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嘘つきは真実を灼く ~七つの聖火と嘘喰いの孤児~  作者: 蒼月よる


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色の海

 避難民で溢れるヴァラに到着した。


 城門が見えたとき、すでに嫌な予感がしていた。門の外に天幕が並び、城壁の周囲に人が溢れている。門の前には列ができ、荷車と家畜と人間が入り混じっていた。聖火消滅の報せが各地に広がり、安全を求めて人々が集まったのだろう。大きなヴァラには城壁があり、火壇があり、マギがいる。聖火が消えていく世界で、人々は残された火の近くに集まろうとしていた。蛾が灯りに群がるように。


 城壁の中はさらに酷かった。市場は混雑し、宿は満室で、路地裏にまで人が溢れている。石畳の上に敷物を広げて座り込む家族、壁にもたれて眠る老人、泣き声を上げる子ども。空気は汗と煙と不安の匂いが混じり合い、喧騒が石壁に反響して耳を圧していた。


 キアンにとって最悪の環境だった。


 門をくぐった瞬間、数百人の内面の嘘が色の海として押し寄せた。


 恐怖の灰色、自己欺瞞の黒、見栄の薄灰色、嫉妬の暗緑、後悔の濁った赤──すべてが混じり合い、色彩の暴風となって視界を殴りつける。個々の色を識別する余裕がない。一人ひとりの内面が色を放ち、それが隣の人間の色と重なり、さらにその向こうの人間の色と融合し、巨大な色彩の渦を形成している。市場の喧騒と同じだ。だが音は耳を塞げば遠くなる。色は──目を閉じても消えない。


 焦点を絞ろうとした。


 一人を選び、一つの嘘を視る。アタルの教え。これまでの旅で何度も実践してきた技術。街道で旅人とすれ違うとき、小さな集落を通るとき、この焦点制御で乗り切ってきた。


 だが人数が多すぎて制御が追いつかない。


 一人に焦点を合わせても、隣の人間の色が滲み出し、その向こうの人間の色が重なり、情報が雪崩のように押し寄せてくる。商人の「この品は最高級だ」という嘘が赤く灼け、その隣で母親の「大丈夫よ、すぐに元の暮らしに戻れるわ」という自己欺瞞が灰色に曇り、その背後で老人の「儂はもう長くない」という諦めが濁った黒に沈んでいる。一つを視ようとすれば三つが滲み、三つを遮ろうとすれば十が押し寄せる。


 身体が反応した。


 頭痛が走った。こめかみの奥で鋭い痛みが脈打ち、視界が一瞬白く飛んだ。胃が持ち上がる感覚。吐き気。色の情報が処理能力を超え、身体が拒絶反応を起こしている。足が縺れ、肩が壁にぶつかった。通りがかりの男が怪訝な目を向けたが、キアンはそれに構う余裕がなかった。男の内面の色が──怪訝の裏にある軽蔑の薄灰色が──視界に割り込んでくる。


 路地裏に退避した。


 壁に背をつけ、荒い呼吸を繰り返す。石壁の冷たさが背中に染みた。路地裏は狭く、両側の建物が日光を遮り、薄暗い影が落ちている。人通りがない。ここなら──ここなら、少しだけ楽だ。色の密度が下がる。壁が人の内面を遮っている。物理的な壁が、嘘の色を弱める。完全には消えない。壁の向こう側の人々の色が微かに滲んでくるが、直接視るよりはずっとましだった。


 視界がまだ揺れている。色が退かない。目を閉じても残像が瞼の裏でうごめいている。数百人分の嘘の残響が、網膜に焼きついたまま消えない。頭痛は鈍く継続し、こめかみを押さえる指に力が入った。


 代償(b)が日常にまで食い込んでいた。小さな集落なら制御できる。街道を歩く分には耐えられる。だが大人数の環境では、修練で身につけた焦点制御が追いつかない。人が多ければ多いほど、情報の洪水は激しくなる。この先、都市に入ることがあれば──もっと大きな都市、もっと多くの人間がいる場所に行くことがあれば──どうなる。


 足音がした。


 アナヒドが路地裏にやってきた。彼女もまた顔色が悪かった。額に汗が浮き、唇の血色が失せ、目の焦点が定まっていない。壁に手をついて身体を支えている。


 避難民たちの恐怖と悲嘆が、共感力を通じて流れ込んでいるのだ。


 数百人分の苦痛が、アナヒドの中に一斉に注ぎ込まれている。家を失った家族の悲嘆、聖火消滅への恐怖、明日の見えない不安、飢えと疲労、子どもたちの泣き声に含まれる純粋な恐れ──すべてがアナヒドの共感力を通じて流れ込み、彼女自身の感情と混じり合っている。自分の恐怖と他者の恐怖の境界が曖昧になり、どこまでが自分でどこからが他者なのか、わからなくなっている。


 キアンとは違う質の苦しみだった。キアンは「視すぎる」苦しみ、アナヒドは「感じすぎる」苦しみ。キアンの苦痛は視覚的で、色彩の洪水に呑まれる。アナヒドの苦痛は感覚的で、感情の洪水に溺れる。質は違う。だが溺れている場所は同じ路地裏だ。


 アナヒドがキアンと同じ壁にもたれて座った。並んで座ると、肩と肩の間に拳一つ分の隙間がある。触れてはいない。だが互いの体温が感じられる距離。


「……私も、少し休ませてください」


 声が掠れていた。アナヒドの声が掠れるのは珍しい。いつも澄んだ声で、穏やかで、凛としている。その声が掠れているということは、限界が近い。


 互いの苦しみの質は違う。だが逃げ場を求める気持ちは同じだった。


 路地裏の石壁は冷たく、人混みの喧騒が遠くに聞こえる。壁の向こう側で市場の呼び声が響き、子どもの泣き声が聞こえ、荷車の車輪が石畳を軋ませている。だがここには人がいない。色の密度が低い。感情の洪水が弱い。二人は並んで座り、荒い呼吸が静まるのを待った。


 時間が過ぎた。どれくらい座っていたのか、わからなかった。日差しの角度が変わり、路地裏の影が少し伸びた。呼吸が落ち着き、頭痛が鈍くなり、視界の揺れが収まっていく。完全には消えない。だが耐えられる程度にまで退いた。


 ふとアナヒドの横顔を見た。目を閉じ、壁にもたれ、両手を膝の上で組んでいる。祈っているのかもしれない。アナーヒターに。遠くなった声に向かって、それでも祈っている。彼女の周囲に色はほとんどない。自分の苦しみを嘘で覆い隠していない。苦しいものは苦しいと受け入れている。その白さが、キアンには眩しかった。


 自分はどうだろう。苦しいと認めているか。それとも、まだどこかで「大丈夫だ」と嘘をついていないか。真実視が内側に向きかけ、キアンは意識的にそれを止めた。今は──今だけは、自分の内面を視る余裕がなかった。


 しばらくして、キアンが嗄れた声で言った。


「……静かな場所に行きたい」


 喉は灼けなかった。本音だから。


 アナヒドが頷いた。


「私も」


 同じ言葉。同じ願い。二人の苦しみが、一つの場所で重なった。路地裏の薄暗がりの中で、二人は並んで壁にもたれている。逃げ場のない世界の中で見つけた、小さな逃げ場。壁と壁の間の、狭い影の中。


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