偽りの楽園
次に訪れたヴァラは、他の集落と異なり繁栄しているように見えた。
城壁は堅固で、白い漆喰が隅々まで塗り直されている。門の左右に衛兵が立ち、鎧は磨かれ、槍の穂先が午後の陽光を弾いていた。門をくぐると、市場が活気に満ちている。商人たちが声を張り上げて客を呼び込み、果物や布地や陶器が色鮮やかに並んでいた。住民たちが品物を吟味し、値を交渉し、子どもたちが路地を走り回っている。笑い声があった。ここには笑い声がある。聖火消滅の暗い影が、この街には届いていないかのようだった。他の集落で見てきた恐怖の灰色や、火壇の前の空虚な祈りや、酒場に逃げ込む男たちの姿が、ここにはない。明るく、賑やかで、生きている街だった。
だがキアンの真実視が、その全てに灰色の膜を被せていた。
繁栄の色が嘘をまとっている。市場の活気の一つ一つが、微かに色を歪ませていた。商人の威勢のいい声に灰色の縁取りがあり、客の笑顔に薄い膜が張られ、子どもたちの歓声にすら大人から伝播した不自然さが混じっている。表面の明るさと内実の乖離が、灰色の薄い霧となって街全体を覆っていた。普通の目には見えない霧だ。だがキアンの目には、街全体が灰色のガラスの向こうに沈んでいるように見えた。この繁栄は演出されたものだ。どこかから管理されている。
調べるのに時間はかからなかった。
市場で耳を澄ませ、宿の女将に話を聞き、路地裏で古い住民の噂話を拾い集めた。このヴァラの指導者は、聖火消滅の報せを住民から隠していた。四つの聖火が消えた事実を、この街の住民は知らない。「聖火は永遠に燃え続ける」──その嘘が制度的に維持されていた。街の使者は外部からの情報を検閲し、不安を煽る報せは住民に伝えない。避難民の流入を門番が制限し、外から来た旅人にも「余計なことを話すな」と釘を刺している。指導者の判断で、無知が平和を保っている。知らないから恐れない。恐れないから秩序が保たれる。情報の遮断が、この街の繁栄の土台だった。
キアンの真実視には、ヴァラ全体を覆う薄い霧──制度的な嘘の集積──が視えた。個人の嘘ではない。社会の嘘だ。一人の人間が一つの嘘をつくのではなく、社会全体が一つの嘘を共有している。その嘘は薄く、広く、どこにでもあった。壁にも、道にも、空気にも。個人の嘘は点だが、制度的な嘘は面だった。街全体を覆う灰色の霧。初めて視る種類の嘘だった。
「嘘を暴くべきか」
宿でアタルに問うた。窓の外から市場の喧騒が聞こえてくる。賑やかな声。嘘で守られた賑やかさ。
「おまえが決めることじゃ」
アタルは突き放すように答えた。教師としての導きではなく、キアン自身に判断を委ねる態度だった。老人の赤みがかった瞳が窓の外の市場を見つめている。何を考えているのか、真実視でも読み取れない。
アナヒドが口を開きかけた。
「真実を知れば人々は……」
だが言葉を途切れさせ、黙った。深い青の瞳が揺れ、三つ編みの端を指先で弄る癖が出ている。共感力で住民たちの「知りたくない」恐怖を感じ取ったのだろう。真実を知れば恐慌が起きる。知らないままでいれば平穏が続く。どちらが正しいのか。アナヒドにも答えが出なかった。
キアンは暴かなかった。
指導者の嘘を公にすれば、街は混乱に陥る。パニックが起き、暴動が起きるかもしれない。聖火消滅を知らない住民たちは、この偽りの平穏の中で、少なくとも日常を送れている。子どもが路地を駆け回り、母親が市場で食材を選び、老人が日陰で茶を飲んでいる。嘘の上に築かれた日常だが、それでも日常であることに変わりはない。その日常を壊す権利が、キアンにあるのか。
だがこの選択に、キアンは満足していなかった。嘘を知りながら黙っていることは、嘘に加担しているのと同じではないか。沈黙は中立ではない。嘘を知って黙ることは、嘘を許すことだ。指導者の嘘が住民を守っているのだとしても、同時に住民から選択の自由を奪っている。真実を知った上で自分で決める権利を、指導者が代行している。それは善意の専制だ。
答えが出ないまま、ヴァラを去った。
門を出る際、門番のそばにいた子どもがキアンに話しかけた。五歳か六歳の、丸い頬に砂がついた男の子だった。目が大きく、好奇心に輝いている。嘘の色がない。子どもにはまだ、自己欺瞞がない。
「ねえ、聖火は永遠に燃えるんでしょう?」
無邪気な声。真っ直ぐな目。子どもは信じている。教えられたことを疑わない透明な信頼で、聖火が永遠であることを信じている。
キアンは何も言えなかった。「そうだ」と言えば喉が灼ける。「わからない」と言えば子どもを不安にさせる。「消えた」と言えば──この子どもの透明な世界を壊す。
キアンは子どもの頭をそっと撫で、何も言わずに通り過ぎた。
背後で子どもが母親に何か言う声が聴こえた。「あの人、変な目をしてた」。母親が子どもの手を引き、足早に去っていく。
キアンは振り返らなかった。門の向こうに、嘘で守られた街の喧騒が遠ざかっていく。




