97[2-31].ジル・D・レイの最後 【輝く二人の光】
「……ここは……」
ジルは、目を開けた。
夜空があった。星の無い、明かりのない夜景。
その夜の中、美しく輝く【月虹】だけが見え、月明かりに合わせて輝く大地がある。
草があった。花があった。
色とりどりの花が、呼吸をするみたいに揺れていた。
匂いが、軽い。
血の匂いがない。焦げた木の匂いもない。
黒い魔力の粘りも、喉の奥の鉄の味も、ここにはない。
ついさっきまで、あの戦場にいたはずなのに。
爆風の壁。欠けていく身体。胸の奥を腐らせる黒。
そして、最後に見たのは。
人の手。祈る声。眠りへ誘う呪文。青い扉。
ーー夢だったのではないか?
花の中で昼寝をして、起きたような。
今までの全てが、長い悪夢だったのではないか。
そう思ってしまうほど、ここは楽園だった。
ジルは自分の両手を見下ろす。
欠けていない。痛みもない。
胸に手を当てる。
呼吸は静かで、心臓は穏やかに打っていた。
――生きている?
いや、生きている……のとは、少し違う。
ジルは、ゆっくり立ち上がった。
足元の草が折れない。踏んでも優しい。
花弁が、まるで歓迎するように彼の足元へ寄ってきて、また離れた。
「……確か、ここはーー」
何かを思い出そうとした。
その時だった。
「【召命】を果たして、無事帰ってきたね。ジル・D・レイ」
声がした。
花の匂いよりも先に、胸の奥へ届く声。
ジルは振り返った。
そこにいたのは、銀色だった。
衣も髪も光も、全てが銀に染められた存在。
神々しいという言葉が軽くなるほどに、圧倒的な格があった。
ジルは、膝が勝手に折れた。
祈るというより、身体がそうする。
「あぁ……ジャンヌ。聖女よ。やっと……やっと……貴女に……」
声が震えた。
涙が溢れた。
まるで、ずっと探していた愛する人に出会えた少年みたいに、純粋に喜んでしまった。
銀の存在。ジャンヌは、困った顔でジルを見下ろした。
「……久しぶりに会ったので、忘れているかもしれないが……」
口調は柔らかい。
けれど、言葉の芯は揺れない。
「神は、君の前世にいた『ジャンヌ・ダルク』ではない。たまたま、名前が同じだけだよ。
そもそも、そのジャンヌとやらは、神と同じ姿をしていたかい? 『ジル・ド・レ』よ」
ジルは、慌てて額を床へ近づけた。
「神よ……申し訳ありません。
私が勝手に……私の中で決めつけていたことです。
きっと神の声を聞いた『ジャンヌ』が神に認められ、貴女のような素晴らしい神になられて、私を導いてくださったのだと……そう、勝手に思い込んでいるだけでございます」
ジャンヌはため息をつくでもなく、ただ静かに頷いた。
「顔を上げなさい、ジル。……その敬意は受け取る。だが、君は今、何かをしに、ここに来たんだろう?」
ジルは、ゆっくり顔を上げた。
涙で視界が揺れているのに、銀の存在だけははっきり見える。
ジャンヌは、告げる。
「では……ジル・D・レイよ。よくぞ【召命】を果たした」
その言葉を聞いただけで、ジルの胸が軽くなった。
長い長い道が、ようやく終わったのだと理解できたから。
ジャンヌは、淡々と続ける。
採点ではなく確認をする。
「君の【召命】は――」
花園の空気が、少しだけ張った。
ここから先は、世界の骨格に触れる内容だと、ジルの魂が理解した。
一、君に【召命】を託した神、ジャンヌ・D・アークの名を、誰にも言ってはならない。
二、前世で奪った若い芽の数を超える芽を生かし、育て続けよ。
三、そのために、寿命が尽きても輪廻転生を繰り返し、ジル・D・レイの意志を継げ。
四、その輪廻転生は、世に“神秘術の試練”として見せよ。
五、最悪魔邪神王を倒す七つの【召命】を託す者が現れるまで、生き続けよ。
六、その者が現れた時、肉体を“帰還”できる状態で保全せよ。
七、以上が完了した時――君の【神の化身武器】を託せる者に託し、死んでもらう。
「……だったね」
言い終わって、ジャンヌは一拍置いた。
「まさか……それがユーサ君だとは、思いもよりませんでしたよ。
信託は……キルカが気づいてくれて良かった」
ジルは、まるで採点を待つ生徒のように、嬉しそうに答え、続ける。
「そして、禁術の【神秘術:生きる意味を見つけ出す輪廻転生】を、一か八か、試した甲斐がありました。
ただ、一度発動すると……輪廻転生を止める事ができなくなるので……」
ジルは困った顔になった。
その顔が長さを物語っていた。
「最後に私が【召命】を完了した時。
死ぬ事が希望になるとは……思いもよりませんでした」
ジャンヌは、静かに頷いた。
「長かったね。よく未来のために努めてくれた」
その言葉は、労いであり、赦しでもあった。
ジルの肩から、見えない重りが一つ落ちる。
ジャンヌは問いかけた。
「何か……言い残すことはあるかい?」
ジルは思い詰めた顔で答えた。
言い残しではない。
ずっと胸に刺さっていた恐れ。
「神よ。これから私は……どうなるのでしょうか?
いえ、私の魂……私の中にいる彼の魂は……どうなるのでしょうか?」
声が一段、低くなる。
ジルは目を逸らさなかった。
「……今から君は、ここから道なりに進んでもらう。
そこで、この世界が、天国へ連れていくか、地獄へ連れていくかを決めるだろう。
もし、世界が決められない場合は……神が決める事になる……」
ジャンヌは、真剣な表情で答える。
「……天国で逝き続けるか、地獄で逝き続けるか」
ジルは小さく頷く。
「何故それを聞く?」
ジルは、ゆっくり息を吸って答えた。
「私は、再び地獄に落ちても構いません」
ジャンヌの目が開いた。
驚きというより、真意を測る目だった。
「それは……何故?」
ジルは、懺悔するように丁寧に言った。
「前世の私、『ジル・ド・レ』は、たくさんの悪行を行いました」
『ジル・ド・レ』
百年戦争の只中で『ジャンヌ・ダルク』と同じ陣に立ち、やがて元帥にまで上り詰めた男。
戦場では英雄のように語られ、そのように記録されている。
しかし。
『ジャンヌ・ダルク』は異端として裁かれ、火炙りの刑に処された。
ジルはそれを止めることもできず、ただ見送った。
そこで彼は、勝手に思い込んだ。
「聖女は地獄に落ちたのだ」と。
「聖女が、地獄に落ちたのであれば……私も、地獄に落ちるほど、酷いことを……」
誰かに命じられたわけではない。
裁かれた者の末路を、彼が勝手に地獄と呼び、勝手に同じ場所へ行こうとした。
会いたいのに会えない現実から逃げるために、禁じられたものへ手を伸ばした。
錬金、儀式、召喚。
「聖女に会う」という名目で、ジルは魔術にのめり込み――取り返しのつかない罪へ落ちていった。
史実の記録では、彼は多くの子ども達の命を奪ったとして裁かれ、処刑されたとされている。
後の童話「青髭」のモデルと語られるほどに。
ジルはそこで一度、息を整えた。
言葉が崩れないように、喉の奥を押さえたのだ。
「そして、地獄ではなく……この異世界に来ました。
聖女と同じオーラを持った貴女に出会った。
そこで、やり直しの機会をいただいたのです。
多くの若い命を奪った罰として、若者の才能を導く【召命】を授かりました。
そして……その通りに。
多くの若い才能を見つけ、芽を育て、育み続けて……
私の手元を離れていく子達を、見て来ました。
……幸せでした」
ジルの声は震えていた。
だが、それは喜びの震えだけではない。
「けれど……悪魔に、その子達が奪われました。殺されました。何度も、何度も」
幸せと口にした瞬間、同時に失った数が胸を刺した。
ジルの瞳が潤む。
懺悔の涙は落ちない。
落とす資格がないとでも思うように、必死に堪える。
「その時に……私は、前世の過ちを、ようやく理解しました。
遅かったのです。普通に考えれば分かることなのに」
ジルは、言葉を一つずつ並べた。
「私が奪った子供の親も、家族も、友も……
負の感情に飲み込まれるほど辛い事を。
若者の命を奪うことが、どれだけ罪深いことなのか、酷いことなのか。
当たり前のことを……私は、忘れていた」
そこでようやく、涙が落ちた。
「そんな中……私の心に、明るい光のような意志を持つ魂が宿りました」
ジルは胸を押さえた。
まるで、その魂に触れるように。
「彼は、多くの才能を育てた前世の魂でした。
ですが、私のように非人道なことはしていません。善良な市民でした」
ジルは苦しそうに笑う。
「彼も……自分より先に才能のある若者を見送った過去がある、と。
そして、私の心を支えてくれていた」
ジルの声が、さらに低くなる。
「私のせいで……私の業のせいで……
彼に、また同じ辛い思いをさせてしまったことが……ずっと、辛かった。
申し訳なかった。
それも、私には地獄のように感じたのです」
ジルは涙を流しながら、頭を垂れた。
「だから、私は地獄に落ちても構いません。
けれど、私の中にある魂の彼は……どうか……。
どうか、天国へ連れて行ってあげていただけないでしょうか」
その姿は、神に命を差し出すようだった。
ジャンヌは、静かに首を振った。
「それは……できない。というよりも、する必要がない」
ジルが顔を上げる。
驚きと不安が混じる。
ジャンヌは続ける。
「彼は……何て言っているんだい?」
「彼は……」
ジルは胸を押さえた。
だが、返事がない。
まるで、もう会話をしたくないのではないか。
まるで、呆れたのではないか。
そんな不安が、ジルの喉を締め付けた。
その時、ジャンヌはジルの頭に触れた。
花園の光が、銀に変わる。
一瞬だけ、暗い夜の世界が淡く輝く。
ジャンヌは、淡く笑って言った。
「――『ここまで来たんだから……どこまでも付き合うよ』」
ジルの胸が、震えた。
それはジャンヌの声なのに、ジルには“彼”の声として届いた。
さらに、もう一つ。
「――『クソジジイ同士、最後まで、一緒にいこう』」
その言葉が“口癖”だったのか。ジルは“彼”だと確信した。
ジルは、堪えきれずに涙をこぼした。
止まらなかった。
「……はは……。貴方がクソジジイなら……私はドブジジイでしょうかね……」
ジルは泣きながら笑った。
そして、頭を下げた。
「神よ……声を聞かせてくださり、ありがとうございます」
ジャンヌは穏やかに言う。
「それには及ばないよ。ジル。
神が何もしなくても、世界は君を赦している。顔を上げてごらん」
ジルが顔を上げた時には、ジャンヌの姿は見えていなかった。
気づけば、ジルは道の真ん中に立っていた。
花園の中に一本だけ、真っ直ぐ続く道。
足は自然に動いた。
歩かされているのではない。
歩きたくて歩いている。
背後から、ジャンヌの声が届く。
「ジル・D・レイ。
前世の罪を受け止め、罰を受け入れ、君はこの異世界で無事【召命】を乗り越えた。
沢山の才能を育て続け、歩み、走り続けた。
そして、君の魂に宿る者への慈愛も含め、『人の心』を取り戻した。
今、君は報われる側に立っている。
そのまま、歩き続けてみてほしい」
ジルは歩いた。
先には何も見えない。
けれど、足は止まらなかった。
そこで――。
「「「――ジル様!」」」 「「「先生ーー!!」」」
声が聞こえた。
懐かしい声。
自分より先に旅立ってしまった“才能達”の声。
迎えに来てくれたみたいに。
ずっと待っていたみたいに。
ずっと言えなかったお礼を言うために来たみたいに。
ジルは足を止めた。
何度目になるのか、涙で前が見えなくなっていた。
夢なのではないか。
罪深い自分が、こんな光景を見ていいのか。
そう思った。
その時、誰かがジルの袖を引いた。
優しく、確かに。
若者達が、ジルの横に並んで歩いていた。
感触は夢ではなかった。
ジルは涙を拭い、共に歩き始めた。
まるで、長かったマラソンのゴールが見えるかのように。
若者達が、笑って、泣いて、応援してくれる。
しかし、ジルには気掛かりがあった。
胸の中にいた魂の“彼”を、感じられなくなっていた。
さっきまで確かにいたのに。
今は、静かすぎる。
ジルの表情が曇った、その時だった。
美しい歌声と、音楽が聴こえた。
道の先ではない。
自分が歩く道とは別の方角。
花園の向こうから、風に乗って届いてくる。
ジルは、目と耳を奪われた。
女神のような歌声の女性がいた。
そして、その隣で――自分と同じような顔をした男が、楽器を奏でていた。
ジルは、呼吸を忘れた。
何故か分からないのに、胸の奥が温かくなる。
ふと、男と目が合った。
男は、嬉しそうに笑った。演奏を続けながら。
――まるで、自分と同じように“失った才能”との再会を果たして、喜んでいるかのように。
過去を悔やむよりも、今、この瞬間を確かめるように。
二人の道に、光線が走る。
それはまるで、胸の奥にある明るい光。
死んだ後なのに、まるで終わらない未来の物語が、今から始まるような心地よさ。
ジルの胸の奥が高揚した。
遠回りだった人生だった。
けれど、生きる意味を教えてくれた明るい“彼”と、今度は同じ幸せな世界を見られる気がした。
ジルは、笑った。
――お互い、ひとりぼっちに別れを告げよう。
二人は、それぞれの道を往く。全てを導く、輝く光の道を。
花園のどこかで、その光景を見ながら、ジャンヌは微笑んだ。
また。
何かを含んだ笑みを浮かべながら。ただ静かに見守っていた。
*ちょっと長い説明。本当は、大事な3月8日に間に合わず記載。
ジル・D・レイの名前は、ジャンヌダルクに関わる偉人であり罪深い仲間ジルドレから。Dがつくからシンクロしていたので、そこから。
そして、見た目のモデルは、僕の好きなバンドのメジャーデヴューに関わった渋い髭の似合うダンディな音楽家の方で、沢山のミュージシャンの才能に関わられた偉大な人です。
作品上、悪魔を消滅させる能力明るい、光、石、意志、ジルドレ、レイ(光線、光の道)、ワードから選んで、序盤にしては強すぎる強者を出したので、できるだけ恩人的な立ち位置の人を選びモデルにした……その後に「主人公じゃなくて、全部コイツで良いんじゃない?」問題になるので、退場させるかプロットが元々ありました。
でも、見た目のモデルの方が、昨年亡くなられてしまい、そこまでリンクさせる必要があるのか迷いました。僕の好きなミュージシャンに関わっていた偉大な人なだけに、大変残念な気持ちでいっぱいでした。
けれど、僕の作品のコンセプトが、僕の大好きな人達に関わった人には、僕なりの敬意と尊敬を込めたい。もっと色んな人達にモデルになった人物、音楽にも触れて知らない人に触れて欲しい。聞いて欲しいというメッセージを込めています。(無許可でやる著作権、肖像権無視の不誠実さ、は置いといて)その方の事を詳しく知っているわけではないのですが、きっとジルドレの罪、歴史の偉人の罪をも、明るく照らしてくれそうだな。と思い書きました。
そして、天国で、先に亡くなられた、僕もよく聴いていた有名な女神のような歌声のあの方と、音楽を楽しんで欲しいな、と思っています。グッバイ マイ ロンリネス。
そして
ミュージシャンの方達が華やかでいられるのは、音楽の創作過程で、沢山の方が関わり、我々の見えないところで、その縁の下の力のおかげだという事を大人になって知りました。
編曲家、ディレクター、プロデューサー、レコード関係者、出資者、運営、等。きっと素人の僕ではわからない沢山の方々が関わって音楽は生まれて、僕らの耳に心に届いているのだと思います。
そんな素晴らしい人達の支えを、僕は僕なりの方法で、作品に込めていきたいと思います。
ただ、その人達の背景とか、事情とか、そういうのは全然知らなかったり、全部が全部意図的ではなく偶然のものもあるので、シンクロニシティはたまたまだったりします。そこはご了承いただけると幸いです。
あと第二章、まだ1/10ぐらいです。 テンポ悪すぎて、気が遠くなってます。プロの作家さん達は凄いと思います。早く完成させたいと思います。
僕の伝えたい事を、伝えたい人のために。




