アフターストーリー(2/4): 春休み
遥は五百円玉をポケットに突っ込み、家の鍵を閉めて自転車に跨った。
昼は昨晩の残りかインスタントで十分なのだが、たまにはと、母に昼食代をもらった。
最近、洗濯物を干すとき以外、外の空気を吸うことがない。久しぶりに外に出た。
柔らかな日差しの中、どこからかトンビの鳴き声が聞こえてくる。山にはまばらに桜色が見られ、遥は季節を感じた。
近くの地元密着型スーパーに着き、自転車を停める。店内に入り、遥は名物パンコーナー「ベーカリーひゃっきん」に向かった。名前の通り、約三十種のパンが100円(+税)であり、お買い得だ。
トレーとトングをとり、パンを選ぶ。「照りマヨチーズパン」と「白身魚フライとタルタルソースのバーガー」をトレーに移した。もう一つ、甘い系もほしいなと思ったときに、春期限定という商品札が目に留まる。
まぶされた白ごまの隙間から薄い桃色が見えている、「さくらゴマだんご」。
柔らかな緑色の生地の表面がほんのり茶色に焼けていて、小さな切れ目からあんこが覗いている、「よもぎあんぱん」。
……これは迷う。
「ハル、俺と分ける?」
「うわあ!」
隣を見ると、見慣れた顔があった。
「ナツか、びびった、まじでびびった」
「いやーすげー真剣に選んでるなと思って」
那継のトレーを見ると、すでに「おいもディニッシュ」と「さくさくメロンパン」が載っている。しかもカゴの中には牛乳と市販のカステラが入っている。こいつ、甘党だったのか、などと思っているうちに、那継は自分のトレーにさくらゴマだんご、遥のトレーによもぎあんぱんをすいすい載せた。
「ハルはもう買うものない?」
「うん」
「俺ん家来る? 今誰もいないんだけど」
「あ、じゃあ。そうする」
急な流れに戸惑いつつも、会計を終え、遥は那継に続いてスーパーを出た。
那継と話すのは高校の合格発表以来である。そして那継の家にお邪魔するのは初めてだ。
スーパーの前の、比較的幅の広い道路を進んでいく。途中で脇道に入ると、途端に両脇が田畑になった。
「あ、そういえば」
ちらちら那継のほうを見ながら遥はペダルを漕ぐ。
「俺、付き合った」
「……うええええええええしゃあ!」
「うるさいうるさい」
周りに田畑しかなかったからいいものの、近所迷惑になりそうな声量だった。
「いや~そっか~そっか~どっちが告ったんだ」
あれはどうなるんだろう、一応、俺、なのか?
「俺」
「え? 行動力ゼロのハルが? 見直したぞ」
「それは困る」
口が滑っただけなので。
那継は、「?」という顔をしたが、すぐに「そっか~」と嬉しそうに独りごちている。
遥が片想いのときも誰にも話さなかったから大丈夫だと思うが、一応「人に言うなよ」と釘を刺した。
そうこうしているうちに、那継の家に着く。集合住宅の一つだった。
家の中に入り、ダイニングに通してもらう。
さっそく買ってきたパンを齧る。
「いや~春休みは時間あるね~」
「うん」
「ハルは高校でもバスケするの?」
「んーまだ分からない」
バスケは、父が中学でもやったら、と言ったから、やっていただけにすぎない。別にバスケは嫌いではないし、シュートが安定しているということで試合にもよく出してもらえて楽しかった。でも、引退してからバスケをやりたいと思ったことはない。自分がバスケが好きなのか、よくわからない。
「ナツはサッカー続けるの」
「そのつもり。俺ぁサッカー好きだから」
それからたわいもない会話をして、パンを食べ終えた。
玄関まで那継が見送ってくれる。
「よかった、ちょうど誰かに会いたいな~と思っていたところだったから。今日会ってなかったら明日にでもハルに連絡しようと思ってたもん」
「俺……なんだ」
遥はいろいろな人によく話しかけてもらっていて、学校や部活で話す人はいるが、プライベートで会う人はいない。それに対し、那継は交友関係が広い。サッカー部の人たちとよくつるんでいるし、クラスではもっと賑やかな人とも仲が良かった。
「いや、なんか、ナツは友達多いから」
どうして俺と仲良くしてくれるんだ、という言葉を飲み込んだが、那継には伝わったようだ。
「ハルは、大人だからな。俺は大人な人と一緒にいたい」
「……俺はまだまだ子どもだぞ」
「ははははっ、そういうところだぞ、ハル」
にこにこして人当たりがいいが、実はいろいろ考えているのがとても那継らしい。
「まあそれに、俺は友達だと思っているよ?」
「俺も」
「じゃあいいじゃん」
「確かに」
ドアに手をかける。
「じゃあ、また」
「おおーバイバイ!」
遥はドアを閉めて、少し笑った。
「ありがとう、ナツ」




