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嘘つきは真実を灼く ~七つの聖火と嘘喰いの孤児~  作者: 蒼月よる


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嘘つきの嘘

 軽口を叩こうとするたびに、喉が灼ける頻度が上がっていた。


 街道を歩きながら、キアンは何度も口を開きかけ、何度も閉じた。嘘つきだった頃の習慣が身体に染みついている。会話の間を埋める軽口、場の空気を和らげる皮肉、相手の出方を探る冗談──それらはすべて、大なり小なり嘘を含んでいた。嘘というほどのものではない。社交の潤滑油。人間関係を滑らかにする些細な虚飾。だが代償(a)はそれを許さなかった。


「悪くない天気だな」──空が曇っている日に言えば灼ける。「腹は減ってない」──減っているなら灼ける。「別に疲れてない」──疲れているなら灼ける。日常の会話を滑らかにする些細な嘘が、すべて喉に火を点ける。嗄れた声がさらに嗄れ、咳き込むたびに首筋の瘢痕が引きつった。


 以前なら、これくらいの嘘は灼けなかった。代償(a)の閾値が下がっている。真実視の深化と連動するように、嘘に対する身体の拒絶反応が鋭敏になっていた。かつては明確な嘘だけが灼けた。今は、半分だけ本当で半分だけ嘘の曖昧な言葉すら灼ける。灰色の領域が狭まり、白と黒の二択に追い込まれている。


 キアンの言葉が少なくなった。


 最初の数日は意識的だった。灼けるのが嫌で口を閉じた。だが数日もすると、それが自然な状態になった。言葉がなくても旅は続けられる。朝は黙って起き、黙って荷物をまとめ、黙って歩き出す。必要な情報──道の分岐、水場の位置、野営地の選定──はアタルが判断し、キアンは頷くだけでよかった。


 代わりに、無言で行動することが増えた。


 朝一番に水を汲みに行く。革袋を肩にかけ、まだ薄暗い中を水場まで歩く。アナヒドの水瓶の水位が下がっていることを知っているから、飲み水は自分が確保する。薪を集める。街道の脇に落ちている枯れ枝を拾い、夜営の焚き火に備える。道を確認する。街道の分岐で立ち止まり、石に刻まれた道標を読み、正しい方角を指差す。焚き火の準備をする。枯れ草を束ね、火打ち石で火を起こし、薪を組む。


 言葉ではなく、行動で自分の存在を示す。


 それが意図的なものなのか、やむを得ない適応なのか、キアン自身にもわからなかった。嘘がつけないから行動するしかないのか、行動することで言葉の不在を埋めているのか。どちらにしても、手を動かしている間は喉が灼けない。行動に嘘は混じらない。水を汲むことに嘘はない。薪を集めることに偽りはない。身体が正直さを代弁していた。


 ある朝、水を汲んで戻ったキアンに、アナヒドが言った。


「あなたは嘘がつけなくなって、代わりに行動するようになった」


 穏やかな声だった。批判ではなく、観察。朝の光が彼女の顔を横から照らし、三つ編みの影が頬に落ちている。水の入った革袋を受け取りながら、キアンの目を見て言った。


「……それは嘘よりも正直ですね」


 キアンは面食らった。


 行動が正直だと言われたのは初めてだった。嘘つきとして、言葉こそが自分の武器であり、自分の存在の証だと思っていた。口先三寸で孤児院を生き延び、舌先ひとつで危機を切り抜けてきた。言葉を失えば自分はなくなると思っていた。嘘つきから嘘を取ったら、何も残らない。あの夜に視た、灰色の空洞。


 だが言葉の代わりに行動で示すことが、別の種類の正直さだとは──考えたこともなかった。水を汲むことが正直。薪を集めることが正直。嘘つきの手が、嘘のない行為を重ねている。


「別に──」


 喉が灼けた。熱い灼痛が声帯を走り、言葉が途切れた。「別に意識してやってるわけじゃない」──嘘だったから。意識している。嘘がつけないから行動するしかないのだ。その自覚がある。自覚がありながら「意識してない」と言えば、それは嘘だ。


 キアンは咳き込み、首筋を押さえた。瘢痕が脈打つように熱い。


 アナヒドが小さく笑った。キアンの灼けた咳を聞いて、嘘だとわかったのだろう。共感力がなくても、もうアナヒドにはキアンの嘘がわかる。喉が灼けるから。わかりやすい嘘つきになってしまった、とキアンは思った。嘘つきとしては失格だ。だが──嘘つきとして失格であることは、人間として失格であることとは違うのかもしれない。


 夜、アタルがキアンに言った。


 焚き火の前で、老人の赤みがかった茶色の瞳が炎に揺れている。炎の色を映した目は、琥珀のように深い光を湛えていた。アタルの声は穏やかだったが、言葉には重みがあった。長い時間をかけて選ばれた言葉の重み。


「嘘つきが嘘をつけなくなったとき、残るものが何か──それがおまえ自身じゃ」


 キアンは反論したかった。残るものなど何もない。嘘を取ったら空っぽだ。あの夜に視た、灰色の空洞。嘘の層を剥がした先にある、何もない中心。あれが自分だ。


 だが反論の言葉が出てこなかった。「何も残らない」と言えば──灼けるのか、灼けないのか。試す勇気がなかった。もし灼けたら、「何も残らない」は嘘だということになる。何かが残るということになる。それが何なのかを知るのが怖かった。


 アタルが立ち上がり、焚き火の反対側へ歩いていった。老人の足音は軽く、砂を踏む音がほとんどしない。人間の重さがないかのような足取り。キアンはそれを見送り、一人になった焚き火の前で、自分の手を見つめた。


 嗄れた声も、灼ける喉も、嘘の色に満ちた視界も──すべてが自分だ。だがこの手は、子どもを救った手でもある。水を汲んだ手でもある。薪を集めた手でもある。焚き火を起こした手でもある。アナヒドの隣に置いた手でもある。


 嘘つきの手。だが嘘のない行為を積み重ねてきた手。


 キアンは掌に聖火の灰を載せた。革袋から取り出した灰は冷たかった。出身神殿の聖火が消えたときに残った灰。あの夜から持ち歩いている。灰は灰色で、乾いていて、風が吹けば散ってしまうほど軽い。


 だが──微かに温かさの記憶を含んでいるような気がした。


 火が消えても、灰は残る。灰に温もりが残る。嘘つきが嘘をつけなくなっても、何かが残る。アタルはそう言っている。アナヒドは、残ったものを「正直」と呼んだ。


 それが何を意味するのか、まだわからなかった。だが手の中の灰は、冷たくはなかった。掌の熱が灰に移り、灰の記憶が掌に移る。そのやりとりの中に、かすかな温もりがある。


 キアンは灰を革袋に戻し、掌を閉じた。空になった掌に、灰の感触が残っていた。


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