第10話 「そんな決まり、あたしが許さなーい!」
Side.復興大臣時代
ベリル。
果てしなく広がる海の底に存在する海の国。
魚人族と人魚族が暮らし、太古から海に存在する種族として海を守ってきた。海底にあるために鎖国的だが、逆に独自の文化を築いて一国として栄えていた。
地上にはない潤沢な資源を抱えており、スフェーンを始めとした地上の国からはたびたび外交を迫られている。
レックスとマリカはゆっくりと地面に降り立った。
地面は白い砂が敷き詰められていて、周囲には色とりどりの貝殻や珊瑚。ところどころには海藻が生えて小さく揺れている。
ベリルは海中にある国だが、空気でできた巨大なドームがあるおかげでレックスたちは地上と同じように呼吸をすることができた。
「久しぶりだな」
「えぇ。懐かしいわね」
レックスとマリカは懐かしむようにベリルの入り口を見上げる。
入り口には巨大な二体の像が立っていて、一つは人魚、もう一つは魚人の姿をしていた。銅像に見守られながら、レックスたちは歩みを進める。
すると、入り口にいた魚人の衛兵が二人を止めた。
「レックス様とマリカ様ですね。お久しぶりでございます」
ベリルには一度訪れたきりだったが、名前を覚えてもらっていることにレックスもマリカも内心で感動した。
「セレナは元気ですか?」
「はい。セレナ様はベリルの平和のために日々尽力してくださっています」
破天荒なマリカだが、ベリルのためなら真面目に動くのだろう。机に向かって真面目に働くセレナの様子を想像して、レックスはくすりと笑う。
「元気そうで良かったです。では、セレナに会わせてください」
「……申し訳ありませんが、お二人の入国は許可できません」
おずおずと答える衛兵の言葉に、レックスとマリカは目を開く。
入国を許可できないとはどういうことだろうか。なにか事情があるのだろうか。
「なにかあったんですか?」
「ベリルで設けた決まりです。現在、魚人族と人魚族以外の入国は認めておりません」
ベリルが元々鎖国的なのは知っていたが、現地の種族以外受け入れないなんて余程の理由があったに違いない。
「お願いします。俺はスフェーンの復興大臣に任命されて、各地の視察のためにやってきたんです」
「私からもお願いします。セレナに会うことも大事な仕事なのです」
レックスに続いてマリカも懇願するが、衛兵は首を横に振るばかりだった。
「決まりは決まりです。現状ではベリルに入るのは不可能で――」
「そんな決まり、あたしが許さなーい!」
そのとき、衛兵の声をかき消すように可愛らしい声が響き渡る。
声のした方を見ると、一人の少女が人魚の銅像に掴まっていた。
人魚ではない、人間と同じ二本の足がある少女――セレナはレックスたちを見てニカッと笑う。
「セレナ!」
「セレナ様! なんてところに登っているのですか!」
仲間との再会に喜ぶレックスたちとは反対に、思わぬところからの登場に衛兵は慌てふためく。
「えー、この銅像あたしがモデルだから別にいいでしょ」
「そういうことを言っているのではありません! 危険ですから降りてきてください!」
衛兵に注意されたセレナは口を尖らせ、仕方なくといった雰囲気で銅像から降りた。
銅像から降りたセレナは、ぱっと表情を切り替えてレックスたちに駆け寄る。
「レックス、マリカ。久しぶり! 元気だった?」
「元気だよ。セレナも元気そうで良かったよ」
「あたしはこの通りいつでも元気!」
セレナは白く細い腕で力こぶを作ってみせる。
三人のやり取りを見ていた衛兵は、大きく咳払いをして和やかな空気を消し飛ばす。
「再会は喜ばしいですが、セレナ様。決まりですのでお二人の入国は認められません」
「そんなのあたしの権限でどうとでもなるでしょ。それともなに? あたしの友達かつ勇者様を受け入れないつもり?」
「そ、そういうわけではありませんが……決まりですし……」
たじたじになりながら衛兵はセレナの言葉に応えていく。
衛兵の決まった返答に苛々し始めたのか、セレナは衛兵を力強く指差す。
「そうやって決まり決まりって! だからベリルは鎖国的だって馬鹿にされるんだよ!」
衛兵が返すより早く、セレナは言葉を続ける。
「今日は特別! 怒られたらあたしの責任にするから!」
ということで、とセレナは笑顔でレックスたちの方に振り返る。
「レックスにマリカ、行こっか!」
権限で強行したセレナに、レックスとマリカは無言で頷くばかりだった。
銅像を通り過ぎて広場へと向かう。中央は大きな噴水があり、透明な水中が高く吹き上げられていた。広場には店が並び、買い物袋を抱えた魚人族や人魚族が行き交っている。幻想的ながらも、地上の市場と変わらない活気がそこにはあった。
「あ、ここも懐かしいね」
セレナが指をさしたのは氷菓子の店。
海水から塩分を抜き、独自の製法で糖分を加えてできた、ベリルでは有名な菓子の一つである。
「おじちゃん、氷菓子三つ!」
魚人族の男性が、セレナを見て優しい目を向ける。
「おや、セレナ様。そちらは勇者様御一行では?」
「そう! レックスとマリカだよ!」
「そうでしたか。ではとびきりのサービスをしなくてはならないですね」
レックスたちは氷菓子を受け取り、ベンチに座って食べ始める。
氷菓子は透明な貝殻の器に盛られ、細かく削られた氷は光に反射してキラキラと輝いていた。一口含めば、舌の上でふわりと溶けていく。地上の菓子にはない清涼感と甘味がレックスたちの口の中に広がった。
「レックスとマリカは、どうしてベリルに来たの?」
氷菓子を食べ始めてすぐ、セレナはレックスたちに尋ねる。
レックスがこれまでの経緯を説明すると、セレナは「そっかぁ」と微笑ましそうに笑う。
「そうなんだ。レックスが復興大臣かぁ」
母が子を見つめるような優しい視線で、セレナはレックスを見つめる。
「じゃあ、マリカはレックスの面倒を見る担当ってことだね」
「よく分かっているじゃない。私も仕事はあるけど、基本はレックスの見張り係ね」
顔を見合わせてくすくすと笑うマリカとセレナ。レックスは苦い顔をして氷菓子を口に入れた。
「セレナこそ、今はなにをしてるんだ?」
レックスが問いかけると、セレナも先ほどのレックスのような苦い顔に変わる。
「……部屋に閉じ込められて、延々と書類仕事。あとたまにお祈り」
あぁ、とレックスとマリカはセレナの表情から悟る。
外で元気よく走り回りたいセレナが部屋に閉じ込められ、机に向かう仕事なんて向いているはずがない。間違いなく、日々疲労が溜まるはずだ。
「それじゃあ、今日はお休みなの?」
「嫌だから抜け出してきた!」
セレナは親指を立てて自慢げに語る。
途端にレックスとマリカは青い顔をしてセレナを見つめる。
「……セレナ、帰ろう。今なら俺たちも謝りに行く」
「そうしましょう。のんびりしていた私たちが悪かったわ」
セレナの独断で入国しているから、てっきりきちんと仕事を終わらせてから迎えに来ているものだと思って聞いた。それがまさか、仕事をせずに過ごしていたなんて。
この事実が知られた日にはなんと言われるか分からない。
「なんでよ! せっかく来てくれたんだから、ベリルを楽しもうよ!」
「俺たちは仕事で来ているんだ。遊ぶのはそのあとゆっくりやろう」
「なにさ、真面目くんになっちゃって」
ぶつぶつと文句を言うセレナだが、レックスたちは靡かなかった。
セレナが抜け出さないよう両脇を固め、レックスたちは王宮へと向かった。




