第十六話: ウルセーうちん○ 【後編】
もしかするとこの物語は、15歳未満の読者にはあまり適していないかもしれません。
無規制の暴言や過激な描写、いわゆる大人向けの内容が含まれているわけではありませんが、テーマが少し……なんと言えばいいでしょうか……重たい、というか、含みのあるものかもしれません。
まあ、とにかく、15歳未満の方はおそらく楽しめないと思います。
(とはいえ、15歳以上であれば必ず楽しめる、という保証もありませんが。
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未遥ちゃん、豊ちゃん
元気にしていますか。
公衆電話で急いで話したとおりですが、前のスマートフォンが壊れてしまいました。新しいものを買うには、もう少しお金を貯める必要があります。それに、インターネットカフェのパソコンでアカウントにログインするのも、あまり安心できません。
私はしばらく神戸に滞在しています。三宮駅近くのファミレスでアルバイトをしています。
南京町の中秋節は本当に楽しかったです。カメラがなく記録できなかったのは残念でしたが、中国獅子舞の動画ならインターネットにたくさんありますしね。
月餅を食べ過ぎたツケはしばらく続きそうです。
心配しないでください。食べ過ぎでお腹を壊した、という話ではありません。ただの勘違いでした。
南京町のにぎわいを眺めていたところ、中国人のおじいさんが「タダだよ」と声をかけてきました。私は屋台の月餅が無料だと思い何個も食べてしまいましたが、実際に無料だったのは入場だけでした。
そのとき私は文無しでした。話し合いの末、この前書いたファミレス――実はあのおじいさんの店で――働くことになりました。
月餅代はお給料から少しずつ差し引かれています。
(もし私が迷信を信じるタイプだったなら、月餅はやはり幸運を呼ぶのだと言っただろう。店主の義理の娘の一人が、たまたま出版社に勤めていた。旅の話をしているうちに興味を持ってくれて、旅のレポートを書いて送ってほしいと言われた。出版する価値があるかもしれない、と彼女は言っていた。)
南京町は横浜中華街の三分の一ほどの規模ですが、それでも十分魅力的な場所でした。
オタク街も池袋ほど人は多くないので、ゆっくり店を見て回れます。その代わり、品ぞろえは少し控えめでした。それでも十分楽しめました。
もっとも、私は見るだけですが。今はお金を貯めないといけませんから。
でも、小芳ちゃんへの安いお土産くらいなら買えそうです。未遥ちゃんと豊ちゃんの分も欲しかったら、インスタグラムに書き込んでください。インターネットカフェから確認します。
神戸には、もう一つ見どころがあります。それはアニメ『フェイント』の舞台・吹雪シティのモデルとなった場所を巡るオタク巡礼です。
場所そのものも魅力的ですが、それ以上に印象的だったのは、「本物」の場所を訪れたことに目を輝かせる人々の姿でした。世界中から多くのファンが集まり、お気に入りのキャラクターのコスプレで巡礼を楽しむ人も少なくありません。
とても心温まる光景でした。
(豊ちゃん、『フェイント』は生まれる前の作品だから、知らないかもしれないね。未遥お姉さんに聞いてみるといいよ。……未遥ちゃん、別に年寄りだって言ってるわけじゃないからね。)
新しいスマートフォンを買うまでは、ときどき公衆電話から連絡します。
二人とも、お元気で。
撫子より
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「ハロー、みなさん! ロザ・グローサー・フリーデンです。『奥の細道』紀行へようこそ!おひさ!ようやくスマホの修理が終わり、毎日の動画投稿と週一回のライブ配信を再開できるようになりました。本日のゲストは高木先生です。本日はご出演ありがとうございます」
「こちらこそ、フリーデンさん。ご覧の皆さんもありがとうございます。今日は楽しい時間を過ごせればと思います」
「さて、私たちの後ろにはお寺が見えていますね。あれは何というお寺でしょうか、高木先生?」
「いい質問ですね、フリーデンさん。あれは霊山寺です」
「霊山寺! そう、皆さん。私たちは今、四国に来ています。正確には徳島県鳴門市です。――ところで、どうして私たちはここに来ているのでしょうか、高木先生?」
「その前に、こちらをどうぞ」
「白い上着……?」
「その通りです。白衣といいます。それから笠。そして杖――正確には金剛杖です」
「おお、ありがとうございます……。これ、全部私に?」
「ええ」
「でも、どうして?」
「お遍路にお誘いしようと思いまして」
「ありがとうございます――って、ちょっと待ってください。今、四国八十八箇所を全部回れとおっしゃるんですか?」
「その通りです」
「徒歩で?」
「タクシーでも可です」
「ちなみに、その巡礼路ってどれくらいの距離なんですか?」
「およそ千二百キロです」
「うーん……その距離をタクシーで回る資金は、さすがに厳しい気がします」
「バスもありますよ」
「それでも厳しいですね」
「自転車という手もありますが……」
「うーん……」
「それなら仕方ありませんね。徒歩の旅になります」
「ちなみに、高木先生もご一緒してくださるんですか?」
「いえ。私は大窪寺でお待ちしています。結願証をお渡しし、旅の証として金剛杖をお預かりする役目ですので」
「なるほど。どうやら逃げ道はなさそうですね。では、高木先生。三ヶ月後にお会いしましょう」
「道中のご無事を祈っています」
「ありがとうございます。そして皆さんも、ご視聴ありがとうございました!巡礼の各行程ごとに、新しい動画を投稿する予定です。チュッシー!」
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私は関門トンネルの人道、その中ほど――海面下約六十メートルを歩いていた。
目の前、床に引かれた白線がある。下関市と北九州市、山口県と福岡県、本州と九州――その境界線だった。
頭上には車道トンネルを行き交う車。そのさらに上に関門海峡の海、そして関門橋が架かっている。
けれど、そのどれの音も聞こえなかった。
聞こえるのは、自分の足音がトンネルに反響する音と、行き交うわずかな人の気配だけ。
そして、反対側から自転車を押して歩いてくる年配夫婦の、自転車フリーホイールのかすかなカチカチという音だけだった。
突然、そのカチカチ音の片方が止まった。自転車を押していたおばあさんがバランスを崩し、倒れまいと必死にもがいていた。
私は駆け寄った。だが、おじいさんのほうが自転車を押したまま先に駆け出した。おじいさんはおばあさんを支え、転倒は免れた。
その代わり、押していた自転車が私にぶつかり、私は勢いよく尻もちをついた。
「いててて……」
「す……すみません」
おじいさんは慌てて頭を下げた。
「大丈夫ですよ」
私はそう言い立ち上がり、お尻のほこりを払った。
そのときだった。
ふわりと、おいしそうな香りが鼻をくすぐる。
「ぐぅぅ……」
私のお腹が正直に鳴く。
「あら、ほかほかの豚まんはいかが?」
おばあさんは荷台の配達用保温箱を開けながら言った。
「えっ? 本当にいただいていいんですか?」
「ええ。ただ……」
「タダで?」
私は叫ぶなり豚まんを一つつかみ、かぶりついた。
「……ただ、お値引きは一割までです。三百五十円を三百十五円にします。もっと安くできればいいんですけど……チャリティー募金ですので、ご協力をお願いします」
そして、そう。私は文無しだった。
その老夫婦の募金活動を手伝うボランティアが一人増えた。
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「『これより先は警戒区域です。火山ガス及び崩落等の――』
そう書かれた立て札がある。日本語と英語で注意書きが記され、立ち入り禁止は韓国語と中国語でも示されている。
だが、私が後を追う一行は、その警告をものともしていない。
読めないからではない。
彼らは日米韓中の火山学者による国際共同研究チームで、雲仙岳を構成する二十余りの峰の一つ、現在も活動する火山へ向かっているのだ。
標高一四八六メートル。
平成新山は、現在の雲仙ユネスコ世界ジオパーク、そして島原半島の最高峰である。
その名のとおり、平成に誕生した新しい山だ。形成は平成七年。きっかけは、一九九〇年に普賢岳で始まり、一九九六年まで続いた一連の噴火活動だった。
この噴火は、前回この火山群が見せた猛威――一七九二年、山体崩壊と津波で一万五千人以上が犠牲となった災害――ほど壊滅的ではなかった。
それでも、大きな犠牲を伴った。
火山灰や岩塊、高温火山ガスが高速で斜面を流れ下る「火砕流」により、数十人が命を落とした。
犠牲者には住民だけでなく、火山を調査していた研究者や、噴火を取材していた報道関係者も含まれていた。
平成の大噴火は、災害を目撃した人々だけでなく、その後に生まれた世代の記憶にも深く刻まれている。
現在も火山灰に埋もれた○屋が残り、「がまだすドーム」の雲仙岳災害記念館では、写真や映像、ジオラマに加え、火山灰中の避難体験展示などを通して当時の災害を学べる。
展示室の一角には、現地で犠牲となった報道関係者が使っていた、火砕流の熱で焼け焦げた撮影用カメラも展示されていた――」
そこで私は、募金活動を手伝ったお礼に、あの関門トンネルで出会ったおばあさんから譲ってもらったタブレットへの入力を止めた。
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長崎の冬の冷たい風に、私は思わず身を震わせた。
「はい、どうぞ」
そう言って、若い男性が温かい缶コーヒーを差し出してくれた。
「ありがとうございます」
私は礼を言った。
「そろそろ居酒屋が開く時間ですし、あそこは人気店ですから……」
男性と一緒にいた若い女性が付け加えた。
二人は、島原で私が同行していた調査グループの一員、長崎大学環境科学部の崎島先生と長広先生だった。
「はい」
私はそう答え、タブレットの電源を切り、鞄にしまった。
道中、平和祈念像の前を通りかかった。
夕暮れの黄金色の空を背に、ライトアップされた巨大な像は、右手を天へ掲げ、左手を水平に伸ばしていた。
その姿は、不吉さを漂わせつつも同時に希望を感じさせた。
まるで右手で天から降りかかる脅威を示し、左手で私たちを守りながら、進むべき道を指し示しているかのようだった。
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長広先生によれば、私を襲っていた吐き気の原因は、ここからおよそ四千五百キロ離れた場所――シベリアにあったという。
冬の長い夜になると、地表は宇宙へ熱を放射し、空気は冷やされる。冷えた空気は収縮して重くなり、気圧が上がる。その一部が沖縄へ向かって流れ出す。
途中、中国南部の海上を渡る間に水蒸気を取り込み、いくらか暖められ、冬の季節風となってやって来る。
そのため冬の沖縄は曇りや雨が多くなるだけでなく、絶え間なく吹く風が波を高くする。
その結果、私が乗っていたフェリーは、鹿児島出港以来ずっと揺れ続けていた。
「大丈夫です。船酔いなんてめったにしません。函館―青森のフェリーも楽勝でしたし」
鹿児島港で別れ際、私は嘘をついた。……いや、長広先生の心配を和らげようとしただけだった。
先生は酔い止めを買うよう勧めてくれていた。もし医学の先生だったら、私は素直に従っていたかもしれない。
……私のミスだった。かなり重大なミスだった。
今の私は、文字どおり内臓で地球の営みとつながっていた。
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船内の売店には酔い止めがあった。だが、調査補助員として貯めた金は尽きかけ、手元には六百円しかない。酔い止め一箱か、タバコ一箱か――買えるのはどちらか一つだけ。だから結局、酔い止めを買う余裕はなかった。
それでも三十時間以上船に揺られ、那覇港に着く頃にはようやく気分がよくなってきた。
だが、下船した途端、今度は陸酔いに襲われ、私は二日間ほとんど役立たずになった。
宿へ向かう道中も、宿の中を部屋へ向かう間も、目に映るものすべてが琉球舞踊でも踊っているかのように揺れていた。
体調が回復すると、私は少し街を歩くことにした。
シベリアからの寒気が流れ込んでいるとはいえ、日本の冬としては比較的暖かい。地図アプリによれば、ここから赤道まではおよそ三千キロだ。そう考えれば納得だった。
最初の印象は、本土にもありそうな中規模の地方都市だった。ThEROゲーセンもあれば、ミネビタの軽食店もある。マクロナルドもスターボックスもある。そして昼休みになると、黒いスーツ姿のサラリーマンたちがオフィスビルから次々と出てきて、飲食店へ向かっていた。
それでも、ここがまぎれもなく那覇であることは明らかだった。
シーサーが、あちこちにある……いや、いる。石彫り、木彫り、焼き物、コンクリート、プラスチック、鉄製――。描かれ、刻まれ、刺繍され……。
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「ハロー、みなさん! ロザ・グローサー・フリーデンです。『奥の細道』紀行へようこそ! 本日のゲストは伊波先生です。本日はお時間をいただき、ありがとうございます」
「こんにちは。伊波琉那です。本日はよろしくお願いします」
「わあ! 見てください、ジンベエザメです……! お魚もいっぱい! 伊波先生、私たち、海の中にいるんですか?」
「そう感じられても不思議ではありません。ここは沖縄美ら海水族館です」
「そうです、みなさん! ここは沖縄・本部です! さて、伊波先生、今日は何を見せてくださるんですか?」
「こちらの水槽をご覧ください。何が見えますか?」
「ヤドカリが貝殻にイソギンチャクをつけています」
「そのとおりです。では、隣の水槽は?」
「こちらも、貝殻にイソギンチャクをつけたヤドカリです」
「そうですね。では、そのイソギンチャクの違いは分かりますか?」
「ここから見る限りでは、とてもよく似ています」
「もう少し近くで見てみてください」
「うーん……あ、この子には小さな斑点があります」
「そのとおりです。実は別種のイソギンチャクなんです」
「本当ですか? 同じ種類の個体差ではないんですか? 人間にも背の高い人や低い人、黒髪の人や金髪の人がいますよね?」
「いい質問です。実際、最近まではそう考えられていました。正式には一つの種の二亜種として扱われていたんです。しかし現在では、別々の種だと考えられています」
「それって、そんなに大事なことなんですか?」
「ええ、とても大事です」
「例えば?」
「もし同じ種だと思っていれば、一方が絶滅しても『もう一方がいる』と考えてしまいます。しかし別種なら、一方が消えた時点で、一つの種そのものが絶滅したことになります。そして今、まさにその危険が起きつつあります。化石燃料の燃焼で大気中の二酸化炭素が増え、海水温の上昇と海洋酸性化が進んでいます。こちらの種は、あちらの種よりその影響を受けやすいんです」
「でも、同じ種か別種かって、結局は人間が決めることじゃないんですか?」
「確かに、ある程度はそういう側面もあります。しかし、その判断には明確な根拠があります。両者は交配しても、繁殖できる子孫を残せないんです。たとえるなら、お互いに通じない二つの言語のようなものですね」
「なるほど、分かりました。それでは伊波先生、本日はどうもありがとうございました。みなさんも、ご視聴ありがとうございました! 次回の目的地は八重山諸島・石垣島です。長い旅も、いよいよ終盤です。それではまた! チュッシー!」
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敵の敵は、味方とは限らない
大和撫子(フリーランス/マイアサ新聞)
「見た目はとてもかわいらしいでしょう?」
そう語るのは、沖縄高専生物研究学科の比嘉うみこ教授だ。
だが、その愛らしさは見かけだけだという。
「実際には、この体長約五十センチの毛むくじゃらの動物は、琉球列島でさまざまな問題を引き起こしています」
問題は沖縄だけにとどまらない。各地で地域固有の害獣や外来種の駆除を目的に導入された結果、世界各地で生態系への悪影響が報告されている。フイリマングース――学名 Urva auropunctata である。
比嘉教授は、外来種が生態系へ及ぼす影響や、それに対する在来種の進化的応答を研究している。沖縄本島北部のやんばるの森でわなを用いてマングースを捕獲し、胃内容物、正確にはその残骸に含まれる遺伝子を解析している。DNAを調べることで捕食された生物種を特定し、時期ごとの遺伝的特徴の変化を比較している。
琉球列島におけるマングースの歴史は比較的古い。
一九一〇年、沖縄本島の那覇市と西原町で約十二頭が放たれた。目的は毒蛇ハブと農業害獣であるクマネズミの駆除だった。その後、一九七九年には奄美大島の名瀬にも三十頭が導入された。
しかし二十年ほどで個体数は約百倍に増加した一方、ハブやクマネズミの個体数にはほとんど影響を与えなかった。ハブやネズミは夜行性であるのに対し、マングースは昼行性であり、両者が遭遇する機会が少なかったためと考えられている。
その代わり、マングースは在来の小動物を捕食するようになった。無脊椎動物、両生類、爬虫類、小型哺乳類、そして鳥類。中でも、やんばる地域にのみ生息する固有種・ヤンバルクイナは大きな影響を受けた。
一九九〇年代後半になってようやく政府は、琉球列島固有の生物多様性への深刻な脅威を認識し、マングース根絶の可能性を検討するための調査委員会を設置した。
被害は野生生物だけではない。サトイモやサツマイモなどの農作物や養鶏にも被害を及ぼし、地域経済にも直接的な損失を与えている。
二〇〇四年、フイリマングースは「特定外来生物による生態系等に係る被害の防止に関する法律」に基づく特定外来生物に指定された。法律施行後の二〇〇五年以降、奄美大島では三万基を超える捕獲わなが設置され、二〇一八年以降は捕獲例も自動撮影カメラによる確認もなくなった。そして二〇二四年、環境省は奄美大島でのフイリマングース根絶を宣言した。
一方、沖縄本島では依然として根絶の見通しは立っていない。
比嘉教授らの研究は、その状況を変える手がかりになるかもしれない。
「捕獲データを解析することで、マングースの空間分布を把握し、どこに重点的にわなを設置すべきかを示せるだけでなく、個体群の変動も明らかになり、設置時期の最適化にも役立つと期待しています」
サンプルを積み込み研究室へ戻ろうと教授のワゴン車へ向かう途中、私たちはデモ隊に行く手を阻まれた。
冬とは思えない暑さの沖縄。それでも、やんばる国立公園内で進められるアメリカ軍施設の拡張に反対する人々の抗議は続いていた。
そして、その暑さはマングースの活動も鈍らせなかった。
十二月から二月の平均気温が十五〜二十度程度という亜熱帯気候は、イラクからインド北部にかけての河畔林を原産とするフイリマングースにとっても極めて過ごしやすい環境なのである。
沖縄の人々を助けるために導入された動物が、結果として沖縄の固有種を捕食する存在となった。
それは、この島が抱える、皮肉で、そして悲しい現実の一つだった。
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「わあ、もうすぐ春分の日ですねえ!」と、本屋の店主が声を上げた。
「春分の日? ……あ、もう三月半ばなんだ……」
そして、私は凍りついた。
「しまった! 静岡プラモ・フェア、すっかり忘れてた!」
店主には、こんなふうに急に店を飛び出したことを、あとでちゃんと謝らないと。
六時間の夜行バスなんて楽勝だった。本当に大変だったのは、プラフェアでのセンコーのブース前にできた長蛇の列だった。
新作色違い『スーパー超次元弾幕・メガロボ』のプラモデルを手に入れようと、何百人もの人が押し合いへし合いしている。けれど、私の目的はそこではなかった。
センコーのブースのさらに奥、アーティストアレイ。個人ディーラーたちが、自作の模型を並べている小さな一角だった。
三Dプリンターの使用が禁止されているわけではない。それでも彼らは誇りゆえに、手工具だけで精巧な作品を作り上げていた。イベントのスポンサーでもある版権元も、その場限りの少数生産を認めている。
問題は、そのアーティストアレイへ行く通路が、センコーのブースへ殺到する人波に完全に塞がれていたことだった。
「あ、あの……」
もう一人の女性が声をかけようとしたが、その声はかき消され、相手には届かなかった。
彼女は『弾幕メガロボ』のリン・マリマリの豪華なコスプレ衣装を身にまとっていた。
すると、人混みの中の男が声をかけた。
「じゃあさ、一緒に写真撮ってくれたら通してあげるよ」
彼女はためらいながらもうなずいた。
だが、自撮りしている最中、男はもう片方の手でもう一台のスマートフォンを取り出し、彼女のスカートの下へ差し入れようとした。
私はあたりを見回した。誰も気づいていない。声を上げようとしたが、騒がしい会場では誰の耳にも届かなかった。
「ちょ……ちょっと」と震える声で、私は言った。
「ん? お姉ちゃんも俺と写真撮りたいの?」と、男がにやつきながら言う。
「その子を離してください!」と、私は勇気を振り絞って叫んだ。
「へえ? この子、自分から来たんだけど?」
男は凄みのある声で言い返した。
私は、彼がスカートの下へ向けていたスマートフォンをつかんだ。男は激昂し、そのまま私へ突進してきた。
私は思わず目を閉じた。そして、恐る恐る目を開けると――
男は両手で喉を押さえ、床の上でもがいていた。私の右腕は前へまっすぐ伸び、手刀の形のまま、わずかに上を向いていた。
騒ぎが大きくなり始めたその時、彼女は私の手をつかみ、人の少ない隅へ引っ張っていった。
「あ……ありがとうございました……。これ、助けてくださったお礼です。受け取ってください」
そう言うと、彼女は混乱の中の人波の隙間をすり抜け、そのままアーティストアレイのほうへ走っていった。
私の手には、彼女が自ら制作した、一点物の高品質な『キャンディ・ハニー』のフィギュアが残されていた。
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『日月や タビを住み家に 今日もまた』
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「ただいま……」
そう言ったが、返事はなかった。
玄関には靴が一足あった。しかし、それは明らかに未遥ちゃんのものではない。大きさは豊ちゃんに合いそうだったが、あの子が履きそうなデザインではなかった。
リビングにも、キッチンにも、風呂にも、トイレにも人の気配はなかった。
私は二階へ向かった。
段ボール箱の一つが開いて、中身が床に散らばっていた。
金色のハンマー型キーホルダー、ウミガメ型の照明、癸卯のお守り、穴だらけの甲虫学の本、ビーエル・ブチネコの漫画本、0Z/ジパングのチケット、倫理的畜産のパンフレット、ピンクフレイムの衣装、乾燥した松葉、スーパー銭湯の『ダム』タオル、瀬戸内先生の名刺、セーラーキュア・ロジィのバーチャル写真のプリント。
ガラクタと見られるのも、無理はない。だが、私にとってはどれも宝物だった。
「なんでミキちゃんが私の部屋で寝てるんだ……」
そう思った瞬間、誰かが玄関から入ってくる音がした。
続いて、階段を駆け上がる激しい足音。
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私は部屋を出たところで、誰かに飛びかかられ、そのまま床に押し倒された。
「おかえりなさい!」と、豊ちゃんが、私に抱きつきながら叫んでいた。
未遥ちゃんは、豊ちゃんに続いて階段に姿を見せた。
「撫子、明日帰ってくるものだと思ってたよ。どうして早く帰るって教えてくれなかったの?」
「メールしたよ……」
「届いてないけど?」
「そんなはず……」
私はスマホを取り出した。
しまった。ロザ・グローサー・フリーデン名義のメールアドレスから送っていた。迷惑メールに振り分けられたに違いない。
「LINEを使えばよかったのに、撫子お姉さま」
「アプリは消しちゃった。ミキちゃんがスタンプばっかり送りつけてきて、うるさくて仕方なかったから。それより、なんでミキちゃんが私のベッドで寝てたの?」
「豊ちゃんの勉強を見てあげてたの」
「いや、それじゃ私のベッドで寝てた理由にはなってないけど……」
「とにかく、何か食べるものを用意するね。お腹ぺこぺこでしょう?」
「ありがとう、未遥ちゃん。それと、豊ちゃん、そろそろ降りてもらってもいいかな?」
ところが、豊ちゃんは離れるどころか、私の匂いをくんくん嗅ぎ始めた。
「私は先にお風呂を準備しますね、撫子お姉さま」
ようやく立ち上がった、その瞬間だった。
今度はミキちゃんが勢いよく飛びついてきて、私は再び床へ倒された。
「おかえりなさい!」
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風呂から上がって食堂に入ると、さらに二人増えていた。ルナちゃんとカオルちゃんだ。
「おかえり!」と、二人が声を揃えた。
私がテーブルに着こうとした瞬間、またしても床に押し倒された。
「私のお土産は?」と、小芳ちゃんが言った。
「はいはい、お土産はちゃんとたくさん買ってあるよ。私の部屋に置いてある。とりあえず、その前に何か食べよう……」
だが、私が言い終えるより早く、小芳ちゃんは二階へと駆け上がっていった。
私が席に着くと、
「じゃじゃーん! 撫子の大好物、秋田県立男鹿海洋高等学校製造・サバ缶セット! ショウガもちょっと足しておいたから。さあ、召し上がれ! 豊ちゃんがたくさん持ってきてくれたんだよ」
未遥ちゃんが得意げに言った。
「フリーデンの衣装、本当に似合ってるよね。瀬戸内先生に、今度は私たちのエ・フレイムの新しい衣装も作ってもらおうかな」と、ルナちゃんが言った。
「やめときなよ……。あの衣装は、先生が宣伝になるならって無償で作ってくれたんだから。誕生日会のショー程度じゃ、見返りになるほどの宣伝にはならないと思うよ……」
ルナちゃんとカオルちゃんは、そろって残念そうな顔をした。一方のミキちゃんはというと、ショウガ入りのサバ缶を頬張ることに夢中で、話なんてまるで聞いていなかった。
「ねえ、撫子ちゃん。豊ちゃんから聞いたんだけど、あなたの家って武士の家系なんだって? どうして今まで教えてくれなかったの?」と、カオルちゃんが尋ねた。
「いや、まず武士の子孫って、そんなに珍しいものでもないよ。江戸時代には人口の一割くらいが武士だったっていうし、三千万人のうち約三百万人。仮に一人平均二人ずつ子供がいて、その子供もまた二人ずつ子供を持ったとすると……二百年、十世代も経てば武士の子孫は三十億人。今の日本の人口の三十倍にもなる計算だからね」
私は、いつだったかブログで読んだ話をそのまま口にした。正直、その話が何を言いたいのか、私はいまひとつ分かっていなかった。でも、「武士の子孫なんて案外珍しくない」という説明としては、悪くない理屈だった。
「それにね、親戚の中にも『うちの先祖は武士だった』って言う人もいれば、『実際は家臣というより従者だったんじゃないか』って言う人もいるし、『武士の庇護を受けていた農民だった』って説まである。さらに、一部の傍系子孫の間には、自らを又鬼の末裔とする者もいるらしい。もともとの苗字は大輪だったらしいんだ。それが途中で大和に変わって、さらに読みだけが大和になったとか。一度、自分でも調べようとしたことはあるんだけどね。青森空襲で戸籍が焼失してしまっていて、それ以上はたどれなかったんだ。ね、つまらないでしょう?」
「まあ、私は武士説のほうが好きかな。もし本当だったら、私は撫子の眷属ってことになるし」
未遥ちゃんは何でもないことのように言った。
「――いや、私たち、か」
そう言って、すぐに言い直した。
部屋に沈黙が流れた。
階段を駆け上がる足音が響いたかと思うと、小芳ちゃんが『女性力士』の足袋姿で食堂に現れた。
「『バン=キジン』ありがとう、ママ……撫子お姉ちゃん!」
そう叫ぶなり、私に抱きついてきた。
「えー、プレゼントもらえたの小芳ちゃんだけなの……」サバを頬張る手を止めることなく、ミキちゃんが口を挟んだ。
私が何か言うより先に、小芳ちゃんは私がみんなのために買ってきた足袋を配り始めた。
「あっ、私のも青だった。それに『グリーンフレイム』のスタンプまで付いてた」と、カオルちゃんが言った。
「私のもだったよ」
ルナちゃんも、『レッドフレイム』のスタンプを指さしながらうなずいた。
「あ、この猫、ビーちゃんにそっくりだった!」
青い足袋を履きながら、未遥ちゃんが声を上げた。
「ビーちゃんって誰?」と、小芳ちゃんが首をかしげた。
「……長い話なんだ」と、私は答えた。
「ママ……というか、撫子お姉ちゃん、ちょっと日焼けしてる。沖縄のおひさまって本当に強いね……冬なのに」と、小芳ちゃんが言った。
「重要作業に没頭してて、そのまま直射日光の下にいた時間をちょっと誇張しちゃったんだよ」
「撫子ちゃん、日光浴中に寝るのは“重要作業”とは言わないよ」
カオルちゃんが、小芳ちゃんにウインクしながら言った。
「あっ、そうだ。今朝、出版社から撫子の本の見本が届いてたよ」と、未遥ちゃんが言った。
「信じられる? 私、自分の原稿の校正済みの版を読むの、これが初めてなんだよ。旅の準備や動画制作で手一杯になると思ってたから、編集は全部お任せすると伝えて、元の原稿データを送ったんだ。編集作業に付き合ってる余裕なんてないだろうと思ってね……。
……しまった!」
「どうしたの?」
「旅行記の原稿じゃなくて、別の原稿を送っちゃったみたい」
「見せて、見せて!」
彼女たちが一斉に声を上げた。
そして、これがその文章だった……
15 終章
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私の名前は大和撫子、28歳。小説○です。
…いや、少なくとも自分では小説○だと思い込んでいます。 まだ一章も発表していないのですが。
……
おわり




