夜の傍らで
城壁の外で野営する四人。
人里を避けて歩き続けた一日の終わりに、街道から外れた窪地を見つけた。三方を低い岩壁に囲まれ、風が遮られる。焚き火の光が外から見えにくい場所だった。追われているわけではないが、噂が先行している以上、目立たないに越したことはない。
スラオシャが鈴の音で結界を張った。肩の鈴を外し、掌の上で転がすようにして鳴らす。高く澄んだ音が空気の中に広がり、窪地の周囲に薄い膜のようなものが張られた。キアンの真実視には、それが淡い銀色の光として視えた。嘘でも真実でもない、中立的な光。スラオシャの力は善悪の二元論に属さない──チンワトの橋の守護者は、善も悪も等しく見守る立場にある。
アタルが小さな火を灯した。老人が指先で空気を撫でると、枯れ枝の束が音もなく燃え始めた。穏やかな橙色の炎が窪地を照らし、岩壁に四人の影を揺らした。荒野の闇が火の周りだけ後退し、小さな温もりの領域が生まれた。
キアンとアナヒドが──以前より近い距離で座っていた。
意識的にではない。自然にだった。昼間の会話の後、距離感が変わっていた。以前は互いの視界に入る位置に座りながらも、意図的に間を空けていた。今は──五歩の距離ではなく、三歩ほど。代償(c)がアナヒドに影響しない最小限の間隔を、二人とも身体が覚え始めていた。近すぎれば痛みが走り、遠すぎれば別の何かが軋む。その境界線の上に、二人は座っていた。
アタルとスラオシャが少し離れた場所に移った。自然にだった──少なくとも、キアンにはそう見えた。アタルは焚き火の反対側で岩に背を預け、赤茶の目を細めて炎を見つめている。スラオシャは岩壁の端に座り、灰緑の目を空に向けていた。星の音を聴いているのだろう。二人きりの空間が、四人の間に自然に生まれた。
アタルの配慮だろうか。それともスラオシャの、奇妙に鋭い傾聴の嗅覚がそうさせたのか。どちらにせよ、キアンとアナヒドの間にある空気が、他の二人の気配を遠ざけていた。
焚き火の炎が揺れた。炎の色はキアンの真実視に白く映る。火は嘘をつかない。アタルが灯した炎は常に白い。嘘のない、純粋な光。その光がアナヒドの横顔を照らしていた。褐色の肌が橙色に染まり、深い青の瞳に炎の揺らぎが映っている。三つ編みの影が頬に落ち、風が微かにそれを揺らした。
「なぜ……俺の傍にいると決めた」
キアンが嗄れた声で問うた。喉は灼けなかった。純粋な疑問だからだ。昼間、アナヒドは「離れません」と言った。白い光で。嘘のない声で。だがなぜ。痛いのに。傷つくのに。なぜ離れないのか。キアンには、その理由がわからなかった。
アナヒドは考えた。焚き火の光を見つめ、三つ編みの先を指で撫でながら。すぐには答えなかった。嘘を言わないために、言葉を選んでいるのだろう。キアンの前で嘘をつけば、それが視えてしまう。アナヒドはそれを知っている。だから──正直な言葉を探している。
「最初は──神殿の命でした」
白い光。真実だ。巫女として、監督対象であるキアンに同行するよう命じられた。それが始まりだった。義務。使命。個人の意志ではなく、組織からの命令。
「でも今は……自分でもよくわかりません」
キアンの真実視がその言葉を視た。灰色の曇りが混じっていた。「よくわからない」は──完全に感情を把握できていない自己欺瞞だ。だが嘘ではない。本当にわからないのだ。自分が何を感じているのか。使命感なのか、個人的な意志なのか、それとも別の何かなのか。まだ言語化できていないだけで。
「ただ、ここにいたいのです」
この部分は──白に近い灰色だった。「いたい」という感情は本物だ。だがその「いたい」の正体が、アナヒド自身にも見えていない。共感力が他者の感情を常に受け取り続けるアナヒドにとって、「自分自身の感情」を識別することは、砂漠で自分の足跡を見つけるようなものだ。他者の足跡と混ざり合い、どれが自分のものか判別できない。
長い沈黙が流れた。焚き火の薪が爆ぜ、小さな火の粉が夜空に昇った。遠くでスラオシャの鈴が微かに鳴った。結界を維持する音だ。
「……俺も、よくわからない」
キアンが言った。嗄れた声が、焚き火の中に落ちるように消えた。
喉が灼けなかった。本当のことだ。自分の感情がわからない。嘘つきが本音を認識するのは、真実を視る以上に難しい。十六年間嘘で塗り固めてきた内面は、自分自身にとっても不透明だった。どこまでが嘘で、どこからが本音なのか。境界が消失している。アナヒドの傍にいたいのか。それは本当か。それとも一人が怖いだけなのか。一人が怖いことを認めたくないから、別の感情の名前をつけようとしているだけではないのか。
わからない。
「わからない」同士の、奇妙に正直な時間だった。
何もわからないということだけが、確かだった。何を感じているのか。何を望んでいるのか。わからない。だが「わからない」と認めることは、嘘をつかないことと同じだ。わからないものをわかったふりをすれば、それは嘘になる。わからないと言うことは──真実だ。
二人の間に言葉はなかった。焚き火の炎が揺れ、岩壁の影が動いた。アナヒドの三つ編みの影とキアンの肩の影が、揺らぎの中で近づき、離れ、また近づく。
焚き火が一際大きく揺れた。二人の影が──一瞬だけ重なった。
風が吹き、影が離れた。それだけのことだった。岩壁の上の影絵に過ぎない。だがその一瞬が、焚き火の明かりの中に残像として残った。熾火の奥に沈む光のように、消えそうで消えない、微かな温もりとして。
スラオシャが岩壁の端で、星の音に耳を傾けている。アタルが焚き火の反対側で、赤茶の目を閉じている。眠っているのか、起きているのか。老人の表情からは読み取れない。
夜が深まっていく。荒野の闇が濃くなり、焚き火の光の輪が小さくなる。二人は動かなかった。三歩の距離を保ったまま、それぞれの「わからない」を抱えて、同じ火を見つめていた。




