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D/L Arc 魔転生 ―召命を越える月虹― D_ / Luna Another world Reincarnation Calling …en Ciel  作者: 桜月 椛(サラ もみじ)
第2章 カーテン・フォール編

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116[2-50].へディの過去 《吸血鬼の氷世界(ヴァンパイア・アイス)》

今回も長いです。8800文字あります。一つにまとめました。





 レオンは、冠位悪魔(アーク・デーモン)の無数の腕に締め上げられ、意識を失いかけていた。


 ディアが泣きながら駆け出した。


「パパ!!」

「ディア、待て!!」


 ヘディも叫び、雪を蹴った。

 けれど、小さな身体は止まらない。

 転ぶように、縋りつくように、ディアは血に濡れた雪の上を走り抜ける。


「パパ……っ! パパ!!」


 レオンは苦しげに目を開いた。

 全身は血に濡れ、今にも意識が途切れそうだった。

 それでも、娘の声を聞いた瞬間だけ、その目元がやわらいだ。


「……ディア」


 掠れた声だった。

 けれど、確かに父の声だった。


 その間にも、冠位悪魔の黒い腕が、なおもレオンの身体を握り潰そうと軋む。

 骨が悲鳴を上げるような音がして、ヘディの喉が引きつった。


「兄さんから……離れろ!!」


 低い声が響いた。


 次の瞬間、白い閃光が雪原を裂く。


 リオンの長槍だった。


 光を帯びた刃が、冠位悪魔の腕を深く断ち切る。

 黒い血が飛び、雪の白を汚した。

 リオンは止まらない。踏み込み、斬り、抉り、兄を締め上げる無数の腕を次々と切り払っていく。


「GUUOOOOO――ッ!!」


 冠位悪魔が咆哮する。

 その巨体が揺れ、ついにレオンの身体が雪の上へ投げ出された。


「パパ!!」


 ディアが、その身体にすがりつく。

 遅れて辿り着いたヘディも、そこでようやく父の傷を間近に見た。


 深い。

 深すぎる。


 腹を大きく抉られ、肩も、脇腹も、背も、悪魔の爪痕で裂けている。

 しかも、ただの傷ではなかった。傷口の奥に黒い靄のようなものが絡みつき、肉の内側をじわじわと侵している。


 そこへ、母が駆け寄ってきた。


「あなた!!」


 震える手で薬箱を開き、すぐに傷へ手を伸ばす。

 薬草を砕き、液を垂らし、術を重ねる。

 だが、母の表情はみるみるうちに青ざめていった。


「だめ……」


 その声は、あまりにも小さかった。


「悪魔の魔力が深く入り込みすぎてる……。こんなの、薬じゃ……」


 ヘディの喉が乾く。

 ーー助からない。

 その言葉を、母ははっきり口にはしなかった。けれど、言われなくてもわかってしまった。


「……ありがとう。お前がいてくれて、よかった。……そして、悪い。……もう、決めたよ」

「あなた……」


 それだけで、母はレオンの覚悟を悟ってしまった。


 その時だった。


「太陽ノ輝キ……力ノ源……ココデ、殺ス!!」


 冠位悪魔が、なおも立ち上がろうとする。

 黒い巨体が揺れ、雪を砕きながら再び前へ出る。

 狙いはただ一人。レオンだけだった。


 だが、リオンは一歩も退かなかった。


「よそ見しやがって……舐めるなよ!!! 兄さんに、これ以上……近づくなあぁっ!!」


 白い光が槍先に集まる。

 さっきまでの応戦とは違う。

 今度の一撃には、冷たく、鋭く、迷いのない“太陽”の輝きがあった。


 リオンは低く身を沈めると、次の瞬間には冠位悪魔の懐へ潜り込んでいた。


 斬る。

 裂く。

 抉る。


 白い軌跡が黒い巨体に幾筋もの傷を刻み、最後に胸の奥へ深々と長槍が突き立った。


「――消えろ」


 閃光。


 冠位悪魔の胸の内側から白い光が炸裂し、その巨体を喰い破る。

 絶叫が吹雪を震わせ、やがて黒い山のような身体が雪原へ崩れ落ちた。


 静寂が落ちた。

 吹雪だけが、白く流れていく。


「……あ」


 ヘディは、不覚にも見惚れた。

 ずっと疑っていたはずのリオンの槍捌きは、父とは違うのに、どこか同じ強さを宿していた。

 その瞬間のヘディには、それが憧れていた“()()”のように見えてしまった。


 里のあちこちで、まだ息のある者達が集まり、呆然とその光景を見つめていた。


「……倒した。リオン様が、倒した!!」

「冠位悪魔を!? ……凄すぎる!!」

「私達は、助かった……のか……?」


 誰かが、震える声で呟く。


 だが、その声でヘディは我に返った。

 ヘディにはそんな空気などどうでもよかった。


 目の前には父がいる。

 もう、長くないとわかる父が。


 レオンは苦しげに息を吐きながら、ディアの頭へ手を伸ばした。

 血に濡れた指先が、ゆっくりと髪を撫で、額を越え、頬へと滑っていく。

 あやすように。

 もう二度と傷つけさせまいと誓うように。


「……お前たちの成長を、本当はずっと見ていたかった……」


 血の混じる声だった。

 それでも、娘を見るその目だけはどこまでもやさしかった。


「だから……せめて、私の力だけでも……」


 ディアは涙で濡れた顔のまま、首を振る。


「やだ……っ、パパ、やだよぉ……!!」


 レオンはかすかに笑った。

 それから、ディアの額へ指先を当てる。


「ディア……この先、辛い思いをするかもしれない。けれど、私はずっとそばにいる。

 きっといつか、ディアを本当に大事にしてくれる人が現れるまで……」


 それは、不器用な父親の祈りだった。

 ただ守るだけでは足りないと知った上で、それでも娘を想う、最期の願いだった。


「大事な――【()()()()()()】《マイ・ディア》」


 ふわり、と。


 ディアの周囲に、薄い膜のような光が咲いた。

 雪みたいに淡いのに、そこだけ世界の理不尽が触れてはいけない場所になったように見えた。


「……生きて、幸せになってくれ」


 たったそれだけだった。

 けれど、その一言はディアだけではなく、ヘディの胸の奥にも深く沈んだ。


 それから、レオンは視線を動かした。


「……ヘディ」


 名を呼ばれて、ヘディの肩がびくりと震える。


 今度の眼差しは、ディアへ向けたやさしさとは違っていた。

 もっと強く、もっとまっすぐで、何かを託す者の目だった。


「お前も……生きるんだ」


 レオンは、ヘディの頬へ手を添えた。

 そして震える指先を、そっと目元へ運ぶ。

 逃げるな、とでも言うように。

 目を逸らすな、とでも言うように。


 父の瞳が、まっすぐヘディの瞳の奥を見つめた。


「ディアを守ってくれ……」


 その瞬間、熱ではない光が、両目の奥へ流れ込んできた。


「っ、ぁ……!」


 焼けるようで、凍るようで、けれどただの痛みではなかった。

 父が見てきた光景の欠片が、一瞬だけ自分の中へ差し込まれてくるような感覚。


「世界は……、穢れている事だらけかもしれない……」


 視界の奥で白い光が揺れる。

 輪郭がぶれる。

 世界が、ほんの一瞬だけ違って見えた。


「けど……お前の瞳は、真実を……見極められるように、信じて……生きてくれ。

 ――【虚な目に心は離れていく《ブルーリー・アイズ》】」


 ヘディは目を見開いた。

 意味は、まだ全部わからない。

 けれど、それが父から自分へ託された最後の力なのだとだけは、直感で理解した。


「私の光は……これからもずっと、お前たちの心に降り注いでいる……。

 だから、ひとりだと思うな……。それだけは……信じてくれ」


 そこまで言って、レオンは大きく息を吐いた。

 だが、まだ終わってはいなかった。


 レオンは最後に、リオンを見た。


「……リオン」


 血の混じる声だった。

 苦しみの中にあっても、その目にはまだ弟を信じたい兄の色が残っていた。


 リオンは、静かに兄の前へ膝をついた。


「兄さん」


 その声は低かった。

 ただ、少なくとも、この時のヘディにはまだ、リオンの声は愛する兄を思う声に聞こえた。


「……さっきの続きだけど、時間が無い。俺が継ぐ。だから……安心してくれ」


 レオンは苦しげに息を吐く。

 返事をするまでに、ほんのわずかな間があった。


 迷っているのではない。

 覚悟を決めている顔だった。


「……リオン。……頼む」


 その一言と共に、レオンの胸元に残っていた光が揺れた。


 それは、悪魔を焼いた光とも違っていた。

 もっと深く、もっと危うく、見ているだけで胸の奥まで熱を帯びるような灼光だった。


 擬似太陽に似ている。

 太陽の輝きに似た何か。


 それが、レオンの身体から離れ、ゆっくりとリオンの中へ流れ込んでいく。


「――っ、が……!」


 リオンの身体が大きく震えた。

 瞳が見開かれ、喉が鳴り、指先が痙攣する。

 掌の中で、灼けつくような白橙の光が脈打った。


 次の瞬間、レオンの身体から力が抜けた。


「……パパ?」


 ディアが、涙で濡れた顔のままそう呼んだ。

 返事はない。

 雪の上に横たわる父の顔だけが、不思議なほど静かだった。


「父さ……ん?」


 最初に理解して涙を流したのは、母だった。

 そのあと、冷たくなった身体が何も返してこないことで、ヘディもディアもようやく理解してしまった。


 もう、どれだけ呼んでも、父は帰ってこないのだと。




 それでも二人は、泣きながら父の名を呼び続けた。




「……兄さん。逝ってしまわれたのですね……」


 その声には哀しみがあった。

 けれど、ヘディにはそれがどこか薄く聞こえた。



 そんな中、リオンは立ち上がった。


 新たな力を得たその姿を見て、ヘディはほんの一瞬だけ、胸を撫で下ろしかけた。

 父を失った悲しみもあるが、父の顔に似たこの人が、自分たちを守ってくれるのかもしれない、と。





 だが、その安堵は一瞬で凍りつく。





 リオンが、笑った。


 今まで見たこともないほど、冷たい目で。

 まるで、ようやく欲しかったものを手に入れた者みたいに。

 兄の死さえ、もうどうでもいいことになったみたいに。


 瞳の奥に、狂気に似た光が宿る。


 ヘディの背筋を、嫌なものが駆け抜けた。

 父から受け継いだ瞳の光が、隠れていた、いや、隠していた人影達の正体に誰よりも早く気づいた。


「……母さん。ディア」


 自分でもわからないまま、声が出ていた。


「逃げるぞ」


 ヘディはディアの腕を掴み、母の手を引いた。

 三人は雪を蹴り、家々の影へ駆ける。


「なんで……」


 ヘディの喉が乾く。


 リオンが静かに片手を上げた。


「なんで……()()()()()()()()がここに? どうやって里に入った? まさか……」


 思考が追いつくより早く、答えは現れた。


 雪原の奥から、黒い装束の集団が現れた。

 胸に教会の紋章を刻んだ、異端者狩りの者達。


 彼らは、まるで最初から待機していたかのように、整然と里へ雪崩れ込んでくる。


 リオンがゆっくりと立ち上がる。

 その顔には、もう兄に向ける弟の表情はなかった。

 ただ、力を手に入れた者の恍惚だけがあった。


「兄さん、安心してよ」


 その声音だけは、やけにやさしい。


「これで全部、終わらせてやるから」


 悪魔が消えた今。

 異端者狩りの者達が、吸血鬼達の方へ刃を向ける。

 ひとりが、跪いた。


「主様。どうされますか?」


 その声に、リオンは一切迷わなかった。


「全員だ」


 雪よりも冷たい声だった。


「目的は達成した。全員、……()()


「はっ」


 短い返答と同時に、黒い装束の群れが一斉に散った。

 次の瞬間には、吸血鬼の里へ向けて刃が振り下ろされていた。


「な、何を……!?」

「待って! 悪魔はもう――」

「ぎゃあああああっ!!」


 言葉は最後まで続かなかった。

 首が飛ぶ。

 腕が落ちる。

 白い雪の上に、真っ赤な血が花みたいに咲き散っていく。


 里の誰もがその意味を理解できなかった。

 悪魔は倒された。

 助かったのではなかったのか。

 リオンは、レオンの弟ではなかったのか。


 けれど、異端者狩りの集団は迷わなかった。


 それは、戦いではなかった。

 虐殺だった。


 助かったと安堵しかけた者から順に斬られていく。

 傷ついた者も、子どもを庇った者も、逃げようとした者も、容赦なく殺された。


「どうして……」

「なんでだよ!!」

「リオン様!! あなたは、里を助けてくれていたんじゃ――」


 その叫びに、リオンは振り向きもしなかった。

 まるで最初から、もう聞く必要のない声になったみたいに。


()()()()()()()()()()()()()の里は、ここで終わりだ」


 その言葉だけが、静かに落ちた。


 リオンが掌を天へ向ける。


 擬似太陽よりもなお白く、なお熱い光が、その手の中で膨れ上がった。


 その瞬間、里の吸血鬼達も異変を悟った。


「やめろ!!」

「何をするつもりだ!!」

「里まで巻き込む気か!?」


 怒号。

 悲鳴。

 抵抗しようとする里民。


 だが、それを許さぬように異端者狩りが一斉に動いた。


「術を妨害させるな!!」

「吸血鬼を抑え込め!!」

「一匹残らず殺せ!!」


 槍が、剣が、祈りの術が、里民へ向けて振るわれる。


 抵抗した吸血鬼はその場で嬲り殺された。

 逃げようとした者も、子を庇った母親も、容赦なく切り裂かれていく。


「っ……!」


 走りながら、ヘディの足が震える。

 頭では理解したくないのに、目の前の現実がそれを無理やり理解させてきた。


 悪魔を倒したのも。

 レオンから力を継いだのも。

 全部、このためだったのだと。


「母さん……っ!」


 ヘディは、動きを止めそうになった母の手を強く引いた。

 もう迷っている暇はなかった。

 ディアは父の死をまだ理解しきれないまま、涙に濡れた顔で何度も振り返ろうとする。


「いや……っ! パパが……!」

「見るな、ディア!! 走れ!!」


 自分でも驚くほど大きな声が出た。


 その時だった。


 正面の雪を踏み砕き、異端者狩りの男が一人、回り込んでくる。

 刃が、真っ直ぐディアへ向いた。


「レオン様を惑わした亜人!! 魔族めッ!! 死ね!!!」


 ヘディは咄嗟に前へ出た。

 だが、まだ子どもの身体で大人の剣を受け切れるはずがない。

 振り下ろされる刃の冷たさに、全身が硬直した。


 その前へ、母が滑り込んだ。


「下がって!!」


 次の瞬間、空気が凍りついた。


 母の足元から白い霜が走る。

 雪の上に、氷の紋様が一気に広がっていく。

 振り下ろされた剣が、触れた瞬間に霜を纏い、そのまま凍りついた。


「なっ……!?」


 異端者狩りの男が目を見開く。

 その間にも、母の銀髪が冷気に揺れた。

 赤い瞳の奥に、今まで見たこともない決意が宿っている。


「ヘディ。ディアを連れて、離れて」

「母さん……?」


 ヘディは息を呑んだ。


 母はいつもの優しい薬師の顔ではなかった。

 花を育て、傷を癒やし、穏やかに笑っていた母ではない。


 子を守るためだけに、すべてを燃やし尽くす覚悟を決めた母の顔だった。


「早く!!」


 その叫びと同時に、母は両手を雪へ突き立てた。


「私は、あなた達の側にいる!! ――【秘術:私だけの氷世界(アイス)】」


 轟、と音を立てて、白銀の氷壁が立ち上がった。


 家よりも高く。

 城壁みたいに厚く。

 吹雪そのものが形を得たみたいな巨大な氷が、ヘディ達と異端者狩りの間を一気に隔てる。


「う、うわっ!?」

「なんだこの氷は……!」

「砕け!! 急げ!!」


 異端者狩り達の叫びが、氷壁の向こうからくぐもって聞こえる。


 けれど、母の顔色は一瞬で悪くなっていた。

 唇が青くなり、肩が震えている。

 この術が、ただの防御ではない。命を削っている、とヘディにもわかった。


「母さん、もういい! 逃げよう!」

「まだよ……」


 母は首を振った。

 雪原の向こうを、じっと見ていた。


 その視線の先にいたのは、リオンだった。


 異端者狩りの虐殺から少し離れた場所。

 まるで自分だけは汚れないところに立つように、リオンは静かに掌を見つめていた。


 そこに、あの()があった。


 さっきレオンから移った、太陽の輝きに似た何か。

 それが今、白橙の灼光となって脈打っている。


 吹雪の中なのに、熱かった。

 遠くにいるのに、皮膚が焼けるようだった。


 ヘディの背筋を、ぞわりと悪寒が走る。


「……まずい」


 母が、かすれた声で呟いた。


「ヘディ、ディアを連れてもっと下がって」

「な、何をする気なんだよ、あいつ……」


 リオンは、自分の掌の中の光を見つめていた。

 その目は恍惚としていた。

 まるで、初めて神に触れた者のように。

 あるいは、自分こそが神になれると信じた者のように。


「これが……兄さんの力」


 その声には震えがあった。

 恐怖ではない。歓喜の震えだった。


「なるほど。これは確かに……世界を変えられる」


 ヘディの呼吸が浅くなる。

 あれを、使うつもりだ。

 何にかはわからない。

 でも、使わせてはいけないと、本能が叫んでいた。


 その時、リオンの背後に、黒いローブの人影が立った。


 いつからそこにいたのかもわからない。

 男か女かも、老人か子どもかもわからない。

 ただ、顔だけが闇に溶けていた。


「それで良い」


 人影が、静かに言う。


「証拠も、教会の失敗作共も、まとめて消せばいい」


 その言葉に、リオンは小さく笑った。


「そうだな」


 掌の光が、さらに強く脈打つ。

 擬似太陽みたいに。

 いや、それよりもっと禍々しく、もっと近く、もっと危険な太陽として。


 母の表情が変わった。


「ヘディ!!」


 振り返る。

 母は、二人を庇うように両腕を広げていた。


「ディアを守って!!」

「え……?」


 その直後だった。


 リオンの掌で、神の奇跡が咆哮した。


 光ではなかった。

 それは、終焉そのものだった。


 擬似太陽が地上へ落ちてきたかのような灼熱が、里の全てを飲み込もうとする。


 母の氷が、それを受け止めた。


 凄まじい蒸気。

 軋む音。

 爆ぜる熱。

 白と橙が、世界の境目を失わせる。


「ヘディ、ディア……あなた達は、生きなさい!!」


 母の叫びが響く。


 その瞬間、母の身体そのものが氷の中心へ沈み込むように変わっていった。

 氷の壁を維持するために、自分自身を術の核へ変えたのだと、幼いヘディにもわかった。


 雪原の白さが消えた。

 白橙の極光が、一瞬で世界を塗り潰す。

 空も、雪も、家も、人も、悲鳴も、全部を焼き潰そうとする“太陽”が、里の中央に生まれた。


 ヘディは目を見開いたまま、声も出なかった。


 熱い。

 眩しい。

 息が、できない。


「……今、私の全てを無くしても!! ……あなた達を、守るから!!」


 母が絶叫する。

 壁では足りない。もう逃がすだけでは守れないと、母は悟った。


「全て凍りついて……!! ーー【神秘術:吸血鬼の氷世界(ヴァンパイア・アイス)】ッ!!」


 白銀の氷が、今度は壁ではなく、巨大な氷冠となってヘディとディアを包み込んだ。

 燃え盛る太陽に、氷の王が噛みつくように立ち向かう。


 けれど、相手が悪すぎた。


 氷が軋む。

 溶ける。

 蒸発する。

 膨大な熱量に押し負け、氷の表面から次々にひびが走った。


 母の身体も凍りつき始め、唱えた代償のように砕け始めていた。

 足から。腕から。胸から。

 まるで、どんな氷も熱湯には勝てず、溶けて砕けるかのように。


「母さん!!」


 ヘディが叫ぶ。

 けれど母は振り返らなかった。


「……ヘディ。……ディア。……愛してる」


 その声は、もう母の祈りというより、最後の言葉に近かった。


「……生まれてきてくれて。……ありがとう」


 ディアが泣き叫びながら、母へ手を伸ばす。


「やだぁっ!! ママ!! ママぁ!!」


 氷と母が完全に砕ける。

 熱が流れ込む。

 世界が焼ける。


 その時だった。


 ディアの身体から、強い光が弾けた。


「――いやああああああああああっ!!」


 幼い叫びと同時に、透明な結晶の壁が現れる。


 ダイヤモンドみたいな、絶対に壊れない光の檻。

 それがヘディとディアを包み、押し寄せた灼熱を弾き返した。


 母の氷。

 ディアの神秘の光。

 そして、里を呑み込む太陽の暴威。


 相反する力が、真正面から衝突した。


 轟音。


 熱と冷気がぶつかり合い、雪原そのものが悲鳴を上げる。

 視界が白く裂け、空間が歪む。

 何かが割れるような、世界そのものがずれるような音がした。


「兄さん……っ!!」


 ディアの声が遠くなる。


 ヘディは妹の手を掴もうとした。

 掴んだ、はずだった。


 けれど、光の向こうで、ディアの輪郭がぶれた。


「ディア!!」


 叫んだ瞬間、世界が裏返った。


 白。

 熱。

 冷気。

 光。

 悲鳴。


 全部がぐちゃぐちゃに混ざり合って、里そのものを呑み込んでいく。


 雪原も、家々も、泣き叫ぶ声も、母の氷も、ディアの光も。

 そこに存在していたはずの全てが、暴走する太陽の奥で無へ帰されていくようにしか見えなかった。


 次の瞬間には、何も見えなくなっていた。

 まるで、世界の方から先に、自分たちがそこにいたことを焼き尽くしたみたいに。




「素晴らしい……。これが、兄さんがずっと隠していた……。

  【全てを焼き尽くすイカれた太陽イッツ・ジ・エンド】か……」






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