93[2-27].【神の正義 ザドキ・エル】《七つの美徳:節制》
ザドキ・エルの裁きを、最初もっと酷い裁きにしようと思ったのですが
男性全員が◯ヒュンになる内容なので、やり過ぎかと思い没にしました。
時を現在に戻す。
ク・エルとザドキ・エルがユーサたちに合流し、悪魔を拘束した直後。
空気はまだ戦場のままだった。
血の匂い。微かに漂う魔力。割れた木造の木片。踏めば鳴る畳の軋み。
朝日が差しているのに、神社の中だけ温度が戻りきらない。
その中で、ディアが声を張った。
「ク・エル天使長、お願いです! ジルさんを!」
ク・エルが振り向く。
「……ディア様。……これは……ジル様、失礼します」
その視線ひとつで状況を読み切り、迷いなくジルの傍へ膝をついた。
ク・エルの背から、緑の片翼が現れた。
信仰力が形を持ち、光が腕へ集まる。
「神の奇跡――【再生女神の抱擁】」
ク・エルはジルを抱きしめた。
その腕の中で、凍っていた胸元の傷が、止まらなかった血が、奇跡みたいに塞がっていく。
今までの止血と氷の秘術が嘘だったみたいに、血が引き、肉が繋がり、黒い滲みが薄れる。
「やった……! 良かった……!」
ケイの声が泣きながら跳ねた。
「ディアさん! 助かるんですよね!? ジル様は助かるんですよね!!」
だが、ディアは笑えなかった。
ク・エルの表情を見て、胸が冷えた。
ク・エルの神の奇跡は、医療者が羨むほどに強い。
それでも……終わらない。
治っていくのに、どこかで何かが引っかかっている。
長引いている。嫌な長さだった。
ディアはケイの肩に手を置いた。
「ケイちゃん……とにかく今は……待ちましょう」
ケイの顔から色が消える。
ディアは肌で感じていた。医療者としての経験と予測。
『手遅れ』かもしれない。その言葉が喉に張りつく。
それでも、ク・エルは諦めない。
ジルの傷ついた身体だけではなく、傷の奥に残る黒い魔力の粘りを探る。
奇跡がそれを剥がすたび、黒が絡みついて抵抗してくる。
治っていくのに、終わらない。
そんな嫌な長さだった。
その背後で、別の地獄が始まっていた。
鞭が鳴った。
「――A”ッ……!」
畳を這うように起き上がろうとした悪魔人を、ザドキ・エルの片手鞭が絡め取っていた。
腕、胴、首。逃げ道を消す結び目。
そしてもう一本の鞭が、悪魔の顔面へ、刻むように走る。
「どこに行こうというのだ、悪魔め。反省の色がないという事で、やはり罰が足りないようだな」
ザドキ・エルの声は冷たい。
怒鳴っていないのに、場の温度が下がる。
その冷たさが、逆に本気だと分かる。
悪魔はク・エルの光を見て、虫みたいに這っていった。
天井の光に群がる影。みっともない欲望。
「AA……お、俺様も……治し……っ!!?」
言い切らせない。
ザドキ・エルの鞭が、悪魔の顎を跳ね上げた。
骨が鳴った。言葉が歯の間で砕ける。
「いちいち弱者ぶるなよ。時間の無駄だ」
「――っ、GU!」
「今までの私なら問答無用で死刑だった。ありがたく思え。人の言葉が喋れるのはわかってる。早く話せ」
ユーサは息を呑んだ。
以前、ザドキ・エルに処刑されそうになった時の一方的な暴力が、記憶の奥から浮かぶ。
『神の正義』の名を得た天使。ザドキ・エル。
《七つの美徳》の【節制】。
食を抑える意味ではない。
正義を、徹底して「余計なものを口にしない」節制。
彼女が口にするのは「己の正義」のみ。
彼女の言葉からは、正義以外の言葉は生まれない。
彼女の正義の食卓には、それ以外を並べない、並べたがらない徹底ぶり。
ザドキ・エルの正義が、完全に噛み合った時の圧。
今は、救われた側であっても、背筋が寒くなる種類の正しさ。
ザドキ・エルは悪魔の顔を鞭で固定し、視線を落とす。
その視線だけで、悪魔の喉が鳴った。
「あと、知っているぞ。そこにいる娘に手を出そうとしたそうじゃないか」
ケイが僅かに肩を動かした。
無実の罪で処刑されそうになったケイが、今は“助けられる側”にいる。
まさか、自分がザドキ・エルに助けてもらえるとは思っていなかったのか。
ありがたさと恐怖が、同じ場所で揺れる。
「A!? な……何故……それを……知っ!?」
悪魔の体が、反射で硬くなる。
喋っていないのに、見透かされていることへの冷や汗。
「何を言っているのだ、この俗物は?」
ザドキ・エルは笑わない。
「客に種明かしをする手品師はいない」
ただ、淡々と言い切った。
「婦女暴行を企てる者は……」
もう片方の手の鞭が、彼女の信仰力合わせて変形する。
その鞭の形状は、縛るためのものではない。
「 即 刻 、 処 刑 、 極 刑 、 死 刑 だ 」
裁きのためのものだった。
「そ……それは、全部……死ぬ意味……GAttu !!!!!??」
言葉は途中で折れ、鞭が悪魔の舌に巻きついた。
ザドキ・エルの鞭が、悪魔の口元を、黙らせるように走る。
喋る器官だけを、狙い澄まして奪う。
「お前の口はよく回るな。なら、口が災いの元だ。……まずはそこから正そう」
引く。
言葉の根っこを引きずり出すように。
舌が裂け、黒い血が弧を描いた。
悪魔は叫ぼうとして、叫べない。
呻こうとして、呻けない。
喋るための器官だけが、先に壊された。
ザドキ・エルは冷たく言った。
「口が回るから、人を惑わす。だから『やり直し』の機会を与えよう」
「――ッ!? ーーッ!!」
叫びは音にならず、呻きは息に潰れた。
喋れないのに、再生だけは進む。
進むたび、また奪われる。
「安心しろ。悪魔の再生は知っている。だから何度でも最初から『やり直せる』良かったな、俗物」
「――ッ!!」
舌が再生しかけた瞬間、鞭がまた引き裂く。
再生しかけたところを、同じ場所で、同じように。
悪魔にとって『永遠に終わらない同じ痛み』が始まった。
それは処刑でありながら、喋る権利そのものの剥奪。
各七都市で、ザキヤミ犯罪再犯率が最も低いのは、ザドキ・エルの裁きによるという事実を目の前にするユーサ達。
ユーサの背中に、冷たい汗が流れた。
周りの空気も、笑えなくなっていく。
「こ……怖すぎる。ザドキ・エル最天使長を怒らせるのは、絶対だめだ……」
オトキミが青い顔で呟いた。
アユラが引きつった顔のまま、冷静に追い打ちを刺す。
「オトキミ様。先ほど召喚獣の犬で同じような事してましたよね。……いや、これは別格です」
「比べ、られ、ない(口ヒュン!! 怖すぎる!!)」
ガケマルが口元を押さえるように身を縮めた。
理屈じゃない恐怖が、男たちの背骨を抜いていく。
ユーサを含め、全員が声を殺した。
ーー「どちらが悪魔に見えるか」なんて、口にしたら終わる。
水を差せる空気じゃない――そう判断して、黙った。
ディアは、ザドキ・エルの言動から目を逸らせなかった。
ブンに言われた言葉が、胸の奥で蘇る。
ー 「女の敵は女。だけど、その“敵”を味方にできた時は、いちばん強い味方になる」 ー
今のザドキ・エルは、まさにそれだった。
ー 「女の痛みを知ってる分、容赦がない。守る時は、手加減しない」 ー
味方側に立った『女の裁き』は、恐ろしく頼もしかった。
そしてディアは、もう一人――頼れる女へ視線を移した。
ク・エルの腕の中では、光が途切れずに続いていた。
ジルの呼吸は、確かに戻りつつある。
けれど、ク・エルの額には汗が浮かんでいた。
朝日が照らす神社の中で、二つの奇跡が同時に進む。
救う奇跡と、裁く奇跡。
そして――どちらも、まだ終わる気配がなかった。
しかし――。
「……あ……」
悪魔が、ようやく音を上げた。
ザドキ・エルが目を細める。
「やっと、悪魔人の悪魔が音を上げたか。これで、悪魔に寄生された者の意志も確認しやすくなる」
その言葉で、ユーサたちは知る。
ただの残虐ではない。意味がある。
寄生している『悪魔』の層を剥がし、本体の意志を引きずり出すための手順。
ザドキ・エルは鞭を緩めないまま、命令するように言った。
「さぁ、罪人よ。今こそ抱えている罪を打ち明けよ」
言葉に、神の奇跡が宿るみたいに信仰力の輝きが増す。
悪魔が少し動きを変える。懺悔をするように。許しを乞うように。
「「「お……俺は……このザキヤミに来た。ある……目的で」」」
悪魔の声ではない。
本来の人の声が、三重で聞こえた。
「この声……どこかで……」
オトキミが背中にもたれながら、違和感を覚える。
ザドキ・エルが即座に見抜く。
「ほう。一人だけではなく、三人分の魂を一つにまとめる事ができるのか。そんな悪魔も出てくるとは……
ラファ・エルに送ってやれば喜んで解析してくれそうだ。貴重な情報かもな」
興味の温度ではない。解析の温度が上がる声。
「それで? 何が目的で、ザキヤミに来た?」
「「「……それは……」」」
その瞬間、悪魔だった者の気配が変わる。
嫌な予感が走った。
ユーサは咄嗟に身を構えた。何が起きても即座に動けるように。
「ん? はっきりと喋れ。何だ?」
苛立ちを含ませたザドキ・エルが、半歩だけ近づく。
その瞬間。
「「「 目的は もう 達成している という事だ ……馬 鹿 め !!!!!!」」」
叫びと同時に、悪魔の肉が歪んだ。
異形な形。異常な数の目。形が答えを拒むように崩れる。
「……!? ザドキ・エル最天使長!! 離れてください!!」
治療中のク・エルが、異変に気づいて叫ぶ。
「――っ!? 危ない!!」
ユーサが咄嗟に踏み込む。
だが、間に合うかどうかの距離だった。
悪魔が、ザドキ・エルへ急接近し――
爆発した。
デイ神社の奥部屋が激しく吹き飛ぶ。
木片が舞い、畳が裂け、朝日が破片の影を床に叩きつける。
ク・エルが片翼に全信仰力を注ぎ、ディア、ケイ、オトキミ、アユラ、ガケマルを膨張した片翼で覆った。
紙一重。
守れた。
――はずだった。
「……ザドキ・エル最天使長!? ……ユーサ・フォレスト!!? ……無事ですか!!」
嫌な予感を感知したク・エルの声が響く。
しかし。
爆風の向こうから、ザドキ・エルの声が届いた。
「……ユーサ・フォレスト。貴様……」




