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嘘つきは真実を灼く ~七つの聖火と嘘喰いの孤児~  作者: 蒼月よる


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真実の武器

 追手が来た。


 荒野を抜け、巡礼路の裏道に戻った翌朝のことだった。朝靄の中に人影が見えた。五つ。巡礼路の裏道を塞ぐように扇状に展開し、三人の退路を断っている。キアンの真実視が即座にその意図を視た。五人全員の身体に赤い色彩が纏わりついている。殺意ではないが、制圧の意志。確保。排除。「生きて連れ帰る」が主命令だが、「抵抗すれば排除も許可されている」という裏の命令が、赤く灼けていた。


 都市から派遣された武装神官団。鉄の胸当てに聖火の紋章を刻んだ武装。儀式用ではない実戦用の短槍を携えている。聖火殿の防衛部隊──信仰を守る名目で組織された、事実上の武力集団だった。


 アタルが一歩前に出て、杖を地面に突いた。老人の目が追手を見据えている。


「おまえの目は武器にもなる」


 囁くような声だった。キアンは戸惑った。武器。目が武器。戦闘能力は皆無だ。孤児院仕込みの素手の喧嘩と急所打ちでは、武装した神官団には歯が立たない。短槍の間合いに入る前に制圧される。逃げるか。だが退路は塞がれている。


「嘘を視ろ。嘘は意図だ。意図が視えれば、動きが読める」


 アタルの教えが脳裏で組み変わった。嘘を視る力。真実視。嘘は言葉だけではない。身体の動きにも嘘がある。フェイントは嘘だ。陽動は嘘だ。相手が「こう動く」と見せかけて別の動きをする──それは身体の嘘だ。嘘を視ることは、相手の意図を先読みすることになる。


 追手の先頭が前に出た。壮年の神官で、顎に傷跡がある。歴戦の武人の顔だ。


「異端者キアン。神殿都市の聖火殿への冒涜の罪により、拘束する」


 丁重な口調だった。形式を踏んでいる。正規の手続きに基づく拘束命令──だがキアンの真実視は、その言葉の裏を灼いていた。赤い色彩が丁重な口調の裏に蟠っている。


 拘束が目的ではない。排除だ。神殿の秘密を暴いた者を、二度と口を開けないようにすること。丁重な口調は形式であり、実態は暴力による制圧だった。


 キアンの目が追手五人の身体を走査した。真実視を戦闘に応用する──初めての試みだった。集中する。相手の全身を視る。嘘の色彩を読む。


 正面の神官──傷跡の男──が構えを取った。短槍を正眼に構え、前に出る姿勢を示している。だがその構えの中に赤い色彩が見えた。前に出る構えは嘘だ。この男は前に出ない。囮だ。


 左後方の二人が微かに重心を移した。右後方の二人も同様。左右からの挟撃。正面は囮で、本命は側面からの同時突入。


「右から二人、左から一人来る。正面は囮だ」


 キアンが囁いた。声が嗄れているが、アナヒドに届く距離だった。


 アナヒドが銀壺の蓋を開いた。


 水が弧を描いて噴き出した。エワルの水──聖なる泉の水が、銀壺の口から蛇のようにうねりながら空中に展開される。透明な水が朝の光を受けて煌めき、三人の前に薄い膜のように広がった。水の盾。アナヒドの力が水を形に変え、空中に固定している。


 右から突進した神官の短槍が水の壁に突き刺さった。突き刺さり──止まった。水が短槍の穂先を包み込み、勢いを殺している。神官が驚愕の表情で槍を引き抜こうとするが、水が纏わりついて離さない。


「左!」


 キアンの指示が飛んだ。左の神官が短槍を突き出す直前──まだ腕が引かれている段階で、キアンの真実視がその意図を先読みしていた。アナヒドが反応した。水が流れるように形を変え、左からの攻撃に向かって壁を形成する。短槍が水壁に弾かれ、神官がよろめいた。


 正面の囮の男が動いた。囮だとわかっていたが──牽制の突きが来る。キアンの目が赤い色彩の動きを読んだ。上段への突きに見せかけて、足払い。


「足元!」


 アナヒドの水が地面を走り、囮の神官の足元を掬い上げた。男が体勢を崩して転倒する。


 キアンの目とアナヒドの力が連携していた。キアンが意図を先読みし、声で指示を出し、アナヒドの水が防御と反撃を担う。二人が「チーム」として機能した瞬間だった。キアンの声とアナヒドの水。嘘を視る目と、水を操る力。組み合わせとしては奇妙だが、噛み合っていた。キアンが視た嘘──相手の意図──を声にして伝え、アナヒドがそれに応じて水を動かす。即席の連携だったが、呼吸が合っていた。


 アタルは静かに見守っていた。老人は杖を手に三人の背後に立ち、戦闘に介入しなかった。だが一人の神官が背後から迫った時──キアンの真実視が捉える前に、アタルが杖を軽く振って打ち払った。正確で、最小限の動き。老人の動きとは思えない──否、戦いを知り尽くした者の、無駄のない動きだった。打たれた神官が地面に転がり、意識を失った。アタルは表情一つ変えず、杖を元の位置に戻した。


 残りの神官たちが後退した。体勢を立て直そうとしているが、連携を崩されて動揺している。囮が通じない。側面攻撃が読まれる。背後からの奇襲も失敗した。戦術のすべてが先読みされている──その異常さに、追手の指揮官が気づいた。


「撤退だ。この異端者──目が違う」


 追手が引いていく。朝靄の中に人影が溶けていき、巡礼路の裏道が再び静かになった。


 だが代償があった。


 キアンの喉が灼けていた。真実視を戦闘に使った──嘘の意図を先読みし、声に出して指示を飛ばし続けた。通常の真実視よりも遥かに負荷が高い使い方だった。嘘を「視る」だけでなく、視た内容を即座に「声にする」。視ることと語ることの同時処理が、代償を加速させた。


 声が出なくなった。


 喉の奥が灼熱している。嗄れた囁きすら出ない。口を開いても、空気が漏れるだけの無音が続いた。キアンは喉を押さえ、地面に膝をついた。痛みではない。灼熱だ。喉の内側が焼けただれるような感覚。声帯が炎に焼かれているかのような。


 アナヒドが駆け寄った。銀壺の蓋を開き、エワルの水を掌に受けて、キアンの喉に当てた。冷たい水の感触が灼熱を鎮めていく。聖なる泉の水が、代償の灼熱を緩和する。だが完全には消えない。以前は水で冷やせばすぐに声が戻った。今回は──数分経っても声が戻らなかった。


 アナヒドの表情に焦りが浮かんだ。水を追加し、キアンの喉に両手を当てて治癒を続ける。その手が微かに震えている。効いていない──効果が追いついていない。代償の進行が、治癒の力を少しずつ上回り始めている。


 数分が過ぎた。長い数分だった。アナヒドが水を当て続け、キアンが無音の呼吸を繰り返す。やがて──微かに、声が戻った。


「……やれるもんだな」


 嗄れていた。以前の声ではない。戦闘前の嗄れ方とも違う。一段と深い嗄れ方だった。声帯の振動が不完全で、言葉の輪郭がぼやけている。だが言葉にはなった。喉は灼けなかった──嘘ではないから。真実視を戦闘に使えた。アナヒドとの連携が機能した。それは事実だった。


 アナヒドが水で喉を冷やし続けている。キアンの首に触れるアナヒドの指先は冷たく、だがその冷たさの奥に温もりがあった。治癒の力。聖なる泉の水の力。そしてそれとは別の──心配している者の、手の温度。


 キアンは黙ってそれを受け入れた。「ありがとう」と言いたかったが、その言葉に社交辞令の影が混じることを恐れた。本当の感謝なのか、形式的な礼なのか。境界が曖昧だ。だから黙って、アナヒドの治癒を受け入れた。沈黙に嘘は含まれない。


 アタルが少し離れた場所で、追手が去った方角を見つめていた。老人の表情には、最初の戦闘を終えた二人への──静かな評価が浮かんでいた。だがそれ以上に、遠い脅威を見据える目だった。この追手は先遣隊に過ぎない。都市の神殿が派遣した武装神官団。だがアタルが昨夜語った名──ミスラ──の手が届くのは、まだ先だ。まだ、先だ。


 キアンは嗄れた呼吸を繰り返しながら、空を見上げた。朝の光が荒野を照らしている。戦えた。目が武器になった。アナヒドとの連携が機能した。だがその代償に声が嗄れた。力を使えば使うほど、声が消えていく。真実を視る力と引き換えに、真実を語る声が失われていく。逃れようのない構造だった。


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