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嘘つきは真実を灼く ~七つの聖火と嘘喰いの孤児~  作者: 蒼月よる


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審問官

 荒野の中で、異端審問の正式な審問官が追いついた。


 それは五日目の朝だった。岩場の陰で野営した三人が荷をまとめていると、東の地平線から砂塵を巻き上げて騎馬が近づいてきた。一騎。だが纏っている気配は、街道で遭遇した武装神官団の何倍も重い。


 白銀の祭衣。契約の紋章を刻んだ胸当て。腰には儀式用の短剣と、ミスラの権威を示す銀の印章。都市の武装神官団とは格が違った。神殿に仕える兵士ではなく、ミスラの名において裁きを代行する者──審問官。その存在を、キアンは噂でしか知らなかった。異端者を追い、捕らえ、審問し、浄化する。浄化が何を意味するかは、誰も口にしなかった。


 審問官は馬を降り、砂塵を払いながら三人の前に立った。四十代半ばの男。鍛えられた体躯に、深い皺が刻まれた顔。その目は──冷たいのではなく、澄んでいた。濁りがない。信仰に裏打ちされた確信が、瞳の奥に灯っている。


「ミスラの御名において、異端者キアンに出頭を命ずる。これは正式な審問権限に基づく」


 丁重だった。声に敵意はない。断固とした態度だが、侮蔑も嘲りもない。むしろ──職務に対する誠実さすら感じさせる口調だった。


 キアンの真実視が、審問官の言葉を解析した。


 丁重な言葉の裏に、計算が層をなしていた。第一層──キアンの力を調査する。異端認定されたアシャ・サイトの性質を把握し、記録する。第二層──利用価値を判断する。力が制御可能であれば、神殿の監視下に置いて利用する。第三層──利用価値がなければ封じる。封じるとは、力の剥奪か、あるいは──。第四層まで読む必要はなかった。


「あなたの安全のために」


 審問官が言った。その言葉が赤い。安全のためではない。管理のためだ。力という不確定要素を、宗教的秩序の枠内に収めるための拘束。安全という言葉は、檻に鍵をかけるときの装飾にすぎない。


 だが──審問官の信仰は白かった。


 キアンの真実視が捉えたその白は、純粋で、透明で、一片の曇りもなかった。この男はミスラの正義を心から信じている。嘘をついている自覚がない。「あなたの安全のために」という言葉すら、この男の認知の中では真実なのだ。異端者を拘束し、力を封じ、秩序の中に組み込むことが──この男にとっては本当に「安全のため」であり「善」であり「正義」だった。


 信仰の白と、行為の赤が、同一人物の中に共存している。


 それが最も恐ろしかった。嘘をつく悪人より、真実を信じる正義の人のほうが。嘘つきは自分が嘘をついていることを知っている。だが正義を信じる者は、自分が何をしているかを知らない。知らないまま、確信を持って人を傷つける。


 キアンの視界が一段階、鮮明になった。


 第一段階覚醒が──事実上、完成した瞬間だった。


 対面した相手の嘘が安定して、構造的に視える。表層の嘘、その下の動機、さらにその下の本音。層状の色彩が審問官の言葉を包み、それぞれの層が異なる赤の階調で灼けている。もう洪水ではない。暴走ではない。精度の高い知覚として、嘘の構造が読み取れる。


 だがその精度が、キアンを救うわけではなかった。相手の嘘が読めても、審問官の剣は止まらない。


 審問官がキアンに向かって一歩踏み出した。腰の短剣に手をかけてはいないが、その動作は拘束の前段階だった。儀式用の縄を取り出そうとしている。白銀の細い縄。祝福が編み込まれた拘束具。


 その瞬間、アナヒドが割って入った。


 水の力が展開した。銀壺エワルから引き出された水が空中に広がり、審問官とキアンの間に透明な壁を作る。水の壁面に光が屈折し、虹のような色彩が一瞬だけ荒野の砂に映った。


「この方を渡すことはできません」


 アナヒドの声は毅然としていた。穏やかな巫女の語調ではなかった。巫女としての権威と水の力を盾に、審問官と正面から対峙する。その目は青く、深く、揺るがない。


 審問官が足を止めた。アナーヒターの巫女への攻撃を、この男は躊躇した。宗教的権威の内部にも力関係がある。契約の審判者ミスラと水の女神アナーヒターの系譜は、同格のヤザタに連なる。巫女を力ずくで排除すれば、宗教的権威の内部に亀裂が走る。それは審問官の信じる秩序そのものを損なう行為だった。


 キアンは審問官の逡巡を真実視で視た。信仰の白が揺らいでいる。巫女を排除することへの躊躇。職務と信仰の間で計算が走っている。だが──計算は短く終わった。


 審問官が一時撤退した。踵を返し、馬に跨がる。その動作は敗走ではなく、戦略的な後退だった。再編成し、権限を補強し、巫女の保護を無効化する正式な手続きを取る。そのための撤退。


 去り際に、審問官が振り返った。砂塵の中で白銀の祭衣が光を受けて輝いている。


「ミスラ様の御名において──必ず戻ります」


 キアンの真実視が──それを白と判定した。


 本気だ。この男は必ず戻ってくる。信仰の白に裏打ちされた確信が、その宣言を真実にしている。


 嘘なら安心できた。嘘なら「本当は戻る気がない」と読める。だが真実だから、怖い。真実だから、逃げ場がない。この男が語った白は、善意の白だ。正義の白だ。そしてその正義が──キアンを追い詰める。


 砂塵の中に審問官の姿が消えていく。馬蹄の音が遠ざかり、やがて荒野の静寂だけが残った。


 アナヒドの水の壁が崩れ、水が砂に吸い込まれていく。アナヒドが小さく息を吐いた。水の力を展開した疲弊が顔に出ている。それでも──キアンを振り返る目は、まだ強かった。


「大丈夫ですか」


 白──真実。アナヒドは本当にキアンの安否を案じている。


 キアンは答えなかった。大丈夫だと言えば喉が灼ける。大丈夫ではないと言えば──嘘ではないが、認めたくなかった。


 アタルが静かに言った。


「急ごう。次に来るときは、一人ではない」


 三人は荒野の奥へ歩き出した。審問官の白い正義が、背後から追いかけてくる。


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