真実の暴力
街道沿いの小さな集落に立ち寄った。
何気ない休息のつもりだった。水を補充し、食料を買い、一晩だけ屋根の下で眠る。それだけのことだ。集落は街道の分岐点に位置する二十軒ほどの家々で、中央に井戸があり、その周囲に市場と宿がある。石壁に囲まれた質素な集落だが、門は開かれ、住民たちは旅人を歓迎していた。
宿の食堂で温かい食事が出された。豆の煮込みと薄いパン、干した果実。粗末だが、街道の乾いた保存食に比べれば贅沢だった。食堂には住民たちも集まっており、旅人の話を聞きたがっていた。キアンは隅の席に座り、嗄れた声で短く挨拶だけ返した。アタルが穏やかに旅の話を語り、場が和んでいた。アナヒドは銀の水瓶を膝に置き、静かに食事をしていた。
キアンの真実視には、集落の人々の色が視えていた。赤い嘘の色が散見されるが、どれも日常的な嘘だ。「今日の煮込みは美味しい」──少し赤い。「旅は楽しいですか」──社交辞令の赤。致命的な嘘ではない。誰もが持っている、生活を円滑にするための小さな嘘。それはこの集落が平穏であることの証拠でもあった。
異変が起きたのは、食事も半ばに差しかかった頃だった。
キアンの近くに座っていた女が、突然立ち上がった。椅子が床に倒れ、陶器の食器が鳴った。
「あなたに本当は愛されていないことくらい、知っている」
隣に座っていた夫に向かって、唐突に言い放った。声は震えていたが、言葉は明瞭だった。夫が食器を取り落とし、動揺した目で妻を見る。女自身も驚いた顔をしていた。言うつもりはなかったのだ。口をついて出てしまった。長年、自分の中に封じ込めていた言葉が──堰を切ったように溢れ出した。
キアンの真実視に、女の内面が視えた。自己欺瞞の膜が破れている。「夫は私を愛している」という嘘の色が──赤く灼けた膜が──キアンの近くにいることで剥がれ落ち、その下にある暗い真実が露出していた。夫の目が泳いでいる。否定しようとして口を開き、だが言葉が出ない。夫もまた、自分の嘘を自覚し始めている。
連鎖が始まった。
隣の席で、商人が突然立ち上がった。顔が蒼白になり、額に汗が浮いている。
「この肉は二日前のものだ。新鮮だと嘘をついていた」
宿主が顔を赤くし、口を開きかけたが──宿主自身も何かを吐き出しそうな表情になっている。別の席で、白髪の老人が「息子のことは許していない。二十年間、嘘をついていた」と震える声で吐き出した。老人の隣に座っていた中年の男──おそらく息子──が、凍りついた顔で父親を見つめている。
食堂の空気が一変した。温かさが消え、緊張が充満し、人々の目が互いを探り始めた。
集落中で同じことが起きていた。食堂だけではない。外からも声が聞こえる。隣家の壁を挟んで、誰かが叫んでいる。井戸端で言い争う声。子どもが泣く声。キアンの存在が周囲に染み出し、人々の自己欺瞞を強制的に暴いている。意図していない。力を使おうとしたわけではない。だが力が漏れている。キアンの中にある真実視の力が、制御の壁を越えて滲み出し、半径──百歩ほどの範囲で、人々の嘘の膜を溶かしている。
アタルが即座に状況を把握した。老人の目が鋭くなり、キアンの腕を掴んだ。
「代償(c)じゃ。おまえの力が──周囲に染み出し始めている」
代償(c)。三つ目の代償。キアンの存在そのものが真実を強制している。近くにいるだけで、人は自分の嘘を自覚してしまう。嘘を暴く力が制御不能になり、キアンの意志とは無関係に発動している。
告白が口論に変わった。口論が怒鳴り合いになり、怒鳴り合いが暴力に発展しかけた。夫婦が掴み合い、商人と宿主が罵り合い、老人と息子が二十年分の感情をぶつけ合っている。食堂の卓が倒れ、食器が割れ、子どもたちが泣き叫ぶ。集落全体が狂騒に飲まれていく。
「離れろ!」
アタルがキアンの腕を引き、食堂から引きずり出した。アナヒドが後を追う。三人は集落の路地を走り抜け、門に向かった。すれ違う住民の目がキアンに向く。目が合った瞬間、その住民の表情が歪み、何かを吐き出しそうになる。キアンは目を逸らし、走った。
城壁の外に出た。門をくぐり、街道に飛び出す。背後で集落の喧騒が渦巻いている。怒号と泣き声と、物が壊れる音。
キアンが集落から離れると、騒動は少しずつ収まり始めた。だがすぐには止まらない。暴かれた秘密は元には戻らない。知ってしまった真実は、忘れることができない。夫の無関心を知った妻は、もう「愛されている」とは思えない。父の怒りを知った息子は、もう「許されている」とは信じられない。キアンの力が通り過ぎた後に残るのは、修復不能な真実の傷跡だ。
集落の門が閉まった。重い木の扉が軋んで閉じ、閂が落ちる音が聞こえた。
背後から声が聞こえた。
「あいつが来てからおかしくなった!」
石が一つ、キアンの足元に転がった。投げられた石。小さな、拳半分ほどの石。殺意はない。だが拒絶はある。
振り返らなかった。
街道に立ち、閉ざされた門を見つめた。木の扉に打ちつけられた鉄の鋲が、夕日を反射している。門の上に立つ住民の影が見える。こちらを睨んでいる。
また追い出された。孤児院で追い出されたときと同じだ。あのときも、門が閉まった。あのときも、背後から石が飛んだ。嘘つきの少年を追い出す村。真実を暴く力を持つ者を追い出す集落。構造は何も変わっていない。キアンがいる場所は壊れる。キアンがいなくなれば、壊れたものだけが残る。
アナヒドが隣に立っていた。何も言わない。銀の水瓶を抱え、閉ざされた門を見つめている。共感力が集落の人々の苦痛を受信し続けているのか、顔色が悪い。だが離れない。キアンの傍から離れない。
アタルが背後に立ち、一言だけ言った。
「歩け」
老人の声に感情はなかった。慰めも非難もない。ただ事実として、ここに留まる意味がないことを告げている。
キアンは歩き始めた。足元の石を踏み越えて。投げられた石を。背後の門が遠ざかり、集落の喧騒が風に紛れて薄れていく。嗄れた喉が痛んだ。何も言っていないのに。嘘をついていないのに。ただ存在しただけで喉が灼けるような、そんな痛みだった。




