115[2-49].へディの過去 《吸血鬼の里、ヘディの家族と冬の終わり》
長いけど一つにまとめました。
追記)剣→長槍に変更。
ヘディは、少しだけ目を伏せた。
病室の空気は静かなままだったが、その静けさは、さっきまでの安堵とはもう違っていた。
これから語られるものの重さを、誰もが薄々感じ取っていたからだ。
「オレ達は、タイオーの外れにある隠れ里で育った。吸血鬼だけがひっそり暮らす、幻影の里だった」
そう言って、ヘディは遠くを見るように視線を落とした。
「ただ……、事件があったのは、ディアが六歳の頃の話だ」
ディアは小さく息を呑み、ユーサ達も黙ってその続きを待った。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
タイオーのさらに外れ。
永遠の雪原の奥深くに、吸血鬼だけが身を潜めて暮らす幻影の隠れ里があった。
雪が足跡を消し、吹雪が地形を隠し、里を包む幻惑の術が外からの視線を惑わせる。
よそ者の目には、そこにはただ白い雪と氷の大地がどこまでも続いているようにしか見えない。
けれど、その内側には人の暮らしがあった。
灯りがあり、食卓があり、息を寄せ合う家族がいた。
タイオーは、永遠の雪原が続く国だった。
空は分厚い雲に覆われ、本物の太陽が長く姿を見せない。
代わりに空に浮かぶのは、王族の力によって維持される【擬似太陽】。
それが絶え間なく光を落とし、永遠の朝のような白い世界を作っていた。
本物の太陽ほどではなくても、その光も吸血鬼に優しくはない。
身体は鈍る。力は落ちる。
だが、本物の太陽ではないからこそ、日中でも暮らせる吸血鬼は多かった。
そのため、各地に散らばっていた吸血鬼の同胞がタイオーへ集まり、この隠れ里で生きていた。
怯えながらも、身を潜めながらも、家族を作り、命を繋ぎ、雪の中で小さな幸せを守っていた。
その里で、ヘディとディアは育った。
ディアが生まれた日のことを、ヘディは今でも覚えている。
「弟が欲しかったなぁ。こき使ってやれたのに」
そう言って口を尖らせた幼いヘディの頭を、母は呆れたように笑って軽く小突いた。
「何言ってるの。お兄ちゃんなんだから、妹を守ってあげてね」
その言葉を、ヘディはずっと覚えていた。
だからこそ、ディアが物心つく頃には、ヘディはすっかり兄貴風を吹かせていた。
「兄さん! こっちの方があったかいよー!」
「ディア! 擬似太陽とはいえ、長く光に浴びすぎると、この前みたいに倒れるぞー! もう、おぶって帰らないぞ!」
「大丈夫だよ兄さん! へーき、へーき!」
光の中を駆け回るディア。
それを、女優帽のような長い帽子を被ったまま注意するヘディ。
里の子ども達の多くは、あまり擬似太陽の光に近づきたがらない。
けれど、ディアは昔から、どこかそれを怖がらないところがあった。
父譲りの光の加護が、まだ小さな身体の中で無自覚に働いていて、ディアは少し体質が違うのかもしれない。
その頃は、家族も漠然とそう思っていただけだった。
「ねえ、兄さん。どうして私達は、擬似太陽の下じゃないと生活できないの? 里の外、特に……他の都市には出てはいけないの?」
六歳のディアが、擬似太陽の白い光を見上げながら不思議そうに尋ねる。
その問いに、ヘディは妙に真剣な顔で答えた。
「できないわけじゃないんだ。本物の太陽の下で生活すると、本来の力が出せないんだよ。それに吸血鬼は、絶滅危惧種って言われてる亜人だから希少なんだ」
そして、少しだけ声を潜める。
「だから……人攫いに会う可能性もあるから、大人達は注意してるんだよ」
「ひ、人攫い……怖い……」
「大丈夫だ、ディア。もし現れたら、ボクがそんな奴ら倒してやる」
そう言って、ヘディは得意げに胸を張った。
「ボクは、いつかあの擬似太陽を超えて――ボク自身が本物の太陽になる。太陽を克服した、無敵の吸血鬼になるんだ!」
子どもらしい、あまりにも大きな夢だった。
けれど、ヘディは本気だった。
ディアの瞳がきらきらと輝く。
「兄さん、すごい!」
その反応に気を良くしたのか、ヘディはさらに胸を張った。
「そしたら、ディアも守ってやる。本物の太陽も月も、いつか見せてやれるようにしてやる。いつかこの里を出よう!」
「うん! 約束だよ! 兄さん!!」
「あぁ! 約束だ!」
そう言って、ヘディは腕につけた小さな腕輪に触れる。
そこには、母から渡された石がはめ込まれていた。
天使様の加護付きの石。
母はそう言っていたが、ヘディにとってはお守りというより願掛けだった。
太陽になる。
妹を守る。
家族を幸せにする。
そんな子どもじみた大きな願いを、ヘディはいつもその石に勝手に込めていた。
「無敵のボクが必ず、幸せにしてやる」
無敵の自分。
子どもらしい、恐れなどを知らない、傲慢な言葉。
けれど、その傲慢さの根にあったのは、間違いなく家族を守りたいという願いだった。
そんな二人は、里でも有名な両親のもとで暮らしていた。
父レオンは、吸血鬼ではなかった。
この隠れ里でただ一人の人間であり、里の外では王族の血を引きながら、王座を降りた男だった。
けれど、この家の中では不器用な父親に過ぎなかった。
それでも、時折ディアを笑わせるために、指先で光を屈折させるようなことをしてみせた。
窓から差し込む擬似太陽の光を掌の上で揺らし、小さな輝きに変える。
「凄いよパパ! どうやってするの?」
「ディアは、もう少し大きくなったら教えてあげるよ」
「ぷん! 兄さんばっかりずるい! 見て真似してやる!!」
「あはは。ディアは賢いから、すぐできるようになるよ」
ディアは除け者にされながらも、ずっと父とヘディを見ていた。
ヘディはそんな父の力を内心格好いいと思い、その使い方を真剣に教わっていた。
「ディア。手が空いてるなら、こっちに来て、お花のお手入れを手伝ってくれる?」
「あ、うん! いいよ! ママの方を手伝う!!」
母は、花を育てるのが好きだった。
雪と氷に囲まれた里では珍しい小さな温室で、季節外れの花々を咲かせていた。
ディアは積極的に母の手伝いをして、花に詳しくなっていった。
「兄さんも手伝ってよー!」
「……男が花に詳しくなるなんて格好悪いだろ」
「そんな事ないわよ。男の人で花の理解がある人は、素敵で無敵だと思うけどなぁ、母さんは」
「……そうなの?」
「ふふふ。そうよ。だからヘディも、こっちにいらっしゃい」
母の言葉の影響で、花の名前も、花言葉も、薬草の使い方も、ヘディは興味がないふりをしながら覚えていった。
母は里の中でも有名な薬師で、薬を扱う時の母は不思議だった。
ただ薬効を引き出すだけではない。
相手の心を鎮めるように、辛い気持ちを少しでも元気に錯覚させるように、優しい幻を見せるように、本来の効果以上に馴染ませることがあった。
その術の正体を、幼いヘディには理解できなかった。
けれど、母の瞳と声が、ただの薬以上に人を落ち着かせることだけは知っていた。
母の赤い瞳は、吸血鬼らしい妖しさを宿しながら、穏やかでやさしかった。
銀髪もまた、雪の里の白に溶けそうなほど淡く、それでいてよく目立った。
そして、ディアには才能があった。
「……ディアは凄いな。よくそんな難しい本をいっぱい読めるな」
ディアは本が好きだった。
ただ好きというだけではなかった。里の大人達が驚くほど、多くの本を読み、難しい話までよく覚えていた。
神童。
秀才。
そう囁かれても、本人はただ静かにページをめくって理解しているだけだった。
「読めるようになると面白いよ。兄さんも読む?」
「ボクはいいや。勉強は苦手だから」
「わからない事や、知らない事を知るのは面白いよ? 知識と情報は、自分を変えてくれるんだって」
「ふーん。情報ねぇ。確かに色々と知らないと太陽にはなれないのかな? ディア、太陽に関する話とか何か知ってる?」
ヘディは勉強が嫌いだった。
だから、ディアが読んだ本の内容を横で聞いている方が早かった。
「兄さん、イカロスって知ってる?」
ディアが本を閉じてそう言った。
「知らない。誰だよ」
「自由を得るために、蝋で固めた翼で空を飛ぼうとした人が太陽に近づく話なの」
ディアが嬉しそうに話し、それを聞いたヘディは面白おかしく笑った。
「好奇心が旺盛過ぎだろ。なんで太陽で溶ける蝋で翼を作ってんだよ。失敗するのは目に見えてるな」
「兄さん、夢がないなぁ。物語は非現実的だから、無限の可能性があるから面白いんだよ?」
少しむっとしながらも、ディアは楽しそうに話し続ける。
「なるほど。確かにそうかもな。ディアは作家になれるかもな」
「うん! いっぱい本を読んで、いっぱい物語を作るんだ!!」
その頃のヘディは、ディアの読んだ本の話や、ディアが思いつく物語を聞いていた。
そうした穏やかで幸せな日々が続く中、里の者達に歓迎される客がいた。
「皆さん、お久しぶりです。リオンです。お土産を持って参りました」
レオンの双子の弟、リオン。
王族の分家シイオーの後継。
本来なら、本家を離れた兄の代わりにタイオーを支える側に立つ男。
彼はそんな立場でありながら、定期的にお忍びで隠れ里を訪れていた。
「リオン様がまた来られたぞ!」
「リオンさまー! いつもありがとうー!!」
人間の輸血剤。
保存食。
子ども達への菓子。
時には貴金属や布地まで運び込み、里の生活を陰から支えていた。
彼が最初に里を訪れたのは、まだヘディが幼い頃だった。
山里へ向かう途中で倒れていた父によく似た男を、レオンが見つけた。
その男こそ、レオンの双子の弟、リオンだった。
吸血鬼達にとって、王族側の人間を無条件に信じることはできなかった。
それでも、リオンは助けられた恩に報いるように、長くそれを続けていた。
少しずつ時間をかけて信用と信頼を得た結果、里はリオンを受け入れた。
里の者達は、外の人間に対して完全には心を閉ざしていなかった。
リオンは、王族を離れた兄レオンとの関係を修復するように訪問を続けていた。
それは彼の建前だけではなく、少なくともレオンは、弟のリオンを完全に拒んではいなかった。
二人は、離れていても家族の絆を大事にしている。だからこそ、里の民は、そう信じている。
ただ、ヘディは幼いながらも父の弟であるリオンを警戒していた。
表面上の顔と、胸に残る笑顔の違和感を、ずっと感じ取っていた。
ある日のこと。
リオンは、いつものように里へやって来た。
笑顔を作り、土産を配り、里の者達と穏やかに言葉を交わす。
けれど、幼いヘディだけは、その日は何かがいつもと違うと感じていた。
父に似た顔。
似ているからこそ、違いがわかる。
レオンが静かな火なら、リオンは冷えた刃だった。
笑っているのに、その笑みが妙に薄い。
いつもならもっと柔らかく言葉をかけるはずなのに、今日はどこか急いているように見えた。
「……奥で話そう」
レオンがそう言って、リオンを部屋の奥へ連れて行った。
ヘディは最初、ディアの相手をしていた。
だが、どうにも胸騒ぎがして、じっとしていられなかった。
ディアが本を読むことに集中している時。
母に見つからないよう、そっと立ち上がる。
足音を殺して、奥の部屋の近くまで行く。
襖の向こうから、二人の声が聞こえた。
「兄さん。もう先延ばしにはできない」
リオンの声だった。
表の穏やかさを削ぎ落とした、低く張りつめた声。
「タイオーは変わり始めている。研究員達が、擬似太陽の抑制を行える結界石を作り始めた」
ヘディには意味の全部はわからなかった。
だが、“何かが変わる”という焦りだけは伝わった。
「このままでは、王族の力そのものが不要だと見なされる。兄さんが持つ【神の奇跡】の意味すら、いずれ失われる」
レオンの返事は短かった。
「わかっている」
「なら――」
「だが、今じゃない」
その一言に、ヘディは息を呑んだ。
“今じゃない”。
その言葉の意味を、子どもだったヘディは全部理解できなかった。
レオンは続ける。
「ヘディとディアが大きくなった時に……、その時もう一度……、考えさせてくれ」
父のその言葉から、ヘディは恐怖した。
自分達を置いて、父はいつかいなくなるかもしれない、と。
「……考える、か」
リオンの声が冷える。
「兄さんはいつもそうだ。何もかも自然に手に入れて、最後には譲るような顔をして、こちらの都合は考えていない」
襖の向こうで、何かが軋んだ気がした。
「王座も、力も、擬似太陽も……全部だ。双子であるはずなのに、兄さんだけが選ばれて、兄さんだけが望む生き方を手に入れて、そして最後には……兄さんの都合で決まる」
そこには、長年押し殺してきた劣等感が滲んでいた。
「違う、リオン。私はお前のことも考えて――」
「嘘をつくなよ、兄さん! 俺のことなど……考えていないだろ!」
その返答には、怒りだけではなく、裏切られた者の痛みのような悔しさも混じっていた。
「俺だって、兄さんを信じていた。待てばいいと思っていた。いつかは選んでくれる。俺の番が来る。そう思っていた!」
ヘディは襖の前で固まった。
子どもの直感でもわかった。
何かが、おかしい。
リオンの背後の空気が、熱もないのに黒く揺らいで見えた。
リオンは、俯いたまま黙っていた。
その口元だけが、かすかに、不気味に歪んでいる。
レオンが静かに言った。
「リオン。お前――」
その瞬間だった。
「きゃあああああああああーーーーー!!!」
外から、悲鳴が響いた。
続けて、雪を踏み荒らす重い足音が一斉に押し寄せる。
「悪魔だ!! 悪魔の集団が、現れたぞ!!!」
扉が蹴破られる音。
誰かが叫ぶ声。
何かが燃え、壊れ、崩れていく音。
ヘディが振り返るより早く、家の外は騒然となった。
「!? 何事だ!!」
ヘディは慌てて襖の前から離れた。
レオンとリオンが、ほとんど同時に家の外へ飛び出す。
その後を追うように、ヘディも外へ出た。
瞬間、ヘディは息をするのを忘れた。
雪の里が、壊れていた。
いつもは白くて、静かで、冷たいくせにどこか優しかった景色が、今はもう何もかも違って見える。
赤い血が雪を汚し、家々の灯りが倒れ、誰かの悲鳴が吹雪の向こうで何度も裂けるように響いていた。
悪魔だった。
見たこともない異形の群れが、里の中を這い、跳び、牙を剥き、吸血鬼達を玩具みたいに壊している。
爪が体を裂き、牙が喉笛に食い込み、雪の上にばらばらと命が零れていく。
その光景に、ヘディは足を止めた。
止めたまま、動けなかった。
「下がっていろ!!」
父の声で、ようやく我に返る。
レオンが前へ出る。
その背中は、今まで見てきたどんな時よりも大きく見えた。
掌に集まった光が、タイオーの空に、もう一つの太陽を生んだみたいに燃え上がる。
次の瞬間、一直線に放たれた光が悪魔を飲み込んだ。
轟音。
雪が白く蒸発する。
焼け焦げる臭いと、耳を裂くような断末魔。
先頭にいた悪魔がまとめて吹き飛び、崩れ落ちた。
ヘディは目を見開いた。
ーー格好いい、と思った。
あまりにも真っ直ぐで。
あまりにも強くて。
その時の父は、ヘディがずっとなりたいと願っていた“太陽”そのものに見えた。
その隣で、リオンは長槍を手にしていた。
兄が光で焼き、弟が刃で断つ。
長く離れていたはずなのに、その動きは奇妙なくらい噛み合っていた。
「レオン様だ!」
「リオン様も戦ってるぞ!!」
「私達、助かるかも……!」
里の誰かが、そう叫んだ。
その声は、きっとヘディの気持ちでもあった。
助かるかもしれない。
父がいる。
リオンも戦っている。
だったら、まだ――
そう思った、次の瞬間だった。
真っ白な世界に隠れていた、大きすぎる影が、動いた。
今まで一歩も動かなかった化け物が、雪を沈ませて前へ出る。
それだけで、周りの空気が歪んだ気がした。
ヘディは、なぜかすぐにわかった。
あれは、違う。
他の悪魔とは、何もかも違う。
里の中央に立つそれは、ただ大きいだけじゃなかった。
見上げるだけで、胸の奥に冷たい手を突っ込まれるみたいな嫌悪感があった。
目を逸らしたいのに、逸らしたら終わる気がした。
冠位悪魔。
その異形が、ゆっくりと顔を上げる。
「アッタ」
低く濁った声。
耳から聞こえたはずなのに、頭の中に直接流し込まれたみたいで、ヘディは思わず肩を震わせた。
「強イ、太陽ノ光ヲ操ル、力ノ持チ主」
その濁った瞳が、真っ直ぐレオンを見た。
嫌な予感がした。
父が、里の者を庇うために一歩前へ出る。
リオンが横へ流れて、別方向から迫る悪魔を斬る。
ほんのわずか。
たったそれだけ、二人の間合いが開いた。
その一瞬を、あの化け物は待っていた。
「全員。奴ヲ殺セ」
その言葉と同時に、今まで里の者達を襲っていた悪魔の群れが、一斉に向きを変えた。
標的は、ただ一人。
レオンだけだった。
「パパ!!」
ディアの叫びが響く。
前から。
横から。
後ろから。
悪魔の刃が、牙が、爪が、雪嵐みたいにレオンへ殺到する。
レオンは咄嗟に光を放ち、正面の悪魔をまとめて焼き払った。
白熱の光が悪魔の胸を貫き、雪の上へ黒い影を転がす。
だが、数が多すぎた。
横腹が裂かれる。
肩に牙が食い込む。
背を爪が抉る。
「ぐっ……!」
血が、雪の上に散った。
それでも父は倒れなかった。
踏みとどまり、歯を食いしばり、もう一度光を練る。
「邪魔を……するなああああっ!!」
咆哮と共に、光が炸裂した。
周囲の悪魔が吹き飛び、雪煙の向こうに何体も転がっていく。
一瞬だけ、父の周囲に空白が生まれた。
だが、その空白を待っていたみたいに、冠位悪魔自身が真正面から踏み込んだ。
速い、なんてものではなかった。
あれほど大きいのに、気づいた時にはもう目の前にいた。
黒い影が、雪も空気も押し潰して降ってくる。
レオンが迎え撃つように掌を上げる。
光がぶつかる。
巨腕が押し込む。
ほんの一瞬、拮抗したように見えた。
けれど次の瞬間、悪魔のもう片方の腕から伸びた黒い爪が、深々とレオンの脇腹を抉った。
「――がっ……!」
レオンの身体が大きく揺らいだ。
そのまま膝が落ちる。
雪に、血が一気に広がる。
その赤が、あまりにも鮮やかで。
ヘディはそれを見た瞬間、胸の奥が冷たくなった。
レオンは雪の上に膝をついたまま、なおも立ち上がろうとしていた。
冠位悪魔は、そんな父を見下ろし、不気味に口を歪める。
「ミツケタ。太陽ノ力ノ核」
濁った声が、楽しそうに響く。
悪魔の無数の腕が、レオンの体を握り潰そうとする。
レオンの悲鳴が、ヘディの頭の奥まで突き刺さった。
さっきまで本物の太陽みたいに見えていた父が、今は悪魔の腕の中で壊されようとしていた。
「コイツヲ殺セバ……タイオーハ、主様ノ物ニナル」
その言葉に、ヘディの背筋が凍った。
この悪魔は、里を壊しに来たんじゃない。
最初から、父だけを殺すためにここへ来たのだ。
雪の里に、ヘディの幸せの終わりが降ってきた。




