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D/L Arc 魔転生 ―召命を越える月虹― D_ / Luna Another world Reincarnation Calling …en Ciel  作者: 桜月 椛(サラ もみじ)
第2章 カーテン・フォール編

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111[2-45].オレの大事な愛しい妹《マイ・ディア》

長いです。分割せずにまとめました。

ビタミン炭酸水は、主人公の人が疲れた時に飲んでる、某なんたらミンCです。





 悪魔が灰となって崩れ落ちた、その瞬間だった。


 路地裏を覆っていた黒い膜が、音もなく剥がれるように消えていく。

 重く沈んでいた空気がほどけ、息をするだけでも苦しかった圧力が、嘘みたいに消えた。


 【明けない魔夜中(ブラック・アウト)】が、解けたのだ。


「っ……はぁ……!」

「ペイペイ!! や、やっと動けたっす……!!」


 地面に押しつけられていたエヂヒカとペイシンが、ようやく息をつく。

 だが、安心している暇はなかった。


 ユーサが顔を上げる。

 視界は滲み、身体は鉛みたいに重い。


 それでも、最初に見たのは自分ではなかった。


「ディア……お願いがある……」


 掠れた声で、必死に言葉を繋ぐ。


「あそこにいる人を……至急、治療してほしい……早く……!」


 その声に、全員の視線がヘディへ向いた。


 路地の奥。

 血と灰の中に倒れた男。

 胸を貫いた傷口から、なお赤黒い血が流れ続けている。


「あなた……うん、わかったわ。その後に、あなたも――」

「ディアさん。ユーサさんは僕が見ますから、その方をお願いします」


 男の声だった。


「……わかりました。お願いします、ラムタさん」


 ディアが返事をして、ヘディの方へ駆ける。

 それと入れ替わるように、路地の入口側から荒い足音が近づいてきた。


 少しぽっちゃりした男が、肩で息をしながら現れる。


「ラムタ!? どうしてここに?」

「あのですね……ユーサさん。……はぁ、またこんなに壊して。苦情が来ているから来てみれば……」


 オトムティースで、ザキヤミのギルド員の体調管理とエリアマネージメントを任されている、ラムタだった。


「……なるほど。ディアが一人でここに来たんじゃなくて、ラムタについてきたのか」


 掠れた声で、ユーサが言う。

 ラムタが少し目を丸くした。


「さすが、察しがいいですね。だいたいその通りです」


 ラムタは肩で息を整えながら続ける。


「ディアさんが、なかなか帰ってこないユーサさんを心配していたところに、裏路地で轟音がしているって苦情が入ったんです。トムさんが念のため黒曜石を探知したら、苦情のあった場所にユーサさんがいた」


 呆れたように目を細めながらも、その声には安堵が混じっていた。


「僕が確認に向かうところに、ディアさんがついてきました。マリアちゃんはトムさん達が見ています」


 そこまで言って、ラムタは少しだけ苦い顔をする。


「でも、途中から悪魔の黒い結界に呑まれて、僕は動けなくなりました。ディアさんだけが動けたので、先に行ってもらったんです」


 彼はそこで、ユーサの前に膝をつく。


「その前に……はい、これ。ユーサさんお気に入りの、ビタミン入り炭酸薬です。飲めますか?」


 ラムタが、ユーサを支えながら瓶型の回復薬水を口元へ運ぶ。

 ゴクッ、ゴクッ、と喉が鳴る。


「……プハっ! ありがとう、ラムタ。コレは疲れた時に元気になるから助かった。もう戦う気力はないけど、起き上がれるぐらいにはなったよ」


 上半身だけを起き上がらせるが、まだ足に力は入らない。

 ラムタは秘術道具でユーサの状態を確かめ、ひとまず命に別状がないとわかったのか、短く息を吐いた。


「そうですか。持ってきてよかったです。……本当に」


 その声は、少しだけ掠れていた。


 ラムタは、抉れた地面、砕けた壁、路地を埋める瓦礫を見回す。

 それから、頭が痛いみたいに額を押さえた。


「悪魔を退治する目的以外で、遠回しに応援を呼ぶのはやめてくださいって、何回か言いましたよね?」

「ご、ごめん……。でも、街が消滅する危機だったんだからさぁ……し、仕方ないと思うんだよね。応援を呼んだら逃げられる可能性もあった訳で……」

「ユーサさん」

「……はい」


 ラムタの目は笑っていなかった。


「壁が壊れることも、苦情が来ることも、僕は仕事だから受けます。そういうのは、どうでもいいんです」


 一度そこで言葉を切る。


「でも……もう、知らないところで『死にました』、みたいな事は……二度とないようにしてください」


 ユーサが息を止めた。


 ラムタは視線を落とす。

 怒っているようで、怒りきれていない。

 その声の底にあるのは叱責よりも、一度喪った者の痛みだった。


「あの時……正直に言います。僕は、自分の体調管理やマネージメントが悪かったんじゃないかって、ずっと思ってました」

「ラムタ……」

「僕がもっと見ていれば。もっと早く異変に気づけていれば。もっとちゃんと、寄りかかれる場所になれていれば……ユーサさんは、死ななかったんじゃないかって」


 その言葉は、ずっと胸の奥に刺さっていた棘みたいだった。


「わかってるんです。全部が僕のせいじゃないことも。誰か一人の責任にできる話じゃないことも。……でも、そうやって割り切れるほど、僕は器用じゃないんですよ」


 ラムタは顔を上げる。

 その目は、少しだけ赤かった。


「ユーサさん、一人で何でも抱え込むじゃないですか。だから、何か異変があったら、すぐ教えてください。

 ……仕事のお願いじゃないです。個人的なお願いです」


 そこで初めて、ラムタは少しだけ困ったように笑う。


「……あはは。そうだね。僕はまだ、ラムタがいないと体調管理できないぐらいダメだと思ってるよ」

「……ディアさんが聞いたら傷つきますよ」


 ジト目だった。

 けれど、その口元はわずかにはにかんでいた。


「でも、そう思ってくれてるなら……ちゃんと頼ってください。僕は、そのためにいるんです」

「……うん。わかった」

「本当ですか?」

「本当」

「絶対に?」

「絶対に」


 ラムタは、やっと短く息を吐いた。


「……なら、今回は許します。()()()()()ので」


 だが、次の瞬間。


「……っ、それよりラムタ! 僕より、あそこで倒れてる彼を!!」


 ユーサが、座り込んだままヘディの方を指す。

 ディアが応急処置をしているが、空気は明らかに良くない。


 ラムタは、路地の暗がりに倒れたヘディを見た、次の瞬間には言葉を失った。


「……っ、これは……」


 ヘディの胸に、槍のように伸びたペンが深々と刺さっていたからだ。


「あの人を助けてほしい。お願い!」

「……わかりました!!」


 自分も今にも倒れそうなのに、それでも真っ先に他人を助けようとする。

 そんなユーサらしさに胸を締めつけられながら、ラムタはヘディの方へ駆け寄った。


 ディアは泣きそうな顔のまま、ヘディの処置を続けていた。


 胸を貫いているように見えた。

 実際、人体を貫いているのは事実だった。


 だが、詳しく見れば、それは心臓そのものを潰したのではなく、わずかに逸れ――悪魔の魔力の芯を貫くように刺さっていた。


「心臓は、外れてる……。でも、体を貫いてることには変わりない……!」


 ラムタの顔が険しくなる。


 治療者として見れば、ほとんど手遅れだった。

 それでも二人は、手を止めなかった。


 ラムタは回復の秘術を使う。

 ク・エルのような完璧な再生の神の奇跡ではない。

 それでも、少しでも命を繋ぐために、全神経を集中させる。


 ディアは薬箱を開いて、外傷の手当に取り掛かった。


「ディアさん、そこを押さえてください! 僕が秘術で、内側から少しでも繋ぎます!」

「わかりました!」


 汗を滲ませながら、ラムタが秘術を流し込む。

 ディアがそれを補助する。


 すると。


「……あ」


 ヘディの喉から、かすかな声が漏れた。


 同時に、血が口から溢れ出す。


「っ! 意識はありますか!?」


 ディアが咄嗟にその血を受け止める。

 服が汚れるのも構わず、必死に顔を覗き込んだ。


「気をしっかり持ってください。助けますから……無理に動かないでください」


 ディアは、患者としてヘディに生きてほしいと願う。

 治療者として、役目を果たそうとする。


 ヘディは、ぼんやりとディアを見た。


 ぼやけた視界の奥で、その顔を何度も確かめるように。

 喉が小さく上下する。

 泣くのを堪えるみたいに。


「……ディア」


 その呼び方だけが、不思議なくらい優しかった。


「え?」


 ディアの胸の奥が、ほんの少しだけざわめく。

 知らないはずの声なのに、どこか懐かしい。

 知らないはずの呼ばれ方なのに、心臓だけが覚えているような、そんな違和感。


 だが今は、それより優先すべきことがある。


「喋らないでください。傷が広がります」


 ディアが真剣に言う。


 だが次の瞬間。


 ヘディは、自分の胸に刺さった槍のようなペンへ手をかけた。


「え?」

「!? 待って、何を――」

「ヘディさん!? やめるんだ!!」


 ディアとラムタ、そしてユーサが同時に声を上げた。


 しかし、遅かった。


 ヘディはペンを、自分の胸から引き抜いた。


 大量の血が噴き出す。


「ヘディさん!!」

「何をしてるんですか! 死にたいんですか!? これだと……余計に……!」


 ラムタが叫び、慌てて押さえ込もうとする。

 だが、その手が止まった。


「あぁ。そうだよ。オトムティースのエリアマネージャー……ラムタさん」


 ラムタが、ヘディの瞳を見た瞬間だった。


 橙色に揺れる瞳。

 治療を止めろと、無言で告げるような目だった。


 術だけではない。

 そこにある覚悟が、治療者の手を止めた。


 ヘディは声を掠らせながら、笑う。


「悪いな。患者に意識がある時は……治療方針に同意が必要なんだろ? オレは、治療を拒否するよ」

「っ!? 何考えているんですか!! 命を粗末にしないでください!!」


 ディアが叫ぶ。


「生きて……ください……!」


 その声は、もう治療者の声だけではなかった。

 どうしてかわからないまま、それでも失いたくない何かへ縋る声だった。


 その叫びを聞いたヘディの瞳から、涙が溢れた。


「ディア……母さんと……そっくりだ……」

「え……母さん?」


 ディアが息を呑む。


 今まで嘘を重ねてきた男が、初めて本当のことを口にしたみたいだった。

 その声は、嬉しそうで。

 泣きそうで。

 もう戻れない時間を見ているようだった。


「立派に……なったんだな……」


 ヘディは、苦しげに笑った。

 血に濡れた唇が、かすかに震える。


「……聞いてくれ」


 その声には、もう時間が残っていない響きがあった。


「お前が……記憶を失ったのは、オレのせいなんだ」


 ディアの瞳が揺れる。


「あの日……悪魔が、吸血鬼の里を襲った……」


 吸血鬼の里。

 ディアは、その言葉だけで、胸の奥がざわついた。

 遠い昔の夢みたいに脳裏をかすめる。


「母さんが……オレ達を守ったんだ……」

「……え?」

「そのあと……オレは、お前を守るために……天使になった……」


 ヘディの喉が、小さく上下する。

 言葉を吐くだけで血が滲む。

 それでも止めなかった。


「……でも、引き換えに……」


 ディアの指先が、無意識に強くなる。


「……お前の中にある、家族の記憶を……オレが奪った……」


 ディアの呼吸が止まる。


「ひどいことをして……ごめん……」


 ぽたり、と。

 ヘディの頬を伝った涙が、二人の間へ落ちた。


「でも……それでも、聞いてほしい……。たくさん嘘をついてきた人生だった……でも……」


 声が震える。


「世界中が……過ちに穢れていても……」


 血と一緒に、今まで隠してきた本音が零れていく。


「ずっと、ディアのことを思ってた……」


 その言葉が、ディアの胸の奥へ、ゆっくりと沈んでいく。


「契約で……手を繋ぐことすらできなくても……ずっと……」 


 手を繋ぐことすらできない。


 その一言で、ディアの何かがひどく痛んだ。

 喉の奥に引っかかっていたものが、少しずつ形を持ち始める。


 花の匂い。雪の光。誰かの背中。大きな手。優しい声。


 まだ、全部は思い出せない。

 それなのに、失いたくないという気持ちだけが先に溢れてくる。


「たとえ……この思いさえ……嘘に思われても……」


 ヘディの視界が、少しずつ暗くなる。

 声も遠い。

 指先の感覚も、もう曖昧だった。


「信じて……」


 それでも最後に、ヘディはディアへ手を伸ばした。


 触れたい、と。

 ただそれだけの願いみたいに。


 だが、途中で止まる。


 もし今、触れたことで何かが起きたら。

 もし自分の中のものまで、ディアに背負わせることになったら。


 そんなことだけは、したくなかった。

 だから、ヘディは手を引こうとした。


 その瞬間。


 ディアの方から、その手を握った。


「……っ」


 ヘディの目が揺れる。

 反射的に離そうとする。


 だが、ディアは離さなかった。


「まだ……わからない……けど……」


 喉の奥で、何かが震える。


「もう……離れないで……」


 まだ全部は思い出していない。

 なのに、その手だけは失いたくなかった。


「私は、ここにいます《ラブ・イズ・ヒア》」


 無意識だった。

 けれど、その言葉に宿る神秘は、確かに形になった。


 ヘディを包んでいた橙の輝きとは別の、やわらかな光。

 まるで“ここにいていい”と伝えるみたいな、温かな光だった。


「ありがとう、ディア。……オレの……妹」

「……妹」


 その輝きは、“嘘”ではなかった。

 二人を包む光は、降る雪みたいに静かで、優しかった。


 その光が、薄れかけていたヘディの時間を、ほんの少しだけ引き留める。

 消えかけた命の火が、最後の言葉を残すためだけに、わずかに揺れ戻った。


 手を握るだけでは、継承にはならない。

 そこまでの深い条件には届かない。


「あぁ……、オレの……大事な、……愛しい……妹」


 ヘディは、そこでようやく小さく息を吐いた。

 そして今度は自分から、ディアの手を握り返す。


 繋いでは、いつまでも離さないように。


「それだけは……信じて……」


 そのぬくもりが、その“真実の言葉”が、最後になった。


 ヘディの瞳の橙色が、ゆっくりと消えていく。

 橙の瞳が、赤へ戻り、閉じられる。

 橙に染まっていた髪が、銀へ戻る。


 ディアと同じ色の瞳と髪。


「……え」


 その瞬間。


 ディアの中で、何かが流れ込む。


 花の匂いと雪の光。

 優しく頭を撫でてくれた大きな手。

 泣いていた自分を背負って歩いてくれた背中。

 何度も、何度も呼んだ名前。


「……に……い」


 ディアの喉が震える。


「……兄……さ」


 言葉が追いつかない。

 涙だけが先に落ちる。


「兄さん……!!」


 その叫びと同時に、閉ざされていた記憶が一気に雪崩れ込んできた。


 花の庭。

 雪の里。

 母の笑顔。


 ずっと、自分を守ってくれた兄の笑顔。


「兄さん!!!!」


 ディアが泣き叫びながら、ヘディに縋りついた。


「ディア!? どうしたんだ!!? 兄さんって、どういう事だよ!?」


 ユーサが、よろめきながら立ち上がり、ディア達の方へ歩く。

 そしてディアの肩に手を添えた。


「あなた……思い出したの!! 兄さんなの! 私の……ヘディ兄さん!!」


 必死に止血する。

 薬を使う。

 押さえる。

 けれど、血は止まらない。


 やっと思い出した。

 やっと、兄だとわかった。


 なのに。


 今さら思い出しても、もう兄の血は止まらない。

 もう、目を開けて笑ってくれないかもしれない。


「いや!! いやぁぁぁっ!! 記憶が戻ったのに!! こんなの、いや!!」


 路地裏に、ディアの叫びが響き渡る。


「兄さんって……ヘディさんは、本当に……ディアの兄さん?」


 ユーサは、その場で言葉を失っていた。


 ー「……ありがとう、ユーサ。お前は……家族を、大事にしてくれ」ー


 トドメを刺そうとした時の、ヘディの言葉。

 それは、“嘘”ではなかった。


「……どうして、……どういうことなんですか、ヘディさん」


 やっと出た言葉は、それだけだった。

 けれど、ヘディはもう答えられない。


 ディアは泣きながら、ただ兄の身体を抱えて、止血を続けるしかなかった。


 もう、戻ることはできない。

 記憶だけが戻って。

 真実だけが、遅すぎる形で目の前に転がっていた。




 ――その時だった。




「そこまでだ」


 低い声が、路地裏に落ちた。


 全員が振り向く。


 路地の入口側。

 そこには数人の天使と、白衣姿の研究員らしき人影が立っていた。

 タイオーの紋章を身につけた一団だった。


 先頭に立つ天使が、ヘディを見下ろして短く言い放つ。


「連れていけ」

「「「ハッ!!」」」


 天使達が、血だらけのヘディをディア達から奪うように間へ割って入る。


「なんだ、アンタらは!?」


 ユーサが、体を動かせないまま声を上げるが、天使達は無視して進む。


「待ってください。その方は、我々のギルド員の親族です。勝手に治療の邪魔はしないでください」


 ラムタが、すぐに前へ出た。


「どけ。貴様にコイツが治せるのか? 天使の治療に心得があるのか? 何かできるのか?」

「そ……それは……」


 ラムタが一瞬だけ萎縮しながらも、先頭の天使は冷たく言い放った。


「邪魔をしているのは、そちらだ。コイツの治療は我々が行う。死なせないことだけは保証しよう。……まぁ、意識があるかどうかは別だがな」


 研究員の一人が、冷静な声で言葉を継ぐ。


「胸部の損傷だけではない。悪魔融合の残滓と、天使の信仰力が循環で衝突している」

「この場の薬と秘術では、延命が限界だ」

「タイオー側の術式停止処置と循環維持に入れなければ、数分で死亡する」


 ラムタの顔が強張る。

 反論できなかった。

 治療者だからこそ、その言葉が正しいとわかってしまった。


「……っ」

「ディアさん、離れてください。このままでは、お兄さんが……本当に持ちません」


 その一言が、残酷だった。

 ディアが、ぐしゃぐしゃの顔のまま振り返る。


「な、何を……言って……」


 別の天使が、冷たく言う。


「この者は、タイオーの管轄だ。部外者が触れていい存在ではない」

「部外者……?」


 ディアの声が震える。


「兄さんなのよ!? 私の兄さんなの!!」


 その叫びにも、天使達の顔色は変わらない。


「天使に、家族は必要ない」


 先頭の天使が、大きな声で告げる。


「コイツは、タイオーの天使ダ・エル」


 その一言で、空気が変わった。


「シ・エル最天使長の破壊神側近部隊(セブンス・ヘブン)のダ・エルであり、我々タイオーの天使でもある」


 感情のない声だった。

 泣いているディアに対する配慮など、一片もない。


「よって、こやつの身柄は――我々が確保する。ダ・エルの処遇は、タイオーが決める」


 研究員の一人が前へ出る。

 まるで壊れかけた貴重な標本を見るみたいな目で、ヘディを見下ろした。


「まだ息はありますが、回収可能です。早急な対応を」

「搬送する」


 ディアの腕の中から、ヘディの身体が引き剥がされていく。


「やめて!! 兄さん!! 兄さんっ!!」


 ディアが泣き叫ぶ。

 けれど、その声を無視して、天使達はヘディの身体を持ち上げた。


 銀髪の頭が、力なく揺れる。

 もう目は開かない。

 呼吸があるのかさえ、遠目にはわからない。


 ユーサ達は、何もできずにヘディが回収されていくのを見るしかなかった。


 やっと真実に辿り着いたのに。

 やっと兄と呼べたのに。


 やっと手を伸ばして掴んだ。

 嬉しくて、抱きしめ合うように重ねたその手は、あまりにも儚かった。


 その温度だけを残して、ヘディはディアの手の中から奪われていった。




本当は、ラムタの登場も、ヘディの内なる話も、ここの予定ではなかったのですが

人物達が動いたので、ここにしました。

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