに」と納得の色が浮かんでいた。


 如月は待ってましたと言わんばかりに、口元にわずかな笑みを浮かべ、その矛盾した自分の意見について補足し始めた。声には自信と確信めいた響きが宿っている。


 そもそもは、カナレに聞いたことから始まっていると。


 カナレから聞いた、楓と正美との対戦時の違和感――力が抜ける感覚。


 それは単純に自身の力が抜けるというより、まるでギフトの力そのものが弱まるかのような感覚だと如月はそう推測した。説明を続ける如月の横顔には、分析者らしい冷静さが宿っていた。


 そして二人の両方と対峙した時、同じような力の喪失感があり、それは、体を触れられているときに顕著だということもカナレから聞いて理解していた。


「つまりだ、あの二人のどちらかがじゃなくて両方同じギフトってわけだ」


 如月の答えに少し引っ掛かるのか、望月が眉をひそめて異を唱える。視線を鋭くし、思わず声も強まった。


「ちょっとまって、あの二人のギフトは同じなんかじゃないよ」


 そういうと望月はベッドから勢いよく起き上がる。シーツがくしゃりと音を立て、彼女の真剣さを物語る。カナレの本棚へとまっすぐ歩み寄り、迷いなく背表紙を探る手が一冊の雑誌を抜き取った。


 The Gift。


 月間グラップルを発行している出版社、山守出版が毎年別冊で刊行している全女子プロレスラーの選手名鑑だった。厚みのある紙面は使い込まれ、ページの端には折り目や指の跡が残っている。望月はその冊子を胸に抱え、何かを確かめるように真剣な表情で振り返った。


 そして望月がページをめくると、指先が迷うことなくQueen Beeのページで止まった。そのまま本を開いた状態で如月の前に差し出す。


 そこには、楓と正美の顔写真が並び、プロフィールや戦績、そしてギフトの詳細に関する情報が記されていた。二人の視線は紙面からでも迫力を放ち、ただの名鑑の一部とは思えない存在感を漂わせている。


 楓のところには四文字ギフト「以心伝心」、正美のところには四文字ギフト「以夷制夷」と書かれている。


 流石にそのギフトの内容までは細かく解説されていないが、言葉からある程度の予測はできる。


 ――言葉にしなくても心が通じ合うこと。


 ――敵を制するために敵の力を利用する。


 ページを覗き込んでいた面々の間に、しばし沈黙が落ちる。


 望月がさらに言葉を添える。声には、知識を披露するとき特有の熱が宿っていた。


「確か楓さんの能力は、心の動きを直感的に捉える。正美さんは、相手の力を利用するだよ」


 その言葉を聞いて、一同「おーっ」と感心するような声を発した。驚きと納得が入り混じり、部屋の空気が一瞬明るくなる。


「流石はマニア!よく知ってるな」


 如月が肩をすくめてそう言うと、望月は顔を真っ赤にして身を乗り出す。耳まで赤く染まり、必死に反論している。その仕草は、まるで秘密を暴かれた子どものようだった。


 そしてすぐさま如月に言葉を返す。


「つまり!正美さんが相手ならカナレの言ってることは当てはまるけど、楓さんの場合は能力的に合わないってこと!」


 息継ぎをせず一度に早口でしゃべったせいか、望月はすぐに口を押さえて大きく息を吸い込んだ。肩を上下させながら、熱弁を吐き出した余韻に顔を紅潮させている。


 そんな望月の両肩に、SAKEBIが手を添える。トントンと軽く叩き、落ち着かせるような仕草をした。


 その姿はいつもの調子とは違い、仲間思いの一面を垣間見せていた。


 しかし、なぜか島村は浮かない表情だった。納得の声をあげながらも、目の奥に陰りが残っている。


 如月は望月に手で「落ち着け」と示すような仕草をする。だが望月はじっと如月を見据え、唇を震わせながら声を張り上げた。


「わかってるの!?」


 大きな声が部屋に響き、緊張と熱気が同時に広がった。望月の声は震えを帯び、必死さと苛立ちが入り混じっている。


 如月は一瞬言葉を失い、まっすぐに望月を見返す。その表情は変わらず冷静を装っているが、瞳の奥にはわずかな揺らぎが見え隠れする。


 島村は思わず身を固くし、息をのむ。SAKEBIも肩をすくめ、場の空気に押されて言葉を差し挟めなかった。


 望月は拳を膝に置き、ぎゅっと握りしめている。どこか意固地なその態度には、理屈を超えた熱が宿っていた。まるで、楓に関することだけは譲れないとでも言いたげに。


 狭い部屋の空気が一気に張りつめ、ベッドランプの柔らかな光すら、どこか鋭さを帯びたように見えた。


 そして時計を見ると21時45分になっている。部屋の空気はすっかり落ち着きを取り戻し、皆は立ち上がるとそれぞれ軽く手を振りながら如月とカナレに「おやすみ」と声をかけ、部屋から出ていく。


 名残惜しそうに見ているカナレを尻目に、SAKEBIが振り返りざま言う。視線だけをカナレに向け、口元には笑みを浮かべているが、その瞳は真剣だった。


「カナレ、如月さんに迷惑かけちゃダメッスよ!」


 その声音は軽口に聞こえながらも、どこか本気の響きを帯びていた。冗談めかして突き放すようでいて、仲間を気遣う素直な思いがにじむ。


 カナレは、むっと頬をふくらませてSAKEBIに「うるさい!」と言い返した後自分のベットの枕を投げつけたがいつもの調子でヒョイっと軽やかに避けた。


 その反応に皆は小さく笑いながら、自室へと帰っていった。


 そして、島村と望月はSAKEBIに「おやすみ」と挨拶を終えると自室に戻る。静まり返った部屋に灯りを点け、互いにベッドへ腰を下ろす。小さな間を置いて、島村が俯いたまま口を開いた。


「望月さん、楓さんのギフトの能力って『心の動きを直感的に捉える』なんかじゃないですよね?」


 その声はささやきのように小さく、しかし確かな疑念を含んでいた。


 そういうと望月は黙ったまま島村の顔を見る。目を逸らすことなく、けれど何故か申し訳なさそうな顔だった。唇がかすかに動いたが、言葉は出てこない。ただ沈黙だけが二人の間に落ちた。


 そして如月とカナレは皆が帰ったので、カナレは早々に如月のベッドにもぐりこんだ。布団がふわりと波打ち、彼女の髪が揺れて枕に広がる。


「今日も一緒に寝るのか?」


 如月は眉をひそめながらカナレを見る。問いかけの声には呆れが混じっていたが、その目はどこか優しさも帯びていた。しばしの沈黙ののち、如月は小さく息をつき、少し間をおいて話し始めた。


「寝る前に一度言っておきたいことがあるんだけどいいか?」


 そういうとカナレは、何事だろうと首をかしげながら布団から上半身を起こした。乱れた髪を耳にかけ、真剣な色を浮かべた如月の顔に視線を合わせる。心なしか背筋を伸ばし、如月の言葉に耳を傾けた。


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