第9話 「それじゃあ、行くか」
「――さて、どこから行こうか」
レックスは優しい陽の光が照らす道を見回す。
これまでの道を辿るとアーデントには言ったが、どう回るかは具体的には言っていなかった。それはレックスに一任されているということを意味する。
マリカは悩んだ素振りを見せたあと、「そうしたら」と口を開く。
「これまで旅した道を順番に辿るのはどうかしら。順に行けば道に迷うこともないはずよ」
「それがいいな。じゃあ最初はセレナのところだな」
レックスとマリカは期待に満ちた目で頷き合う。
仲間に会いに行ける。それだけのことだが、二人の士気を上げるには十分なものだった。
「潜水艇を借りる手筈は整っているわ。港まで行きましょうか」
最初にセレナのところに行くとは限らなかったのに、まさかそこまで準備をしていてくれているとは思わなかった。レックスはマリカの周到さを見習おうと思った。
感謝の気持ちもあったが、レックスには別の方法が思いついていた。
「潜水艇もいいけど、行きたい方法があるんだ」
「そうなのね。じゃあ復興大臣様についていくわ」
マリカはニコリと笑う。
呼び方は冗談めかして言っているのか、それとも本気なのか。レックスには分からなかった。
「それと、ベリルに向かう前に先に行きたい場所があるんだけど、いいか?」
「もちろんよ。どこまでもついていくわ」
ついてきてくれるマリカに感謝しながら、レックスは歩き出した。
レックスを先頭にして行ったのは――スラムの裏路地だった。
世界を救ってからも色々なことが重なり、スラムには一度も戻れていなかった。一年以上経ってから今さら戻るなんて、なんと言われるか分からない。罵倒されても仕方ないとさえ思っていた。
息を吸って吐き、覚悟を決めたレックスは裏路地に入る。
「……誰もいないのか?」
裏路地に入っても、人の気配は全くしなかった。
「……どこか別のところにいるのかしら」
誰もいない裏路地は寂しく、鬱々とした雰囲気がより醸し出されていた。マリカの言う通り、どこか別のところに集まっているのだろうか。集まるにしてもどこに集まるのか、レックスには見当がつかなかった。
「おや、レックスかい?」
立ち尽くすレックスにどこかから声をかけられる。振り返ると、そこには腰の曲がった老人が立っていた。
「爺ちゃん!」
「ふぉふぉ、本当にレックスだ。久しぶりだな」
爺ちゃんと呼ばれた老人は、萎びた髭を揺らして小さく笑う。レックスは老人に駆け寄り、優しく背中をさすった。
「みんなはどこだ?」
「みんな働きに行っているよ」
予想していなかった言葉にレックスは驚く。言葉が出ないレックスを笑いながら、老人は話を続ける。
「レックスが世界を救ってから、少しずつスラムに対する扱いが変わってきたんだよ。おかげでみんなしっかりと働くことができとる。今日だって全員が働きに出とるよ」
「そっか……」
全員がきちんと働ける日が来るなんて思わなかった。込み上げてくる感動を抑えながら、レックスは老人の話を聞く。
「みんなレックスのおかげだと言って感謝しておる。お前はよくやった。自信を持ちなさい」
「……ありがとう」
みんなに会うことは叶わなかったが、決して悪い方向ではなかった。自分の行いがスラムの未来を変えたのだと、ようやく実感が持てた気がした。
「そちらのお嬢さんは?」
「初めまして。マリカ・ユーディアと申します」
「ユーディア……もしや王女殿下ですな!?」
老人は途端に跪き、マリカに深く頭を下げる。
「頭を上げてください。王女扱いは慣れていませんので」
マリカに言われ、老人はしぶしぶといった風に頭を上げる。レックスとマリカを一瞥して、老人は「ふむ」と唸る。
「レックス、まさか王女殿下とお付き合いできる日が来るなんて……」
「違うって爺ちゃん。マリカと俺は旅をする仲間だよ」
「……そうか。残念だ」
言葉通り、残念そうに項垂れる老人。勘違いもいいところだと、レックスは息を吐いた。
「じゃあ、爺ちゃん。みんなによろしくな」
「あぁ。レックスが元気なこと、しっかり伝えておくよ」
老人に挨拶をして、レックスたちは裏路地をあとにした。
「レックス、良かったわね」
「みんなには会えなかったけど、爺ちゃんから話が聞けて安心したよ」
恐らく、老人の言うことが今のスラムの全てなのだろう。良い報告が聞けただけで、レックスは裏路地に来た甲斐があった。
「こっちに来たってことは、水路から行くつもりなのね」
マリカの言葉にレックスは頷く。
兵士から逃げる際に偶然見つけた道は、レックスたちを冒険に導いたといっても過言ではない。
水路を辿ると、小さな橋の下に到着する。そこには壁があるだけで、なにも特別なものはなかった。
「じゃあ、開くぞ」
レックスが手を翳すと壁に魔法陣が展開され、地響きのような音がする。すると、橋の下の壁が扉のように開いた。
「この仕掛け、よく考えたよな」
「そうね。私たちじゃ考えつかないわ」
レックスとマリカは扉を越えて中に入っていく。二人が入ると、扉はゆっくりと閉じられた。
中の石造りの壁はどこか遺跡のように感じられ、中央を流れる水流の音はレックスたちの気分を落ち着かせていった。
しばらく歩くと、神殿の小部屋のような場所に辿り着いた。神聖と言えるような部屋には、中央に先ほどと同じ魔法陣が地面に描かれていた。
青白く光る魔法陣はレックスたちを迎えるように輝いていた。
「それじゃあ、行くか」
「えぇ」
レックスが手を差し出すと、マリカは優雅に手を取った。
手を繋ぎ、二人は魔法陣の上に降り立った。




