第11話 「良かったら話し合いに参加させてよ!」
セレナが何度か駄々を捏ねたが、レックスたちはなんとか王宮まで辿り着いた。珊瑚と貝殻で飾られた王宮は、海の神殿と例える方が正しいくらいに厳かだった。
「レックスとマリカが言うから、仕方なく戻るだけだからね」
何度も口にするセレナは完全にふてくされていた。
「セレナ・ディーヴァ、戻りましたぁ」
セレナが入り口にいた魚人の衛兵に声をかけると、衛兵たちは一斉に駆け寄ってきた。
「セレナ様、抜け出して心配していたんですよ!」
「これで何度目ですか!」
「早く仕事にお戻りください。王も心配しています」
衛兵たちの口ぶりから察するに、どうやらセレナの脱走は今回が初めてではないらしい。
呆れたレックスとマリカは後方でやり取りを見守ることにした。
「判押すだけの仕事になんの意味があるんですかぁ。あたしはお祈りしてる方がいいんですけど」
「そう言って、祈祷の際も居眠りをされていたではないですか」
「ぐっ、あのときは寝不足だっただけだし……」
衛兵にも言い負かされるのだから、セレナは普段から本当に仕事をしないのだろう。
そうかもしれないと、レックスとマリカは顔を見合わせて苦笑した。
「それより、レックスとマリカを連れてきたの!」
セレナが二人を紹介すると、衛兵たちは目を見開いた。
「お二人は人間じゃないですか! どうしてここに!」
「違ーう! マリカは人間だけど、レックスは魔族! 間違えないでよね!」
「そうではありません! 魚人族と人魚族以外の入国は禁止しているではないですか!」
入り口にいた衛兵と同じことを言っている。やはり国全体で入国禁止令が出ているのか。
ここでもか、とセレナは頭を抱える。
「じゃあさ、直接話しに行けばいいよね」
なにかを閃いたらしいセレナはニヤリと笑う。
「王様……は忙しいだろうし、大臣たちが確か話し合いをしてた気がするんだよね。そこに行って直談判だ!」
衛兵の反応が来る前に、セレナはレックスとマリカの手を引いて走り出す。衛兵がなにか叫んでいた気がするが、セレナは「聞こえなーい」と誤魔化していた。
レックスとマリカは大丈夫だろうかと、今日何度目かの顔を見合わせた。
「頼もーう!」
王宮の一室に到着したレックスたち。
セレナは確認もせず勢いよく扉を開く。中には魚人族や人魚族の大臣たちが顔を突き合わせて会議をしていた。
「セレナ様、どうされました?」
「入国禁止の話、改善してほしいと思って」
「なぜですか?」
セレナは大臣たちにレックスたちを紹介する。
レックスとマリカの姿を見るなり、大臣たちはガタガタと音を立てて椅子から立ち上がる。
「あたしが特別に許可したの。せっかく来てくれたのに追い払うなんて可哀想でしょ」
言葉が出ない大臣たちに、セレナは自信満々に告げる。
「やっぱり入国禁止にするのはおかしいと思う。レックスやマリカみたいにいい人もいっぱいいるんだよ」
「勇者様御一行が偶然良い方だったのでしょう。魔族ならともかく、人間は我々とは相入れない存在です」
「そんなことない! みんなが話し合いをする前から受け入れてないせいだよ!」
セレナと大臣たちのやり取りは白熱していく。
当人であるレックスとマリカは口を出せず、議論の行く末を見守ることしかできなかった。
睨み合うセレナたちだが、セレナがふと「そうだ!」と声を上げる。
「レックスは今、復興大臣をやってるらしいの。良かったら話し合いに参加させてよ!」
セレナの提案に大臣たちはざわざわとする。いきなり話の中心になったレックスも「俺?」と小声で焦り始めていた。
「ベリルは直接の被害はなかったけどさ、復興っていう意味では同じだと思うんだ。どうかな?」
セレナの必死の説得が響いたのか、大臣たちは顔を見合わせて頷く。
「世界を救われたわけですし、ベリルにとっていい意見になるかもしれないですね」
「なによりセレナ様のご友人ですし、悪行は働かないでしょう」
ようやく意見が通ったことで、セレナの顔に笑顔が生まれ始める。
「やったー!」
セレナは万歳をして、その勢いでレックスの手を取った。
「ということで、レックス。話し合い頑張って!」
「え、えぇー……」
いきなり今後の関係が懸った話し合いに参加させられるとは思わなかった。話し合いが決裂すれば、スフェーンとベリルの――人間とベリルの関係が終わってしまう。
緊張から急に手が汗ばんできた。こんなに緊張することは人生で数えるくらいしかない。
レックスは用意された末席におそるおそる腰掛ける。引き離す理由はないとマリカも同席することになり、部屋の一角でセレナと共に話し合いを見守っていた。
(政治面は別の人がやるって話だったのに……!)
レックスはアーデントとの会話を思い出す。
政治面に関してレックスは一切の知識がないため、別の者を立てて進める予定だったはず。象徴的な復興大臣とはなんだったのか。
だが、話し合いが始まってしまった以上、今さらできませんとは言えない。自分の全力を賭けてやろうとレックスは覚悟を決めた。
それでは、と進行役の大臣が声を上げて場を取り仕切る。
「今回は他種族の入国禁止について。また、ベリルの鎖国問題について話し合おうと思う」
大臣たちの神妙な面持ちにレックスは圧倒されて息を呑む。
「そもそも、入国を禁止した理由として、人間と魔族が起こした争いをベリルでも起こさぬためだ。人間だけではなく、魔族や天使族や悪魔族も同類だ。世界が崩壊しかけたような出来事をベリルでは引き起こしたくない」
ベリルは直接的な被害はなかったとセレナが言っていたのを思い出す。それを未然に防ぐためなのかとレックスは理解した。
「再び惨禍が起こらないとは限らない。戦火に巻き込まれるのだけはごめんだ」
「確かに、新たな結界を張っても良いくらいだ」
ベリルに結界が張られていたとは知らなかった。それを自分たちは魔法陣一つで移動してきたのか。レックスは気軽に魔法陣を通ったことを思い出して冷や汗をかく。
「ベリルには魚人や人魚の独自の信仰がある。信仰を軽んじられる可能性がある」
「それに、地上には魚人も人魚もいない。種族差別があってもおかしくない」
「他にも、人間は強欲と聞く。我々の資源が奪われないか」
「資源は交易に使えるかもしれないが、そのせいで資源が枯渇することだけは防ぎたい」
レックスがぼんやりとしている間に、話し合いはどんどん進む。さらに「経済が」「魚人の血が」「私の派閥が」などと盛り上がり、話は二転三転していく。
レックスはなにも答えられず、どんどん縮こまっていった。
「これについて、復興大臣殿はどうお考えで?」
「え?」
突然話を振られ、レックスは固まる。
話は聞いていたが、理解できたのは四分の一ほど。なにをどう考えているかなんて余裕は全くなかった。
マリカとセレナをちらりと見ると、二人とも「頑張って」と言いたげな視線をレックスに送っていた。
大臣たちの刺すような視線に耐え、レックスは静かに口を開く。




