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嘘つきは真実を灼く ~七つの聖火と嘘喰いの孤児~  作者: 蒼月よる


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第一段階

 荒野の野営地で、アタルが「よし」と小さく微笑んだ。


 審問官との対峙から一夜が明けていた。焚き火の残り火が朝の冷気の中で赤く燻っている。キアンは火を見つめながら、昨日の記憶を反芻していた。審問官の言葉の構造が、まだ視界の裏に残っている。層状の赤と白。信仰の白と行為の赤。嘘の階調と、真実の階調。


 すべてが──明瞭に視えていた。


 アタルの「よし」は、それを確認する一語だった。老人はキアンの目を覗き込み、瞳の奥に灯る金色の輪を見て、穏やかに頷いた。師弟の間に言葉は少ない。だがその少ない言葉が、修練の日々を凝縮していた。


 アシャ・サイト──第一段階覚醒の正式な完成。


 対面した相手の嘘が安定して視える。嘘の種類が識別できる。自覚的な嘘と無自覚な嘘。悪意の嘘と善意の嘘。防衛の嘘と攻撃の嘘。嘘の強度がわかる。表面的な嘘と、魂の深部に根を張った嘘。嘘の動機が読める。恐怖から生まれた嘘、欲望から生まれた嘘、愛情から生まれた嘘。


 嘘のグラデーションが視える。層状の構造が視える。表面の嘘の下に動機の嘘があり、さらにその下に本音がある。以前は洪水のように押し寄せた色彩が、今は整理された情報として認知できる。色彩が意味を持ち、意味が構造を持ち、構造が理解に変わる。


 達成感があった。山間の隠れ家での基礎訓練、荒野での白の修練、そして審問官との実戦的な対峙。積み重ねた日々が、一つの到達点に結晶した。


 だが──同時に、代償が恒常化した。


 嘘をつくたびに喉が灼けるのは、もはや日常だった。力の覚醒と代償の恒常化は、表裏一体だった。真実を視る精度が上がれば上がるほど、嘘をつく代償は厳しくなる。当然の帰結だ。真実を視る目を持つ者が嘘をつけば、その矛盾は身体で支払われる。


 社交辞令すら痛みを伴うようになっていた。「大丈夫だ」と言えば喉が灼ける。「気にするな」と言えば灼ける。「問題ない」と言えば灼ける。日常の言葉の中に、どれほどの嘘が紛れ込んでいたかを、代償が教えてくれる。人は嘘なしでは生きられない。社交辞令は潤滑油であり、気遣いは嘘の衣をまとった善意であり、日常そのものが小さな嘘の集積で成り立っている。


 その日常が──キアンから剥がれていく。


 声の嗄れは軽微だが、確実に進行していた。以前の滑らかな声は二度と戻らないだろう。嘘つきの口先は滑らかでなければ意味がない。嗄れた声で嘘をついても、説得力が落ちる。嘘つきとしての自分が、嘘をつくための道具を少しずつ失っている。


 力の安定と代償の恒常化。成長と喪失が、同じ瞬間に訪れた。力は制御できるようになったが、失ったものは戻らない。非対称だ。得るものと失うものの天秤は、決して釣り合わない。


 アタルがキアンの前に座った。焚き火の残り火が二人の間で赤く燻り、朝の冷気に揺らいでいる。老人の顔は穏やかだったが、目は真剣だった。


「力が安定した。だが使えば使うほど声を失う。それでも使うか」


 問いだった。確認ではなく、問い。アタルは常にそうだ。答えを与えるのではなく、問いを投げる。答えはキアン自身が見つけなければならない。


「……使わなきゃ死ぬだろ」


 キアンの嗄れた声が返した。現実的な回答。審問官は戻ってくる。追手は巡礼路を網のように張っている。真実視がなければ、嘘を見抜けず、罠にかかり、捕らえられる。使わなければ生き延びられない。実利的で、冷静で、嘘つきらしい計算に基づいた答え。


 アタルは首を振った。


「それは答えになっておらん」


 老人の声に、初めて厳しさが滲んだ。穏やかさの奥にある──教える者の譲れない一線。


「『死なないため』は理由にならぬ。誰もが死なないために何かをしておる。それは力を使う理由ではなく、生きる理由じゃ。使う理由を──自分で見つけよ」


 使う理由。


 生き延びるためではなく、何のために真実を視るのか。


 裁くためか。審問官のように、嘘を暴いて正義を執行するためか。だがそれは──あの白い正義と同じ道だ。嘘を裁く側に立つことは、正義を名乗ることであり、正義を名乗る者が最も恐ろしいことを、キアンは昨日知ったばかりだった。


 理解するためか。嘘の構造を読み、人の心を知るためか。だが知ることと理解することは違う。嘘の層を読めても、なぜその嘘が必要なのかを──受け入れられるかどうかは別の問題だ。


 それとも──。


 答えは出なかった。アタルも答えを急かさなかった。老人は焚き火の残り火を見つめ、静かに火を足した。小さな枝が燃え上がり、朝の空に煙が一筋昇っていく。


 アナヒドが水を汲みに行った谷間から戻ってきた。銀壺を胸に抱え、三人分の水を満たしている。キアンの分を多めに。いつものように。キアンはそれに気づいていて、何も言わなかった。言えなかった。「ありがとう」は社交辞令の影を含む。「いらない」は嘘だ。だから黙って受け取る。沈黙が──嘘つきにとっての、唯一の誠実だった。


 アナヒドは何も言わず、焚き火の傍に座った。銀壺を膝に置き、水面を覗き込んでいる。キアンの真実視が──その水面に微かな曇りを視た。以前のエワルの水は、澄み切った白だった。聖火の消滅以降、水の白が僅かに濁り始めている。アナヒドがそれに気づいているかどうかは、わからなかった。


 キアンは手のひらを見つめた。


 砂と汗で汚れた手のひら。何の変哲もない、十六歳の少年の手。この手が嘘を視る。この手で掴む杯に注がれた水が、嘘を映す。何の力もない手のひらに、世界の嘘が灼けている。


 力は安定した。だが使えば使うほど声を失う。嘘つきから声を奪う力。嘘で生きてきた少年から、嘘をつくための道具を一つずつ剥ぎ取っていく力。


 皮肉だ──いや、これは皮肉ではなく、何かの必然なのか。嘘を視る力は、嘘を許さない。嘘つきに真実を強いる。それが代償の本質なら──この力は罰なのか。それとも、救いなのか。


 答えは、まだ見つからなかった。


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