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D/L Arc 魔転生 ―召命を越える月虹― D_ / Luna Another world Reincarnation Calling …en Ciel  作者: 桜月 椛(サラ もみじ)
第2章 カーテン・フォール編

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94[2-28].ジルの『明るい石』と意志




 ザドキ・エルが尋問していた悪魔人が、唐突に異形へと変わり。

 爆発した瞬間の後。


 ク・エルの片翼が膨張し、ディアたちを覆った。

 紙一重で守れた。そう思った、直後。


「……ユーサ・フォレスト。貴様……無事か?」


 ザドキ・エルの声が掠れる。

 恐れの声ではない。命を確認する声だった。


 「……な、なんで」


 ユーサが震える声を出した瞬間。

 爆風の砂塵が薄れ、ユーサは目の前の光景に青ざめた。


 「……光?」


 ザドキ・エルは、砂塵の向こうで、ひときわ目立つ輝きを見た。

 ユーサの前に、誰かが立っていた。

 爆風の壁になるように。身を投げ出すように。


「……ごふっ。……どうやら、間に合ったようだ」

「……!? ジルさん!!」


 ジル・D・レイが、そこにいた。

 その背中は、覚悟の背中だった。


 彼の身体は、もう形を保てていなかった。

 片腕。片足。横腹。

 吹き飛ばされ、欠け、血と黒い魔力が滲む。空気が、彼の欠けた場所に引っ張られるみたいに沈んだ。


 彼が腕につけていた輝く腕輪が、輝きを落とす。

 

 ジルはバランスを崩し、そのまま倒れかけた。

 ユーサは反射で踏み込み、地面に落ちる前に受け止める。


 腕の中のジルは、軽かった。生きているのに灯が細い。

 それは、オトキミを抱えた時以上の軽さ。軽さが恐ろしさそのものになっていた。


 ジルの身体に、爆発の黒い魔力が毒のように侵食していく。

 皮膚の表面ではない。骨の内側。臓の奥へ。黒が這い、噛みつく。

 痛みというより、命の根を腐らせる侵食だった。


 ザドキ・エルが慌てた顔でク・エルの方を見る。

 彼女の信仰力が、まだ防ぐ方に全て注がれているのが分かる。


「……!? ク・エル!! 無事か!! 早く……治療を……!」


 だが、言い切りながらザドキ・エルの顔が変わった。

 理解した。今のク・エルは神の奇跡を放てない。

 信仰力を、守ることに全て注ぎきっていた。


 そして、ジルの欠損は回復薬では埋まらない。腕が無い。臓器が無い。血が戻らない。

 できることだけが、残酷に絞られていく。


 ザドキ・エルが必死に別の可能性を探す。

 だが、ジルは静かに首を振った。


「……ごふっ。……良いんです。ザドキ・エル最天使長」


 その声は、拒絶でも許可でもない。

 終わりを受け入れた声。終わりを誰かに押し付けない声だった。


「後は……未来のある若者達に託します。私のやれることは……()()()()()()()()

「待ってください、ジルさん! 何を言ってるんですか!?」


 ユーサが声を荒らげた。

 荒らげたところで現実は変わらない。分かっているのに、止められない。

 止められないほど、ジルが居てほしい人だった。


 ジルは苦しそうに息を吐く。

 それでも、目だけははっきりしていた。視線が霞まない。意思が折れていない。


「すまないね、ユーサ君。私の……救世主様から授かった【召命】は……もう終わったんだよ」


 ユーサとザドキ・エルの目が、わずかに揺れた。


 【召命】

 

 その言葉だけで、ジルもまた託された側と、二人は察する。


「ユーサ君。覚えているかな? 君がトムさんから紹介された時の事を……」


 ユーサの中で、初めての記憶が蘇る。

 典安からユーサになって間もない頃。

 忙しい宮司のはずなのに、ジルは嫌な顔ひとつせず、デイ教の信者でもないユーサの相談に、短い時間で答えを返していた。

 数分。時には数秒。それでも、確かに助けになった。


「君と会う時は、だいたい私が忙しくてね。ゆっくり話す時間もなかったけど……

 君は、()()()()()()()()()()だと思った」


 ジルは、ふっと笑う。

 痛みの中で、それでも笑える人の笑いだった。


「そして……何かを抱えている目をしていた。記憶喪失と聞いていたのにね。

 まるで誰かの魂が、君にきっかけをくれたかのように感じた」


 ユーサは息を呑む。見透かされているような感覚。

 その表情を見て、ジルは何かを確信し、微笑んだ。


「だからこそ、もっと君と話をしておけば良かったと、今は後悔しているよ。君の活躍も聞いていた」


 その言葉が、ユーサの胸に刺さる。


「最後に話したのは……いつだったかな?」


 同じ後悔の形が、ジルの口から出たこと。

 そして、前世でも聞いた、同じ言葉がユーサを押しつぶす。


「すまないね。そんな、ろくに話もしていない老耄のお願いで申し訳ないが……

 ユーサ君。救世主様に、合わせてくれないか?」

「……え?」


 ユーサの胸の奥で、神秘術ウィルの構造が浮かび上がる。

 エデンへの扉。やり直しの決意を問う扉。

 だが、回復でも蘇生でもない。今の状態で、ジルが戻れる保証はない。むしろ戻れない可能性の方が高い。


 それでもジルは、死期を悟っている。

 戻るためではない。終わりを受け入れるための願いだ。


「私はね……とある()()()()()で、子を授かれない代わりに……

 若者達の未来を明るくするために、多くの才能を見つけ育てる事を……救世主様から『やり直し』の機会として、【召命】をいただいたのだよ」


 ジルの視線が瓦礫の向こうへ流れる。

 泣きながら駆け寄ろうとするケイ。

 動けないまま必死にこちらを見つめるオトキミたち。

 自分が守ったものを、最後まで目に焼き付ける視線だった。


「行き場のない子供達を支え……才能の種を育て……旅立つ子達を見送る。幸せだった。……しかし」


 ジルの目が遠くなる。 

 

「その子達が……悪魔に命を奪われた。私より先に命が終わる子達を……たくさん見てきた。

 ……私の昔の行いの因果応報だったのだよ」 


 懺悔の声。自分だけに向けた罰のような声。

 諦めの遠さではなく、積み重ねの遠さ、見送った数の分だけ残った影の遠さだった。

 

 ジルは息を整えようとして咳き込む。黒い血が喉に絡む。

 それでも続けた。今言わなければ、もう言えないからだ。


「私の中に……別の魂があるんだ。その魂の彼が、教えてくれた」


 ユーサの心臓が鳴った。

 他人事ではない。自分もまた“中にいる”。

 悪魔と、前世の魂。


「石は磨いても、全てが宝石になる訳ではない」


 ジルの胸元から、宝石ではない沢山の磨かれたシーストーンのような欠片が入った袋が溢れた。

 誰かの形見のような『明るい石』達が袋から破れて転がる。

 血と黒の中で、明るい石の輝きが消えていく。

 まるで、ジルの心臓を守る役目を終えたかのように。


「……それでも、宝石になれなくても、『()るい()』は、宝石にも負けない輝きを放ち、誰かの心を灯す」


 言葉の中に、知らない誰かの意志が宿る。

 言葉が空気に溶け、戦場の砂塵を一瞬だけ浄化するみたいだった。


「価値の無い命など無い。無駄な命など無い」


 ジルの声なのに、ジルだけの声ではない重みが宿る。


「その子達の意志を……無念を……自分が、受け継いでいけば……

 その子達の命は、意志は死なない。……ってね」


 ユーサの指先が震えた。

 それが誰かの“()()”そのものの教えであるかのように。


「だから……ユーサ君。こんな老耄(おいぼれ)の意志で申し訳ないが。若者達の未来も……君に……託しても良いだろうか?」


 ジルは残った方の手を震えながら差し出す。

 ユーサは、手を握り返した。

 強く握ると壊れてしまいそうで、けれど弱く握ると離れてしまいそうで。

 その中間の力を探しながら、丁寧に触れていた。


「私が伝えたい事は……全て口外できない。だから」


 ジルの視線が、ユーサの左手へ落ちる。


「私の【神の化身武器】である【クールマの腕輪】から……君の【神の化身武器】へ。伝えておく」


 ユーサは、自分の【ラーマの指輪】と、ジルの腕輪の石を見た。

 その二つの間に、か細い糸のような秘力の線が走る。

 誰にも見えない。二人にだけ見える“継承”の線。

 細いのに切れない。切れないのに、優しい。


 秘力が指輪の内側に触れてくる。

 言葉でも説明でもない。細工に近い感触。

 次に渡すための仕組みが、静かに組み込まれていく。


「あとは……ごふっ!!」

「ジルさん!!」


 ジルが血を吐き、意識が落ちる。

 喋るたびに黒い魔力が侵食を強め、身体が削れていく。


「ジル様!! 行かないで! 死なないで!! いやあああああ!!」


 駆けつけたケイがジルに縋りつく。

 最後の言葉をかける間もなく、涙で前が見えなくなるほど泣きながら訴える。

 返事は返ってこない。言葉が、願いと祈りの形に崩れる。


「あなた……」


 ディアが涙を堪えきれない目でジルを見る。

 医療者だからこそ分かる。救える命と救えない命。その境界線が残酷なほど鮮明だった。


 ユーサは、ジルの額に手を添えた。

 右手の魔力。怒りのためでも恐怖のためでもない。

 終わりを、なるべく痛くない形にするための手。


「ジルさん……《瞳を閉じて、素敵な夜へ》」


【安楽死を運ぶ者】


 ユーサの呼び名は、悪魔達から恐れられる為のものだけではない。

 神社の僧侶も、教会の信徒や天使にもできない彼にしかできない優しい魔法の呪文。


 ユーサの中にいる悪魔が、無自覚に貸していた睡眠の魔法。

 それは敵を眠らせるための術ではない。

 命の終わりを迎える者が彷徨い亡者にならないように。悪夢でうなされる子供を宥めるように。


「……安らかに……楽に……眠りにつけますように……」


 ジルの表情が、少しだけ穏やかになる。

 麻酔を打たれて意識が落ちていくような静けさ。痛みが、ほんの僅かに遠ざかる。


 そして、ユーサの左手に秘力が宿った。


 【神秘術:地図に無い場所へ(ウィル)


「旅立とう……地図に無い場所へ……」


 ユーサは、ジルだけに見える青い扉の像を瞼の裏に描く。

 無事にエデンへ辿り着けるように。祈りながら呪文を唱える。


 ジルの身体を蝕む魔力を、ユーサの魔力が押し返す。

 秘力が、その輪郭を守っていく。壊れるものを、壊れたまま終わらせないために。


 ジルは、優しい顔のまま――永遠の眠りについた。


 その瞬間。

 ユーサとザドキ・エルの耳に、かすれた声が残る。


 ――「ありがとう、ユーサ君。そして、ザドキ・エル最天使長……後は……お願いしますよ」


「ジル卿……」


 ザドキ・エルが空へ視線を向けた。

 冷たい裁きの眼差しではない。尊敬と敬意の眼差しだった。


「……『神の正義』の名の下に。……必ず」


 ザドキ・エルは、短く頷いた。



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