第67話 「あなたたちがいればなにも心配する必要なんてないわね」
森を出てルチル地方を抜け、レックスたちは海が見える港まで歩き続けた。港町まで来たのはセレナの提案によるもの。そこで、セレナが海底神殿に行くには海を突っ切ると言っていたのをレックスは思い出した。
「この町に潜水艇は置いてあるみたいだけど、本当に泳いで行くの?」
「泳ぐ方が自由に動けるからね。でも五人となると、やっぱり潜水艇の方がいいかなぁ」
マリカの疑問にセレナは首を捻る。
「安全な方法で行こう。俺たちはセレナほど海には詳しくないからな」
「それがいいですね。特に僕は海が初めてですし、溺れてしまうかもしれません」
「そうなると、やはり潜水艇を借りる方が現実的だな」
方向性が決まり、早速潜水艇を借りに行こうとする。
「待つのじゃ」
すると、ポーラがレックスたちを呼び止める。
「どうした? ポーラ」
「わしらはアズライトを出てからずっと行動しておる。ここで一度ゆっくり休息を取るのはどうじゃ」
ポーラに言われ、レックスたちはすぐに納得した。
思い返せば、経由地で休んだもののすぐに出発していた。ポーラの言う通りゆっくりと休んだ記憶がない。
「そうしようか。しっかり休んでから海へ向かおう」
そうして、レックスたちは港町の宿屋に宿泊することにした。近くの酒場で食事もとり――セレナとポーラはいつものように酒を飲み――レックスたちは久しぶりにちゃんと休息をとった。
「みんな、先に宿に戻っていていいわよ」
宿屋に戻ろうとしたところで、マリカがレックスたちに言った。
「なんにもないの。ちょっと夜風に当たりたいだけよ」
明るく振る舞うマリカだったが、レックスからはどこか無理に作った笑顔に見えた。
「レックス、一緒にいてやるのじゃ」
「え、俺?」
「誰よりも適任じゃよ。わしらは先に戻っておるぞ」
ポーラがセレナとサファエルを連れて去っていく。が、セレナがくるりと身を翻してニコニコとレックスたちに軽い足取りで近づく。
「なになにぃ、なんか話すのぉ?」
「お主は空気を読め」
呆れるポーラと苦笑するサファエルがセレナを引っ張るように連れていく。
三人が去り、静かな時間が訪れた。レックスとマリカはなにも言葉を交わさず、無言で港を見つめていた。
「……レックス」
レックスと視線を合わせないまま、マリカは静かにレックスを呼ぶ。その声には不安が滲み出ていた。
「どうした?」
「私、怖いわ」
「怖い?」
マリカは唇を引き結び、こくりと頷く。
「あまりにも順調すぎるわ。こんな簡単にいっていいのかしら」
「確かに、予想以上に順調だよな」
潮風を感じながら、レックスは遠くを見渡す。
今日までで三つも古代兵器の残骸を破壊できている。これを順調と言わずしてなんと言うのか。
マリカの言いたいことも理解できる。こんなに順調ならこのあとになにか待ち受けているかもしれない。だから不安を感じるのは当然だろう。
それに、マリカは古代兵器の残骸の在処を辿ることができる。精神的にも身体的にも負担になっているはずだ。
「……大丈夫だ」
レックスは力強くマリカを見つめる。マリカは驚いた表情でレックスの方を向く。
「セレナも、ポーラもサファエルも、俺もいる。だからなにも心配する必要はない」
「レックス……」
レックスを見つめていたマリカは、ふっと小さく笑ってレックスに笑顔を見せる。
「そうね。あなたたちがいればなにも心配する必要なんてないわね。だって、一度世界を救っているんだもの」
マリカはレックスに手を差し出す。
「最後までよろしくね」
「あぁ、よろしくな」
しっかりと手を握り合い、夜が更けていった。
翌日、朝になったらすぐに潜水艇を借りに行った。
レックスが復興大臣であることとマリカの名前を出したら、すぐに潜水艇を借りることができた。
(改めて、復興大臣ってすごいんだな……)
権力としてあまりにも強大だと、レックスは準備を進める港町の人々を見ながらぼんやりと考えていた。
「お待たせいたしました」
潜水艇の準備ができ、レックスたちは潜水艇に乗り込む。しかし、そこで一つの疑問が生じる。
「借りたのはいいけど、誰が運転するんだ? 運転手がいないと動かないだろ」
ベリルで潜水艇に乗ったときは魚人族の運転手がいたが、今はいない。
「あたしに任せて!」
すると、セレナが意気揚々と操縦席に座った。
「セレナ、あなた運転したことあるの?」
「見たことある程度だけど、多分いけるでしょ!」
笑顔で親指を立てるセレナ。
自信満々に言われてしまってはなにも言えない。多少の不安に苛まれながらも、レックスたちはセレナに託すことにした。
「それじゃあ行くよー!」
レックスたちも潜水艇に乗り込み、レックスたちを乗せた潜水艇は海の中へと飛び込んでいった。
「これが海の中ですか……!」
サファエルが子供のように目を輝かせて、潜水艇の窓から海の景色を眺める。
「どうじゃ。初めての海は」
「神秘的と表現するのが一番正しいですね。いつかは海を泳いでみたいですね」
天使族にとって海は初めて見るものだからその反応は当然だろうと、レックスたちは微笑ましくなった。
「セレナ、海底神殿まではどのくらいで着くか分かるのかえ?」
「うーん、具体的な距離は分かんないな。でも場所は分かるからとにかく進む!」
「ふむ……まぁ場所が分かるなら引き続き託すしかないのう」
ポーラは難しい顔をして頷いた。不安な面々とは反対に、セレナが操縦する潜水艇は優雅に海を進んでいく。
「近いわね……」
出発してからしばらくが経った頃、マリカが静かに呟いた。それは古代兵器の残骸が近づいていることを示していた。
「あ、見えてきたよ」
セレナが指差す方向には、厳かな神殿が立っていた。神殿の外観にところどころに生える海藻は海の中にあるのだと伝えるようだった。海の中でも伝わる荘厳さは、レックスたちの表情を一瞬で引き締めた。
「このまま入れそうだし、行っちゃおっか」
セレナが舵を切って潜水艇を海底神殿に向けて動かす。潜水艇は海底神殿の中へ入っていった。
海底神殿の中に入ると浮上できる場所を見つけたために、潜水艇はゆっくりと浮上していく。
「ここは空気があるのね……」
海底神殿は本来なら海に沈んでいるはず。なのに、神殿の中は海水がなく、レックスたちは地上と変わらずに呼吸をすることができた。
「海に住む人以外も立ち入れる、そういう場所なんじゃないかな。ベリルも空気があるし、原理は同じだと思うよ」
セレナの解説にレックスたちは納得する。ベリルと同じと考えれば、この神殿で呼吸ができるのも当然のことだ。
「それじゃあ、中に進もう」
レックスたちは海底神殿の中へと足を踏み入れた。
道は多少入り組んでいたものの、マリカを先頭に古代兵器の残骸の魔力を辿れば道に迷うことはなかった。
「こっちじゃな。段々と近づいてるのがよく分かるわい」
ポーラはふぅと息を吐きながら言う。ポーラは嫌な魔力に疲れているように見えた。
(それにしても、海のこんな奥深くにあるなんて、残骸はどうやって散らばったんだろうな)
いつか死んだときのために命を分散していたのだろうか。しかし、人間でもない古代兵器がそんな人間のようなことをするのか。
答えは出ないまま、レックスは海底神殿を歩いていった。
「ここですね」
道なりに歩いているうちに神殿の最奥に辿り着いた。部屋には小さな祭壇があり、そこに古代兵器の残骸がぽつんと置かれていた。
「みんな下がって。私がやるわ」
マリカが腰に据えていた剣をすらりと抜く。
「これまでレックスにポーラ、セレナにサファエルが残骸を破壊してくれたもの。私もやらなきゃいけないわ」
マリカがどこか緊張した面持ちで、剣を構えて残骸に近づく。しかし、マリカを落ち着かせるようにレックスがマリカの横に立つ。
「俺がまず残骸に触れる。それからマリカが破壊してくれ」
「分かったわ」
レックスの一言でマリカは冷静になったようで、深く息を吐いた。
残骸の前に立ったレックスは残骸にそっと触れる。少し触れただけで、禍々しい魔力は誰が近づいても問題ないくらいまで落ち着いた。
「じゃあ、あとは頼んでもいいか?」
「えぇ、任せてちょうだい」
マリカは息を吸って吐き、剣を再び構える。そして残骸に向かって勢いよく突きつけた。中心に突き刺さったところからひびが入り、残骸は音を立てて崩れていった。
残骸が砂になったところで、マリカは安堵の息を漏らした。
「意外と簡単に壊れるのね。もっと苦労すると思っていたわ」
「きっとレックスの浄化魔法のおかげでしょうね」
マリカの言葉にサファエルが続く。
日に日に自分の浄化魔法が強くなっている気がする。レックスは自分の手のひらを見つめて考える。
「さて、海底神殿も無事に壊せたわけじゃが、次はどこかのう」
「次はみんなが分かる場所よ」
ポーラの呟きを拾ってマリカが口にする。マリカの真剣な視線はどこか遠くを見つめていた。
マリカの言うことをすぐに理解したようで、レックスたちも頷いた。
「古代兵器があった遺跡。そこに残骸が残っているわ」




