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嘘つきは真実を灼く ~七つの聖火と嘘喰いの孤児~  作者: 蒼月よる


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四つの視座

 南方への街道を、四人の足音が刻んでいた。


 乾いた土の上に砂塵が薄く積もり、踏むたびに柔らかい音を立てる。キアンは歩きながら、三人の背中を順に視ていた。それぞれが抱えているものの色が、真実視に滲んでいる。


 キアンは善悪の問いを抱え、代償の進行を恐れている。真実視は力を増すほど喉を灼き、嘘をつけなくなっていく。かつては武器であり盾であった嘘が、日に日に手の届かない場所へ遠ざかっていく。その代わりに視界に映る色の解像度は上がり続け、見たくないものまで見える目が重くなっていた。


 アナヒドは力の衰退と巫女としての自分を見失いかけている。キアンの真実視に映る彼女の色は、出会った頃の澄んだ白から灰色に翳りつつあった。歩く姿勢は変わらず凛としているが、その凛とした姿勢を保つために費やされている力の量が──以前とは違うことを、キアンは知っていた。


 スラオシャは橋の罅割れと忠誠の揺らぎに黙り込んでいる。鈴が時折、風もないのに鳴った。聴く者の内面が乱れると、鈴に伝わるのだろうか。キアンにはわからなかったが、その音色がいつもより硬いことだけは耳に残った。


 アタルは──ただ沈黙を守っている。杖を突き、前を向き、老いた足で着実に歩を進めている。その不透明な内面は相変わらず真実視を拒み、色を見せない。何を考えているのか、何を知っているのか、キアンにはまだ測れなかった。


 四人がそれぞれの問いを抱えて歩く街道に、言葉は少なかった。足音だけが乾いた土を踏み、砂塵が微かに舞い上がる。陽光は容赦なく降り注ぎ、影は短く、大地は白っぽく乾いていた。


 景色が変わり始めていた。街道沿いのヴァラの間隔が狭まり、建物は石造りの堅牢なものが増えた。土壁の簡素な家屋が並んでいた北方とは異なり、ここでは切り出した石材を積み上げた壁が街道の両側に連なっている。道は整備され、轍の跡も深い。商隊がひっきりなしに通る証だった。聖火の大神殿がある中央部に近づいているのだ。


 だが各地のヴァラで目にする聖火は、どれも弱々しく揺れていた。石造りの聖火台の上で、炎が萎んでいる。キアンの真実視に映る炎は白いが、その白が薄い。半透明の布越しに光を見るような頼りなさ。かつてはもっと力強く燃えていたのだろう──と、キアンには想像がつく。ヴァラを通り過ぎるたびに、聖火台の前で祈りを捧げる人々の姿があった。彼らの内面に──不安の灰色が滲んでいる。聖火が弱まっていることに、人々は気づいている。気づいていて、目を逸らしている。


 旅先のヴァラで足を止めた。水を補充し、食料を買い足す。石壁に囲まれた広場の一角に市場があり、天幕の下に旅商人たちが品を並べている。乾燥した肉の匂いと香辛料の刺激的な香りが混じり合い、人々の声が低くざわめいていた。


 旅商人たちが声を潜めて囁き合っていた。キアンは水袋を肩にかけながら、その会話を耳にした。


「聞いたか。アメシャ・スプンタの間で意見が割れているらしい」


「ミスラ様は聖火の消滅に対して、かなり強硬な態度を取っているとか」


 キアンの真実視が、旅商人の言葉を視た。灰色だった。確認されていない噂──完全な嘘ではないが、真偽の定まらない不確かな情報。灰色の霧のような色が、商人たちの口元から立ち上っている。人から人へ伝わるうちに、真実と虚偽が入り混じったのだろう。噂というものは、そういうものだ。核には何かしらの事実がある。だがその周囲に推測と願望と恐怖が纏わりつき、原形を留めなくなる。


 キアンは視線を外した。噂の真偽は今のところどうでもいい。だが、この世界が不安定になっていることだけは確かだった。聖火が弱まり、人々の不安が増し、上層部の意見が割れている。灰色の色が──世界全体を薄く覆い始めている。


 スラオシャの表情が曇っていた。橋の守護者として、上層部の不和は無視できない。鈴が微かに──不安げに鳴った。小さな金属の音が、市場の喧騒の中を縫うように響き、キアンの耳に届いた。スラオシャは何も言わなかったが、その顔に浮かぶ翳りが全てを語っていた。


 アナヒドが水瓶を外套の下に抱え直した。市場の人々の感情が流れ込んでくるのだろう、その目に微かな疲弊が見えた。人混みを避けるように広場の端を歩き、石壁に背をつけて息をつく。キアンはそれを横目で見ながら、買い足した干し肉を旅嚢に詰めた。


 その日の夕刻、街道の先に巨大な影が浮かび上がった。


 陽が西に傾き、空が赤銅色に染まり始めた頃だった。街道は緩やかな丘を越え、その頂上から南方の景色が一望できた。乾いた大地が地平線まで広がり、その先に──影がある。


 アタルが足を止めた。杖を地面に突き、皺だらけの目を細めて南の地平線を見据えた。風が白い髭を揺らし、老いた体の輪郭が夕陽に赤く縁取られた。


「この先にアタシュ・バフラーム──最高火神殿(アタシュ・バフラーム)がある。ミスラがいる場所じゃ」


 キアンが問う。


「なぜそこに行く?」


 声は嗄れていた。代償で灼けた喉から出る声は、乾いた砂利を転がすような音だった。だが問いの鋭さは失われていない。


 アタルは杖を握り直し、南の地平線を見据えた。枯れた声に、何かしらの決意が滲んでいた。


「おまえの力を──知るべき者がいる。そして知られるべき時が来ている」


 スラオシャが言い添えた。


「橋のことも──ミスラに報告しなければなりません」


 その声は穏やかだったが、どこか覚悟を含んでいた。橋の守護者として、罅割れの事実を報告する義務がある。だがミスラの前に立つことは──スラオシャにとっても、容易なことではないのだろう。


 キアンは目を細めた。南方の空は乾いた青で、地平線の際に巨大な建築物の影が揺らめいている。陽炎のせいで輪郭が曖昧だが、石造の塔が天を衝くように聳えているのがわかった。幾重にも重なる石壁と、その中心に立つ塔。遠目にも、これまで見てきたどのヴァラとも規模が違うことが見て取れた。


 塔の頂上に、炎が見えた。


 夕陽の赤とは異なる光。聖火だ。遠くからでも見えるほど大きな聖火が、塔の頂で燃えている。キアンの真実視がその炎を捉える。白い光。だが不安定に揺れている。風のせいではない。炎そのものが──迷っているように見えた。強さと弱さの間を行き来するように、白い光が明滅を繰り返している。


 アナヒドが隣で水瓶を握りしめていた。スラオシャの鈴が、微かに鳴り続けている。アタルの目は──遠い場所を見つめていた。遠い場所か、あるいは遠い時間か。この老人の眼差しには、いつも今とは異なる何かが映っている。


 南方の地平線に、最高火神殿(アタシュ・バフラーム)の影が浮かんでいる。石造の塔の頂上に──聖火が燃えている。その炎は──キアンの真実視に、白く、だが不安定に揺れている。


 四人の足が、南を向いた。


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