真実が救うもの
荒野の端は空気が違った。
村を出て砂利の道を進むにつれ、聖火の光が薄れていくのが感覚でわかった。温度が変わるわけではない。だが皮膚の内側で何かが警鐘を鳴らしている。空気の味が変わった。乾いた砂漠の空気に甘い匂いが混じり始め、その甘さは果実の甘さではなく、腐敗の一歩手前の、過熟した有機物の匂いだった。道端の草が不自然に枯れ、茶色く縮れた葉が砂利の上に散らばっている。枯れ方が奇妙だった。根元から枯れるのではなく、葉先から黒ずんで溶けるように腐っている。
キアンの真実視がちりちりと反応する。視界の端に紫がかった暗い色が揺らめき、空気そのものが穢れを帯びている。虚偽の気配。色は淡いが確実にそこにあり、足を進めるたびに濃くなっていく。真実視で見る穢れの色は、人間の嘘とは質が違った。人間の嘘は灰色から黒までの濃淡だ。だがドゥルジの穢れは紫がかっていて、空気そのものを染めている。人ではなく、場所が嘘をついているような感覚。
アナヒドが銀の水瓶を掲げた。
水瓶の口から微かな光が漏れ、浄化の力が周囲に広がる。淡い青白い光が三人を包み、穢れの気配を押し返した。光の境界線がはっきりと視えた。浄化の光が届く範囲と、穢れに満ちた範囲の間に、明確な線がある。アナヒドの歩みは確かだったが、浄化の光は以前より弱い。以前は三歩先まで照らしていた光が、今は一歩先までしか届かない。キアンにはそれがわかった。
倉庫は荒野の端にぽつんと建っていた。日干し煉瓦の崩れかけた建物。壁の下半分が砂に埋もれ、上半分は風化してひび割れている。扉は半開きで、中は暗い。扉の蝶番が錆びて赤茶色に変色し、風が吹くたびにきいきいと軋んでいた。周囲の地面に黒い蔓のような紋様が走り、壁に穢れの染みがこびりついている。黒い紋様は生き物のように脈打ち、地面から壁へ、壁から天井へと這い上がっていた。
「中じゃ」
アタルが短く言い、掌に小さな炎を灯した。聖火の欠片のような、温かく澄んだ光。焚き火の光とは質が違う。もっと純粋で、もっと古い。闇を押し返し、黒い紋様が炎の光に怯えたように後退した。三人は倉庫の中に踏み込んだ。
暗闇の中に、小さな影がうずくまっていた。
七つの男の子だった。膝を抱え、壁の隅で身体を丸めている。薄い衣服は砂と埃にまみれ、素足の指先が冷たく青白い。顔は泥と涙で汚れ、目は虚ろに見開かれていた。三日間、暗闇の中で怯え続けていたのだ。キアンの真実視が子どもの内面を視た。恐怖の色が全身を覆い、白く灼けるような──混じりけのない恐怖だった。嘘の色はない。子どもは何も隠していない。ただ怖い。それだけだった。
「大丈夫。もう大丈夫ですよ」
アナヒドが子どものそばに跪き、声をかけた。穏やかで柔らかい声。砂漠の夜に灯る焚き火のような温もりがあった。子どもの肩に手を置き、銀の水瓶から少量の水を掌に取る。
水が光を帯びた。淡い青白い輝きが子どもを包み、恐怖で硬直した身体が少しずつ弛緩していく。肩の力が抜け、握りしめていた拳が開き、強張った表情が微かに和らいだ。顔色が戻り、虚ろだった目に光が宿る。瞳が焦点を結び、アナヒドの顔を認識した瞬間、子どもの唇が震えた。
子どもがアナヒドにしがみつき、声を上げて泣いた。三日分の恐怖が一度に溢れ出し、小さな身体が激しく震えている。アナヒドが子どもの背中をさすり、何度も「大丈夫」と繰り返した。
キアンは倉庫の中を見回した。穢れの染みが壁と天井に広がっている。黒い蔓の紋様が子どもがいた場所にまで伸びており、あと数時間遅ければ触れていただろう。もう半日遅ければ、子どもの精神は穢れに蝕まれていた。間に合った。かろうじて。
村に戻ると、母親が走ってきた。
子どもの名を叫び、転びそうになりながら駆け寄る。砂利に足を取られ、膝をつき、立ち上がり、また走る。子どもを抱きしめ、声にならない声で泣いた。子どもの頭を撫で、頬を撫で、両手で顔を包んで泣いた。村人たちが集まり、安堵の声が広がる。老婆が涙を拭い、男たちが胸を撫で下ろし、子どもたちが走り回った。
「ありがとうございます。ありがとうございます」
母親が何度も頭を下げた。キアンの真実視がその感謝を視る。純粋な白。嘘のない、剥き出しの感謝。白い光が眩しく、キアンは思わず目を細めた。
キアンは奇妙な感覚に捉われた。
真実を使って人を救った。嘘を見抜き、情報を引き出し、子どもの居場所を突き止めた。この力で誰かを助けることができた。初めての経験だった。力への肯定感が、胸の奥で微かに芽吹く。真実視は呪いだと思っていた。嘘が視えることは苦痛でしかなかった。だが今日、この力が子どもの命を救った。
アナヒドがキアンに笑顔を見せた。
それは短い笑顔だった。三つ編みの端が風に揺れ、深い青の瞳が細くなり、褐色の頬に柔らかい皺が寄る。ただそれだけの表情。
キアンの真実視がその笑顔を視た。
嘘の色が一切なかった。
白い光。純粋な──なんと呼べばいいのかわからない感情の光。キアンはその白さに目を灼かれたような気がした。今まで視てきたどんな白よりも、アナヒドの笑顔は真っ直ぐだった。一片の灰色もない。
動揺が胸を突いた。なぜ動揺するのかわからない。嘘がないことは良いことのはずだ。なのに心臓が跳ね、視線を逸らしたくなる。
村を去る際、母親にもう一度感謝された。キアンは「大したことはしていない」と言おうとした。
喉が灼けた。
嘘だったからだ。大したことをした。子どもの命を救った。それは「大したことではない」とは言えない。謙遜は社交辞令であり、社交辞令は嘘だ。
代償が一段階進んだ。社交辞令の嘘──謙遜という名の嘘すら、もう口にできない。喉の奥に灼熱感が残り、キアンは咳き込んだ。
アナヒドが振り返り、キアンの様子に眉をひそめた。
キアンは手を振って大丈夫だと示した。声は出さなかった。出せば、また灼けるかもしれないから。
村の門を出ると、街道の砂が夕日に赤く染まっていた。長い影が三つ、砂の上に伸びている。背後から子どもの笑い声が聴こえた。さっきまで泣き崩れていた母親が、子どもの手を引いて村の中を歩いている。子どもが何か言い、母親が笑った。日常が戻りつつある。
キアンの喉はまだ痛んでいた。灼けた痕が内側に残り、唾を飲み込むたびに微かな痛みが走る。だが痛みの向こうに、何か温かいものがあった。子どもの命を救ったという事実。アナヒドの嘘のない笑顔。母親の白い感謝。
力は呪いだと思っていた。だが今日、呪いが誰かを救った。
その矛盾を、キアンはまだ言語化できなかった。喉が灼けるから言えないのではなく、感情に言葉が追いつかないのだ。風が外套の裾を揺らし、砂漠の乾いた空気が頬を撫でた。三人の足音だけが、夕暮れの街道に響いていた。




