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嘘つきは真実を灼く ~七つの聖火と嘘喰いの孤児~  作者: 蒼月よる


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嘘の理由

 小さな城壁集落に着いた。


 街道を半日ほど歩いた先に、砂色の城壁が低く横たわっていた。大きなヴァラではない。城壁の高さは人の背丈の二倍ほどで、白い漆喰が所々剥がれ、日干し煉瓦の地肌が褐色に露出している。門は開いていたが、門番の目が暗かった。旅人を歓迎する気力が残っていない目だ。通してはくれるが、それ以上のことはしないという目。キアンが門をくぐるとき、門番の視線がキアンの琥珀色の瞳に一瞬止まり、すぐに逸れた。力の痕跡──瞳の縁に浮かぶ金色の輪──に何かを感じたのかもしれない。


 聖火消滅の影響がより深刻な場所だった。火壇の炎は揺らぎ、その光は弱く、以前なら城壁の内側全体を照らしていたはずの範囲が半分ほどに縮んでいた。城壁の石には黒い染みが不規則に広がり、壁の表面に蜘蛛の巣のように走る黒い筋が穢れの浸食を示している。住民たちは表面上穏やかだが、キアンの真実視には全員の内面に恐怖の灰色がこびりついていた。街角で立ち話をする女たちの笑顔の下に灰色が沈み、井戸端で水を汲む男の背中に灰色が纏わりつき、路地を駆け回る子どもたちの無邪気さの裏側にすら、親から感染した不安の薄い灰色が透けて視えた。穏やかさそのものが嘘だった。恐怖を隠す穏やかさ。この集落の人々は恐怖に蓋をして日常を演じている。そしてその演技が上手いほど、灰色は深く沈んでいた。


 街を歩いていると、老婆に声をかけられた。


 白髪を日に灼けた布で包み、深い皺を顔中に刻んだ老婆だった。街角の日陰に座り、石壁に背をもたれ、痩せた膝の上に節くれだった手を置いている。爪の間に砂が入り込み、指の関節が太い。畑仕事を長年続けてきた手だ。肌は乾いた土のように日に灼け、首筋に深い皺が幾重にも走っている。通りかかるキアンに向かって、穏やかに微笑んだ。歯が何本か欠けている笑顔だったが、砂漠の陽光のような温もりがあった。


「お若いの、旅人かい」


「ああ」


「孫が兵士として遠征に出ていてね。きっと今頃は手柄を立てているでしょう」


 老婆の笑顔は柔らかかった。皺の奥に沈んだ小さな目が細められ、声にも揺らぎがなかった。孫の話をする祖母の、誇らしげな声音。何度も繰り返した言葉なのだろう。通りかかる旅人に同じ話をし、同じ笑顔を浮かべ、同じ言葉で自分を支えてきたのだ。


 キアンの真実視がその言葉を視た。


 全体が黒い染みで覆われていた。


 孫はおそらく死んでいる。あるいは行方不明か。老婆はそれを──少なくとも可能性を──知っていた。知っていて、「手柄を立てている」と語っている。嘘で自分を守っている。老婆の内面を視ると、黒い染みの下に深い悲嘆の紫が沈んでいた。孫を失ったかもしれないという恐怖と悲しみが、何層もの嘘の下に押し込められている。「きっと元気だ」「きっと手柄を立てている」「きっと帰ってくる」──嘘が嘘を重ね、悲嘆の上に蓋をしている。その蓋がなければ、老婆は悲しみに呑まれて二度と立ち上がれないだろう。


 嘘の中に光はなかった。善意の嘘ですらない。自分自身を欺くための、純粋な防衛としての嘘だ。この嘘が壊れたら、老婆の日常が崩れる。朝起きて、水を汲み、粥を炊き、街角で日向ぼっこをする──その一つ一つが、「孫が帰ってくる」という嘘を前提に成り立っている。嘘が日常を支える柱になっている。柱を抜けば、すべてが崩れる。


 キアンの胸が締め付けられた。喉の奥に何かが詰まったように、息が浅くなった。


「きっとそうだろうな」


 言おうとした。老婆の嘘に合わせようとした。優しい言葉を返そうとした。老婆の笑顔を壊さないために。


 喉が灼けた。


 熱い痛みが舌の付け根から喉の奥に走り、言葉が声になる前に焼き切れた。咳き込み、口を手で覆った。本当ではないことを口にできない。孫が手柄を立てているとは思えない。嘘をつくことが物理的にできない。代償が容赦なくキアンの声を焼いた。老婆が心配そうに目を細めた。「大丈夫かい」と問いかけるような視線。


 だが「孫は死んでいる」と言うこともできなかった。喉が灼けるからではない。事実かどうかも確定していない。だがたとえ確定していたとしても──言えば老婆を壊す。残酷な真実は、優しい嘘よりも暴力的だ。真実が常に正しいとは限らない。真実が人を救うとは限らない。この老婆にとって、嘘こそが命綱なのだ。嘘が彼女を生かしている。嘘が彼女に明日を生きる理由を与えている。


 キアンは沈黙を選んだ。


 何も言わず、老婆の目を見つめた。琥珀色の目と、皺の奥の小さな目が交差する。沈黙が一つの答えになっていた。嘘もつかない。真実も言わない。ただ黙って、そこにいる。沈黙という第三の選択。


 老婆は微笑んだ。皺の奥の目が、キアンの沈黙の意味を読み取っていた。この老婆は知っている。自分が嘘をついていることを。そしてキアンが何かを視ていることを。長く生きた人間の直感が、若い旅人の沈黙の中に横たわるものを掬い取ったのだろう。


「お若いの、黙っていてくれてありがとう」


 その声に震えはなかった。感謝が静かに、しかし確かに響いた。嘘を暴かれなかったことへの感謝ではない。嘘を壊さずにいてくれたことへの感謝だった。見て見ぬふりをしてくれた。老婆はそのことに礼を言っている。壊さないでいてくれて、ありがとう。その一言に、嘘と共に生きる人間の切実さが凝縮されていた。


 老婆が去った後、キアンは立ち尽くした。


 砂色の路地に一人。太陽が高く、影が短い。乾いた風が外套の裾を揺らし、砂粒が頬を掠めた。胸の中で何かが形を変えようとしていた。嘘を視ることと、嘘を壊すことは違う。視えたからといって、壊さなければならないわけではない。嘘を視て、それでも壊さないという選択がある。それは嘘に加担しているのとは違う。壊さないことは、守ることでもある。


 それは「裁くな、受け止めろ」というアタルの教えに通じるのだろうか。裁かないこと。受け止めること。嘘を視ても、嘘を壊さないこと。真実を知っても、真実を振りかざさないこと。真実は武器ではない。武器にしてはいけない。


「嘘を視ることと、嘘を壊すことは違う……のか」


 嗄れた声が、風に消えた。答えはまだ出ない。だが問いの形が、少しだけ変わった気がした。


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