旅路の歌
次のヴァラを前に、街道で小休止を取った。
大きな岩が街道脇に転がっており、三人はその影に身を寄せた。砂漠の昼は容赦なく暑い。太陽が天頂に近く、影が短く地面に縮まっている。乾いた空気が肺を灼き、汗が肌を伝う端から蒸発していく。水を飲むと、舌の上で一瞬だけ冷たさが弾け、喉を通る頃にはもう温い。砂漠の暑さは水の冷たさを許さない。三人は岩の影に身を寄せ、束の間の涼を得ていた。岩の表面に触れると灼けるほど熱いが、影の側は微かに冷たかった。
アタルが古い旅の歌を口ずさんだ。
低く穏やかな声。皺の深い喉から出る声は嗄れているが、旋律は正確だった。聖火を讃える古歌。「永遠の炎よ、闇を照らせ。善き者の道を照らし、悪しき者の影を焼け」──三千年前から歌い継がれた祈りの歌。古い言葉遣いが混じり、現代の言葉とは微妙に異なる旋律が砂漠の空気に広がっていく。アタルの声は小さかったが、不思議な浸透力があった。岩と砂の間を縫うように広がり、乾いた空気に染み込んでいく。
キアンは口ずさもうとした。
喉が灼けた。
「聖火は永遠に燃え続ける」──歌詞の中のその一節が嘘だから。聖火は消えている。三つ消えた。永遠ではない。歌の中の嘘を、声にすることができなかった。三千年間歌い継がれてきた祈りの歌が、今この瞬間、嘘になっている。歌い手は嘘を歌っていると自覚していない。だがキアンの喉は知っている。身体は嘘を許さない。
キアンは歌を諦め、聴く側に回った。口を閉じ、岩に背をもたれかけ、目を閉じた。アタルの歌声だけを聴く。歌詞の意味を無視して、旋律だけを聴けば、灼けない。意味を持たない音の連なりは嘘でも真実でもない。ただの振動だ。
アタルの歌声が途切れると、アナヒドが歌い始めた。
水の巫女の祈り歌。低く澄んだ声が、砂漠の乾いた空気に水のように広がっていく。アタルの声が焚き火の暖かさだとすれば、アナヒドの声は泉の清涼さだった。水の流れと癒しを讃える歌詞。傷を洗い、涸れた大地を潤し、迷える者を導く水の歌。旋律は緩やかで、波が砂浜に寄せては返すようなリズムを持っていた。
キアンの真実視が歌を視た。
歌全体が白く輝いていた。アナヒドの祈りは真実だ。一片の嘘も灰色もなく、透明な白い光が歌声とともに広がっている。彼女は水の力を信じ、癒しの意味を信じ、祈りの価値を信じている。その信仰に疑いがない。白い光が歌の旋律に乗って空気中に拡散し、キアンの真実視を柔らかく包んだ。嘘の色ばかり見てきた目に、純粋な白は眩しかった。
キアンは黙ってその声を聴いた。
砂漠の風が止み、岩陰に祈り歌だけが満ちる。アナヒドの声は低く、決して力強くはない。だが澄んでいた。水が岩の隙間を流れるように、自然に、静かに、どこまでも澄んでいた。高い音も低い音も、すべてが一つの流れの中にあった。砂漠の乾いた空気が、彼女の歌声だけは蒸発させずに運んでいく。
こういう時間が続けばいい。
その思いが、不意にキアンの胸に浮かんだ。旅の苦しみも、力の代償も、嘘の色の洪水も、一瞬だけ遠ざかった。岩陰で歌を聴いている。それだけの時間。それだけの幸福。
そしてその思いが──自分自身の真実であることに気づいた。
嘘の色がなかった。灰色の曇りもなかった。「こういう時間が続けばいい」という願いは、嘘つきのキアンの中にある、数少ない真実のひとつだった。真実視が自分の内面に向いても、この願いだけは白く輝いている。嘘で塗り固めた内面の奥に、白い光がある。
動揺が走った。自分の中に真実がある。嘘で塗り固めた内面の奥に、白い光がある。それを認めることが──なぜか怖かった。真実を認めれば、嘘の鎧に穴が開く。穴が開けば──何かが流れ出す。流れ出したものは、もう戻せない。
歌が終わった。
アナヒドが目を開け、微かに笑った。歌い終えた安堵と、聴いてもらえた嬉しさが、笑顔の中に混じっていた。キアンは視線を逸らし、立ち上がった。感情に名前をつけるな。名前をつけたら──。
アタルが方向を示した。南の地平線に向けて、節くれ立った指が伸びる。
「次のヴァラの先に、もう一つの大神殿がある。献身の火が消えた神殿じゃ」
消えた聖火の跡。三つ目に消えた聖火があった場所。かつて献身の炎が燃えていた大神殿。今は空っぽの火壇だけが残っている。
「……見ておくべきだ」
アタルの声は静かだったが、有無を言わせぬ響きがあった。キアンに何を理解させたいのか──老人は語らなかった。聖火が消えた場所には何がある。灰と空虚と、穢れの染み。それを見ることに、どんな意味があるのか。
キアンは頷いた。
「行こう」
嗄れた声で、だが確かに。喉は灼けなかった。行くという意志は、嘘ではなかったから。
三人が街道を歩き出した。前方に、煙の上がっていない神殿の塔が見えた。聖火が消えた神殿。空っぽの火壇。かつて聖なる炎が燃えていた場所に、今は灰だけが残っている。塔の先端が空を突いているが、その先に煙がない。煙のない神殿は、目のない顔のように虚ろだった。
その灰の中に、何があるのか。
街道を歩く三人の影が長くなり始めていた。太陽が西に傾き、砂漠の大地が橙色に染まっていく。足元の砂利が夕日を反射して金色に光り、遠くの砂丘が赤紫の陰影を帯びる。風が止み、空気が静止する時間帯。砂漠には一日に二度、完全に風が止む瞬間がある。夜明けと夕暮れ。その静寂の中で、三人の足音だけが規則正しく響いていた。
キアンはアナヒドの祈り歌の余韻を、まだ胸の中に感じていた。白い光。あの歌は真実だった。何の嘘も灰色もなく、ただ純粋に白かった。世界がこんなにも嘘に満ちている中で、あの白さは──眩しかった。眩しすぎて目を逸らしたくなるほどに。
だが逸らしたくないとも思った。その矛盾が、キアンの中で灰色の曇りを作っている。嘘つきは矛盾を嫌う。矛盾は嘘の構造を壊す。だがこの矛盾だけは──壊されても構わないと思えた。
前方の神殿の塔がさらに大きくなった。夕日に照らされた石壁が赤く燃え、影が東に長く伸びている。煙のない塔。炎のない神殿。生命のない建築。それが三人を待っていた。
アタルの歩みが速まった。老人の白衣が風に翻り、夕日に染まって赤い衣のように見えた。キアンとアナヒドも歩調を合わせ、神殿に向かって歩いた。荒野の空気が微かに変わった。甘い匂いが混じり始めている。穢れの兆候だ。聖火が消えた場所の近くには、必ずドゥルジの穢れが染みている。
明日には、あの空っぽの火壇の前に立つことになる。消えた炎の跡を見つめることになる。そこに何があるのか。灰か。空虚か。それとも──アタルが言った「種」か。
答えは、まだわからなかった。




